1095.地獄良いとこ一度はおいで
「あー、奪衣婆ならアタシの部下たちだね。奪衣婆たちを統括してるから、まぁ実質奪衣婆を妻にしたようなもんかな? ほら、三途の川周辺にいるでしょ、アレ、アタシが川の女神だからって理由もあんのよ」
ヤミーさんがそう言いながら付いて来なーっと歩き出す。
なんか距離が近いというか、距離感バグってるというか、ヤミーさんが俺らに近づくたびに閻魔大王がちらちらこっち見てくんだけど。
大丈夫だって、さすがに人妻テイムしたりはしないから。
閻魔庁を後にした俺たちは、ヤミーさん案内の元、どこかへ向かう。
そういえばどこに行くか聞いてないけど、どこ向かってんの?
「そりゃー、地獄っしょ。今回は亡者側じゃなく獄卒側として行くことになるからこっち側なんだよねぇ。あ、実際に死んだ時はこっち通っちゃダメだかんね。アタシとキミとのや・く・そ・く」
おおぅ。そんな顔近づけて口に人差し指押し付けてこられるとちょっとドキッとします。
あ、痛い。痛いよヤミコさん? なのさんまでなんで俺の腕抓るの!?
「首、取りたい……」
「ブキミちゃんはステイ!? 俺の首トル、ヨクナイ!」
しかし、ヤミーさん、人妻なのに誘惑系はダメでしょう。
これ、手を出そうとしたら地獄行確定で閻魔大王を敵に回すデスフラグだし。
本人陽キャみたいだから距離感もバグってるし、女っ気のないプレイヤーは確実に落ちるぞ、恋に。
「ここだよー、ここ。さぁさ地獄良いとこ一度はおいで。ここから先は地獄めぐりツアーでぇーす」
別府の地獄温泉なら喜んで回るんだけどなぁ。
俺たちは扉と思しき場所を潜る。
天使の門みたいにだだっ広い場所にポツンとある扉から地獄に向かえるようだ。
ただ、ここに至るには広場前で護衛している獄卒たちを撃破しないとダメみたいだけど。
つまり、獄卒になるか何かしらのイベント時じゃないと通れない場所ってことだな。
一度通れたから次も、なんてことは無理……
「はい、ここが噂の等活地獄でー……あれ?」
びゅおぉーっと物凄い勢いで吹雪く銀世界。
予想すらしてなかったので全身凍り付くような寒さが襲い掛かる。
「ふおぉ!? ぜ、全身が凍るだぁ!?」
「骨身に染みますぅ!?」
しまった、ネネコさんなんてほぼ全裸じゃん!?
さらに言えばヘンリエッタさんは全裸通り越して骨だし!?
「あー、めーんご。頞部陀地獄の方来ちゃった」
「た、退避――――っ!!」
頭を掻いて悪びれた様子もない謝り方をするヤミーさん。
俺は即座に後続を押してドアから元の場所へと戻る。
居たのはほぼ一瞬だったものの、俺たちは八大地獄ではなく、八寒地獄に来たらしい。
なんでだよ!?
「うおぉ、気温差がすげぇ!? 元に戻っただけなのにむあっと来る!?」
「ふはぁ、びっくりなの」
「八寒地獄に行ってどうするんですかぁ!?」
「いやー、めんごめんご。ちょっと場所間違えちゃった」
そして八大地獄の場所を思い出せないようで、あっちだっけ、こっちだっけ、どっちだっけぇ? と悩み始める。
俺はヤミーさんを放置して、八寒地獄の場所を守っていた獄卒さん二人に尋ねる。
「あー、すいません、八大地獄の場所ってここから遠いですか?」
「ん? なんだ八寒地獄に用事じゃなかったのか? 八大地獄ならそこの道から大通りに出て二つ先の細道をこっちと逆方向に曲がれば着けるぞ」
「おー、ありがとうございます」
「ヤミー様は結構感覚で生きてる、いや、死んでるからな。たまに忘れることはよくあるんだ」
マジかよ、案内役向いてなくね!?
「案内人君聞いてた? 二つ先を左だって」
「了解。案内開始しますね」
「案内人、暇潰しの案内も!」
こういうのは案内人君に丸投げした方がちゃんと目的地に到着できるってもんだ。
あとブキミちゃん、無茶振りはやめたげて。
「えー。では歩きながら八寒地獄についての説明をしましょうか」
やるんだ?
「八寒地獄というのは実際には存在する、と名前が紹介されているだけで実際には何の罪で送られるのか分かっていない場所です。運営さんがいろいろ考えてはいると思いますのでほのぼの日常オンラインだと何かしら送られる罪はあると思うんですが。ともかく、八つの地獄が存在してまして、最初は先ほどいいました、頞部陀地獄です。あまりの寒さに鳥肌が立ち、体に痘痕ができることになる。という地獄らしいです。痘痕ができるから頞部陀だと言われてます」
「なんつーか取ってつけたような地獄だな」
「ですよね。この先も、尼剌部陀、頞哳吒、臛臛婆、虎虎婆という順の地獄なのですが、尼剌部陀はあかぎれができるくらいの寒い場所とされてますが、次の地獄が寒すぎてあたたと言ってしまう、ははばという声しか出せない。ふふばという声しか出ない地獄、という名前の付き方なんですよね」
絶対付けた奴一部地獄以外適当につけたよな?
「残る三つの地獄が、嗢鉢羅、鉢特摩、摩訶鉢特摩という地獄になります。別名、青蓮地獄、紅蓮地獄、大紅蓮地獄です。凍傷で皮膚がめくれていく姿が青い蓮に例えられるそうで、鉢特摩は皮膚が裂けて流血するから赤い蓮、摩訶鉢特摩は体が折れて流血するから大紅蓮地獄、なのだそうです」
とりあえず来たくはない場所だってことは理解した。雪女とかが居たら喜んで住処にしそうだけど、俺の知り合いに雪女さんいないからなぁ。
 




