142.彼女の居るべき場所
「よかったわねぇ、この町病院一つだけで」
「ホントにな」
正直もっといろんな病院梯子することになるかと思ったんだけど、随分と楽に見付かりそうだ。
「そういえばメリーさん。メリーさんの主人さんは名前ってなんて言うんだ?」
「え?」
メリー……さん?
しばし考え、眼を閉じて考え、うーんと唸りながら難しい顔をして考える。
「ごめん、名前覚えてない」
なんでさ!?
「なぜかしら? なんかこう、何度か名前呼ばれてるの聞いた気がするのよ。でも、こう、なんだっけ?」
名前が出てこない、と。
あー、これは捜索もイベントの範囲か。
「別にそんなの気にする必要もないのではないかダーリン。そこの看護師、御炬峠の辺りで事故を起こして運ばれた少女の病室はどこだ?」
「申し訳ありませんが、ご家族の方以外にはお教えできかねます」
「は?」
ですよねー。
多分面会謝絶状態だろう。
となると、何かしら教えて貰える方法があるはずなんだけど……
「ちょっと、私がいるのよ! 家族みたいなものじゃない!」
「ええぇ?」
メリーさんがカウンターに乗って主張するが、理由とか全然知らない看護婦さんからすれば都市伝説が何言ってんの? って感じだろう。
ふむ。仕方ない。
『ヒロキ?』
俺は看護師にロケットに映る少女の写真を見せる。
「すみません、彼女を知りませんか? 僕はこの子の親友なんです。ここに入院されたって聞いて、急いで駆け付けたんです。せめて、一目だけでも、会えませんか?」
瞳を潤ませ、看護師さんに必死の主張。
「できかねます」
「お願いしますっ、もう会えないなんて、あまりにもひどすぎますッ、どうか、どうか一目だけでもっ」
『うっわぁ、この嘘泣きすごっ』
「むぅぅ……仕方ないですね。本当はダメなんだけど、このロケットの子は見覚えあるし」
お祈りだ。お祈りするんだ、何かに。上手く、いってくれぇ!
「私がしっかりと見てますからね、変なことはしないように」
「はい、ありがとございますお姉さんっ」
「も、もぅ、こんなオバサン捕まえて……」
看護師さんは30代のおばさまらしい。
お姉さん呼びはまんざらでもないようで、少し嬉しそうに俺達を案内してくれた。
「はい、ここが芽里ちゃんの部屋よ」
メリ? ああ、それがメリーさんの持ち主の名前か。
暗い部屋に入る。
独特の音が響く。
機械の起動音と心臓の動きを計る機械音だ。
ベッドには呼吸器を付けた女の子が眠っている。
気のせいだろうか? なんとなく、メリーさんに似ているような?
「……」
「メリーさん?」
「……した」
うん?
「思い出した、私……芽里だった」
ふぁっ!?
俺が驚いている間に、メリーさんが俺から飛び降り、ベッドに着地、そのまま芽里ちゃんの元へ向う。
そして、少し哀しげに、俺を振り向いた。
「ヒロキ、ありがと。いままで……楽しかったわ」
え? メリーさ……メリーさんッ!
次の瞬間、ふっと、力が抜けるようにメリーさんが崩れ落ちた。
ベッドに留まり切れず落ちそうになったのでなんとかぎりぎり受け止める。
「ちょっとメリーさん、どうしたの、メリーさん!?」
「うそ、こんなことって……」
不意に、上から声が聞こえた。
なんだ? と見上げれば、看護師さんが口元を押さえて驚いている。
どうし……
「先生ーッ。先生ぇぇぇッ、芽里ちゃんが目を、ああ、そうだわ。貴方達、面会はもう終わりよ、ここで先生達に見付かったら大目玉だわ。ほら、出て行った出て行ったっ」
え? ちょ、待って、まだ何が起こったか理解出来てな……
結局、俺はオバサンに追い出され、病室にはあわただしく数人の白衣が駆けこんで行く。
これは、これ以上ここで待つわけにもいかない、か。
「えーっと、どうなったのだ?」
結局、俺達は病院をあとにすることになった。
なんかもうあわただしくなり過ぎて病院で待っててもこれ以上の進展がなさそうだったのだ。
それに、メリーさんが動かないし。
「メリーさん、倒れたみたいだが?」
「あ、そうだ。メリーさん。大丈夫? メリーさん、メリーさーん?」
『ヒロキ、残念だけど……』
ハナコさん?
「ええ。残念だけど、メリーさんの魂、そこに無いわよ」
そこに、って、何処に?
俺は思わず二人を見て、視線の先にある、メリーさんの人形に向う。
手が震えた。
「ど、どういう……」
「話と現状から考えて、メリーさんの名前は芽里。つまりあの子だったみたいね」
テケテケさんが言うことには、芽里ちゃんはレギオンに襲われた時に魂だけで家に逃げ帰ったのだとか。
そのまま自分の人形に憑依してしまったが、記憶に混乱があったのか、人形に無理矢理入り込んだことで魂が勘違いしたのか、ずっとメリーさんとして動いていたらしい。
それが、芽里自身に会ったことで記憶を取り戻し、元の身体に戻ったのだろう、ということだった。
つまり、メリーさんは芽里ちゃんで、彼女の魂が戻ったことで、目覚めた?
「そっか、メリーさんとはもう、会えないけど。芽里ちゃんは事故からようやく目覚められるのか」
「ええ、そうなると思うわ」
「そっか。じゃあ……」
俺は、一度だけ、病院を振り返る。
メリーさんという仲間は居なくなった。
代わりに、一人の重傷だった少女が目覚めたのだ。
仲間は減ったが、きっと、俺達は良い事をしたんだ、と思う。
――――さよなら、メリーさん。




