1012.クトゥルフの右腕
「どうぞ、そちらにお座りください」
普通に応接室に在りそうなソファとテーブルがいつの間にか部屋に出現していた。
さっきまでなかったぞ!?
「私に御用と伺いましたが? 戦闘がご所望ですか?」
七三眼鏡は俺たちが警戒を見せた瞬間、おどけるように告げて自分から最初にソファに座る。
「貴様、何者だ?」
「それはこちらのセリフさティンダロスの女王。クトゥルフ様の寝所にこれほどの外の神がやってくるのは珍しい。それも人間や異物と一緒に、となると何かあるのは確実だろう?」
あれ? この物言い、この人人間側じゃない?
ま、まぁそうか、このルルイエに俺ら以外に人間がいる訳もないし。
「あのー、村永さんは、何者なんです? 俺ら神官って人に会うつもりだったんですけど、神官って感じじゃないしサラリーマンとかできる若手社長みたいな姿なんだけど」
「ほぅ、私が社長かね。君はなかなか見る目があるねぇ」
くっくと笑う村永、胡散臭い笑みを浮かべて眼鏡を直す。
「むらなが……むらなが……そうか、テメェ、クトゥルフの右腕か!」
マイノグーラさん、どういうことだってばよ!?
「アナグラムだ。村永とか言ってるがなんのこたぁねぇ。こいつはクトゥルフの右腕と呼ばれてるバケモノだヒロキ」
「おいおい、バケモノにバケモノ呼ばわりされるのは心外だなぁ。まぁいいか、君たち相手に名を偽っても無駄のようだし。改めて初めましてヒロキ君、でいいかな? クトゥルフ様の右腕と呼ばれている、ムナガラーだ。よろしく」
ムナガラー?
俺が思わず小首をかしげていると、リテアさんが耳打ちしてくれた。
どうやら俺はドリームランド関連は勉強したけどクトゥルフ神話全てを勉強出来ていたわけではないらしい。
かつて地球に大陸がゴンドワナ大陸一つであった頃、ただ一つの海であったテティス海の支配者だったのが、この男らしい。
いや、男に見えるがこいつは外なる神の一柱。つまりはバケモノである。
「本来の姿は肉塊の無数の触手が生えた生物だからな。女性陣はあんま近寄んなよ」
「え? ちょっと待ってマイノグーラ、さすがにそれは酷くない!? 風評被害だよ!?」
「何言ってんだテメェ。二つ名むさぼるもののくせに風評被害もなんもねぇだろ」
「しゃー!?」
って、ツチノコさんには多分襲ってきたりしないと思うからそんな毛嫌いしなくていいと思うんだ。
まぁ見た目はサラリーマン風のおっさんだから普通に会話させて貰おう。
おそらく向こうもその方がいいだろうし。
「んじゃま、早速だけど俺らの状況説明させて貰います。んでここに来た目的を伝えます」
「おっと、ようやく本題に入ってくれるのかい。さすがに時間は有限だからね、私としても話が早くて助かるよ。マイノグーラとは大違いだ」
「ンだとクソ触手が」
「はいはい」
「イソギンチャク野郎」
「私はその程度で目くじら立てたりはしないさ」
「スワン〇シングのやられ役が」
「奴の名を出すなァッ!!」
めっちゃブチ切れてんじゃん。
よほどトラウマ案件なんだろうな。
俺はよく知らんけど運営はその辺りも調べて組み込んでるんだろう。
「ケシシシシ、馬脚出たじゃねぇか」
「うるさいっ、臆病者は黙ってろっ。姉妹揃って逃げやがった腰抜けどもが」
「言ったなオイ? それ言ったら戦争だぞゴルァ!」
「はい、そこまで」
俺はテインさんに抱えて貰い、マイノグーラさんにげんこつを落とす。
「痛って!? 何すんだよヒロキ!?」
「今のは先に口出したマイノグーラさんが悪い。というか話進まないからお黙り」
「うぐっ」
「はいはい、同じ触手仲間としてマイノグーラさん拘束しまーっす」
「あ、ちょ、スキュラやめ……」
あー、なんか後ろの方で見たら垢BANくらいそうな光景が繰り広げられ始めたので、俺はソファに座り直してムナガラーを見る。
とんだ時間食ったけど、ようやく話し合い開始だ。
俺は状況説明を始める。
隠す必要もないのでアトランティスに来た目的とここに来た偶然。そして敵対の意志はないということを告げておく。
しばし瞑目し始めたムナガラー。
すぐに結論が出たようで、目を見開く。
「ふむ。まぁそういうことなら彼女の管轄だな。付いてきたまえ」
人型を崩す気はないようで、擬態のままソファから立ち上がったムナガラーは一人部屋を出ていく。
どうやら付いて行かないとイベントが進行しないようだ。
「あんま長くならねぇといいんだが」
「朝の内には終わるだろ」
「ふふ、楽しみだねぽち。どんな強化が来るんだろうね」
「わふ」
だぬさんだけは楽しむよりも早く終わって宿で休みたいって顔してる。
時間ヤバいの? 今日そこまで時間経ってないよ? それにこのイベントなら次のところでいろいろ貰って終わりだろ。
自由行動になったら宿取って探索してもいいし、元の場所戻ってもよさそうな気がするよ?




