1054.秘密結社クモリエル攻略作戦18
それはあまりにも冒涜的な物体だった。
人の体を何だと思ってるんだ。
そう叫んでも誰も咎めない。それくらいに、目の前にある巨大な生命維持装置に入れられたソレは、もう二度と人に戻れないだろう存在を示唆していた。
「ここまで来たか……」
円筒型の巨大培養槽に入れられているのは、目玉までが付いた脳だった。
人体は既に存在しない。筋肉も骨もそこにはなかった。
ただ、頭脳だけが緑色の液体の中に浮かんでいる。
そんな冒涜的な光景の真下に、一人の男が待っていた。
ブラッククラウド将軍。ここにいるのはただ一人で、グレーの大剣を床に突き刺し、柄に両手を当てて俺たちを睥睨している。
床から伸びた階段の先、無数の機械の上に立ち、俺たちを出迎える。
とりあえず、コピーかもしれないから鑑定……コピー完全体? 他の劣化コピーとは毛色が違うのか?
ブラッククラウド将軍コピー完全体は武器を手にしてゆっくりと階段を下りてくる。
「ヒロキ君、彼は?」
「あ、はい。コピーはコピーですけど、コピー完全体。他の劣化コピーとは違うみたいです」
「ふん。鑑定か。忌々しい。だが安心しろ。ここで敵対するのは我一人だ。快晴レッド! 一騎打ちを申し込む!」
「なっ!? ま、待て! 本物は? 本物のブラッククラウド将軍はどこにいる!」
「何を言っている? 目の前にいるだろう? ああいや、まだ分かってないのか。我も劣化コピーも元は一つから生み出された模造品。しかし我はその意志を全て引き継いでいる。それに、本物はもう、逃げも隠れもせん。我を倒したなら好きにすればいい」
「もしかしてだけど……そのホルマリン漬けみたいになってる脳のことか?」
「そうだ。ヒロキよ、さすがに鋭いな」
「なん、だって!? ブラッククラウド将軍の本体はそこの脳!? じゃ、じゃあ今まで俺たちと一緒に暗雲ブラックだったのは……」
「私だよ快晴レッド。元の体ではないが、怪人としてこうして蘇ったブラッククラウド将軍にして暗雲ブラックだ」
「だ、だったら! だったらどうして! ブラック、答えて! 貴方は私たちを何度も助けてくれたわ! クモリエル首領を倒したのも貴方でしょう! もう、私たちが争う理由はないじゃない! 帰ってきて! 一緒にカイセイジャーとして……「くどい!」っ!?」
「我が名はクモリエル最強の将、ブラッククラウドである! カイセイジャー、快晴レッドよ、一騎打ちを受けるか! 受けないか! どっちだ!!」
大剣を快晴レッドに向け、ブラッククラウド将軍が叫ぶ。
「一つだけ。いいかブラッククラウド将軍……」
「なんだ?」
「俺が勝ったら。全て教えてくれ。俺たちの仲間になった理由も、クモリエル首領を殺した理由も、貴方が、俺たちを何度も救ってくれた理由もっ!」
「……いいだろう。だが。貴様程度に勝てるか? 何度となく戦ったが、未だお前に負けたことがないのだがな!」
「……――――。皆、手を出さないでくれ」
快晴レッドが武器を引き抜く。
太陽のように赤く、快晴のように青く透き通った彼だけの剣。
柄に太陽のマークをあしらった剣で霞の構え。
対するブラッククラウド将軍は暗雲をイメージしたような灰色の大剣を八双に構える。
俺たちは自然二人から距離を取る。
誰も手伝おうなどと無粋な考えは浮かばなかった。
ホワイトが両手を顔の前で組んで祈りだす。
果たして彼女はどちらの無事を祈っているのか……
「未来に光を、その行く末に快晴を! 快晴レッド、参る!」
「その意気やよし! 最後の戦いだ快晴レッド!」
互いの譲れぬものを賭け、二人の漢が激突する。
剣撃に継ぐ剣撃。金属同士のぶつかる音が何度となく奏でられていく。
速度はブラック、威力もブラック、経験もブラック。
全てにおいて技量を上回るブラッククラウド将軍に、快晴レッドが押されていく。
実力差は誰がどう見てもわかり切っていた。
このままではレッドは負ける。
剛腕から繰り出される大剣の連撃、受けるレッドの両手を容赦なく打ち付けていく。
武器で受け止めはするが、その分両手にダメージが溜まっていく。
「レッド!」
「負けるな、レッド!」
イエローとブルーが思わず叫ぶ。
レッドも期待に応えたいはずだ。
だが、実力差があまりにも隔絶している。
劣化コピーが相手ならば、あるいは負ける可能性の方がなかったかもしれない。
この完全体の実力は今の快晴レッドでは太刀打ちできない。
これは……もしかしてイベント起こす時期間違えた!?
もっとレッドの実力が上がってからじゃないと敗北イベントになる奴だったか!?
不安が鎌首をもたげた時だった。
受けきれなかった快晴レッドの両手が跳ねあがる。
しまっ、そんな言葉が漏れた次の瞬間、ブラッククラウド将軍の一撃がレッドを捉えた。
鮮血と共にレッドの仮面が砕け散る。
ホワイトの悲鳴が上がった。
撥ね上げられたレッドが放物線を描き、無機質な床へとどぅ、と倒れた。
 




