1002.諍い果てての契り
「はぁ……はぁ……やるなぁ、あんた」
「お前もな。まさかこの能力を発揮するほどとは想定外だったぞ」
気絶から復帰した本田君にライザンさんが手を差し伸べる。
がしりと掴み合った二人は、なんかもう友情芽生えました、みたいな顔をして互いに立ち上がる。
おっさん、いつの間にか灼熱ボディが元の肌色に戻ってるな。
さすがにダイエット前の姿には戻れないようだ。
「残念だが、彼女のことは諦めるよ。拉致された彼女を救いたかったが、あんたになら、任せられる気がする」
どういう意味だそれ?
「ああ。任せたまえ、あの娘は儂がしっかりと面倒見よう」
あれ、ダイエットの意味だろうけど話通じちゃってる!?
「すまんな、助けに来たつもりだったんだが、俺では彼を倒せなかった。おとなしく帰るよ」
「あ、はい」
熱血本田君がヒロインちゃんに振り向き爽やかな笑みで告げる。
いや、その宣言酷くね?
自分が敵わなかったからお前のこと諦めるわ、ってライザンさんだから良かったけど、これが本当に悪の組織で人体改造待ってたりしたら彼女見殺しってことじゃん。お前さすがにそりゃねぇよ!?
「では、失礼します」
ライザンさんに深々とお辞儀して、彼は走って去っていく。
嵐のように現れて嵐のように去って行ったな。
「ふぅ、なんとか道場は守れたか……」
……はい?
いや、ライザンさん、もしかして気付いてない?
そういや背後一切見てないなあの人。
「あのー、ライザンさん?」
「ん? おお、お前たち、帰ったのではなかったのか」
「ええまぁ、さすがに巻き込まれたまま帰るのは忍びないですし、というか……道場、どうするんです?」
「ん? どういうことだ?」
小首をかしげるライザンさん。
俺が視線で背後を向くように促すと、ライザンさんは疑いもせずにそちらに視線を向け、止まった。
それは、まさに宇宙猫のライザンさんバージョンと言える光景だった。
呆然とするライザンさんの視界には、つい先ほどまでライザン道場が存在していたはずの、森の中の空地が映っていた。
そう、空地だ。
すでに敷地内の家屋が消え去り、道場があっただろう一部の残骸だけが残っていた。
道場を再開させる? 冗談ではない。これでは青空教室と告げた方がいいくらいである。
跡形もなくなった道場を道場だと言い張れることもなく、ライザンさんは力が抜けたように膝をつく。
「道場……は?」
「あー。その、二人の激闘に耐え切れず、跡形もなく……吹き飛びました」
「……そう、か」
あー、なんか気が抜けたライザンさん、体躯もほっそりとした細身だからか心身共に抜け殻になった姿にしか見えなくなってきたな。
「えー、っと……」
「終わった……終わったのだ、儂の夢は……太ってしまった悲しき野獣たちの慟哭を少しでも痩せさせて無くしたいと、ダイエット道場を立てるのは、夢だったのだ。儂の夢、この年まで必死に働いて、ようやく、ようやく……」
あれ、なんかすっげぇ哀れに思えてきたんだが……
俺はそっと視線を別の場所へと向ける。
なんとも言い難い顔でこちらに視線を向けたケットシーと目が合った。
お前、何とかしろよ。
無理だにゃー。
王様動かしたらどうにかならんか?
動くと思うかにゃー?
そこをなんとか、ほら、皆の力を合わせるとか。さっき撫でまくっただろ、ちょっとくらいアレたすけてやれよ。可哀想だろ
んー、まぁダメもとでよければ聞いてみるにゃー。
この間約1秒。
俺とケットシーは視線だけでコンタクトを取り、ケットシーが猫たちに状況を話始める。
というか、そもそも何でこんな辺鄙な場所に道場立てたんだ?
「さすがに想定外だ。せっかく猫の王に許可を貰って建てたというのに、まさか一週間程度でここまで破壊するとは」
「あ、一応王様に許可取った道場なんだ」
猫の忍者っぽいのが呟いたので、反応しておく。
お前さんどこにいんの?
「とりあえずさー、ヒロキ。さすがに可哀想だから妖精さんの端くれとしては道場再建してあげたいんだけど、あいつ使ったらすぐ建ったりしないかな?」
「それも含めてケットシーが今、猫の王に許可貰いに行ってるよ」
そういやスプリガンが居たな。ナスさんや芽里さんが居れば高所作業も糸で出来そうだし、今いるメンツなら道場再建可能じゃね?
まぁさすがに素材がないから無理か。
「あの……」
呆然としているライザンさんに、誰かが声を掛ける。
そちらを振り向けば、まさかのヒロインちゃん。
本田君がライザンさんに譲り、ライザンさんが責任もってダイエットさせると告げた少女が、ライザンんさんへと声を掛けたのだ。
力なく振り向くライザンさんの元へ向かうと、彼女は両手でライザンさんの頬を叩く。
「っ!?」
「しっかりしてくださいっ! 私、ライザンさんの門下になりますから! 責任もって私の面倒見るんでしょう!」
「そ、それは……しかし道場が……」
「道場がないとダイエット出来ないんですか!? ダイエットするならどこでも出来るじゃないですか! ダイエットしたい私が居て、ダイエットさせたい貴方がいる。それ以外、何がいるんですか!」
「っ! それは……ああ、そうだ。そうだった! ダイエットに場所など不要! ダイエットはどこでだって出来る。外だろうと、中だろうと、今ここでだって!」
ヒロインちゃんの両手を握り、男は再び立ち上がる。
「ありがとう少女よ。大切なことを忘れていた。気付かせてくれて、ありがとう。もう、儂は大丈夫だ! 共にダイエットの星を目指そう!」
「はい、先生!」
なんだ、これ……?
俺は一体何を見せられているんだろう……?




