998.腕の力はすでになく
「……終わった、か?」
俺たちは既に死屍累々だった。
近くを通ったオラン・ペンテグまで無理矢理引き込んで猫たちを撫でること、どれほどの時間経過したっけ?
もはや両手の感覚はすでになく、腱鞘炎になってるかどうかすらわからない。
回復魔法使ってしまえば回復するんだけどさ、なんかもう、回復する気力すら湧いてこない。
長い戦いだった。
まさかおかわりが来るとは思わなかったぜ。
あいつら一度撫でられた後に最後尾に並んでやがったんだ。
百匹はもう終わっただろ、と思ってよくよく観察してみれば、終わった先から最後尾に並んでワクワクしながら順番待ちしてやがったのだ。
さすがにそれ教えたら皆お怒りモードになったので猫たちは蜘蛛の子散らすように逃げ去って行った。
後に残ったのはケットシーだけだった。あ、もう一体、オラン・ペンテグ君が残ってたけど、仕事が終わったと分かるや、ふらつきながら去って行った。
たぶんもう、俺たちには近づいてこないだろう。
「お、お疲れ様だにゃー」
「ケットシー君や。キミ分かってて黙ってたよね?」
「あ、あはは。君じゃなくてちゃんかさんで呼んでほしいにゃー。雌にゃので」
「よーし分かった。またたび痴態の刑がお望みだな。素敵な姿を写真に収めてやろう。猫の王とやらに全部送っておいてやるよ」
「ぎにゃー!? またたびなんて出されたら前後不覚になってしまうにゃ!? 辱めはやめるにゃーっ」
うるせぇ、こっちは腱鞘炎寸前じゃい!
「はいはい、回復さっさと済ませなさいよヒロキ」
するけどさぁ。
すでに目の前にライザン道場も見えてるし、このまま両手の感覚がない状態で向かう訳にもいかんよな。
はぁ、面倒だけど回復魔法の御厄介になるか。
「よし、行くぞ皆」
「ライザン道場かぁ。確か運動して痩せさせることを目的としてるんだっけ?」
「ああ、サユキさんは拉致されて強制的に痩せさせられてんだ」
サユキさんは痩せるべきだとは思うけど、無理に拉致してまで痩せさせるのはちょっと違う気がするんだ。
だから、救出しないとな。
つかゲームしてたら呪われて取り込まれ、ゲームしなくてもデスゲーム参加したり拉致されるとか、サユキさんツイてなさすぎるだろ。
「たのもーっ!」
道場、となれば扉を開くときはこれだよな。
道場破りに参りましたよーっと!
「ん? 誰だ?」
室内には、白い胴衣と白帯の生徒たち、そして黒帯に白胴衣姿の巨漢のおっさんが立っていた。
「ひ、ヒロキさぁん!」
「ふむ。体験者の知り合いか。ようこそライザン道場へ! 儂が開祖、ライザンであぁる!!」
耳が壊れそうなほどの大音響で、仁王立ちの漢が叫ぶ。
男だらけの塾か何かかな!?
「この道場はダイエット目的の道場だ、お前たちは何用で来た! ダイエットならば喜んで門下にしよう!」
「無理矢理連れ去ったサユキさんを返してもらう! 本人の意思なく無理矢理拉致して強制ダイエットはさすがにやり過ぎだ!」
しばしの沈黙。
ん? なんかライザンさんキョトン顔してるぞ?
「おい、猫。どういうことだ?」
「ちゃんと本人には了承貰ったにゃ!」
どこからともなく猫? の声が聞こえてくる。忍者か! 忍者なのか!?
「そうなのサユキさん?」
「えっと、それはぁ……」
「取り合えず、彼女が居なくなってこれが置かれてたから来たんだ」
チラシをオッサンに渡す。
しばしそれを見つめたおっさんは、ふぅっと虚空を見上げた。
「猫よ、その状況では無理矢理拉致してここに連れて来たようではないか。安心せよ少年。強制なのは太った相手を見つけて誘うまで。来るかどうかは本人の了承を得てからだ」
「えーっとサユキさん?」
「き、今日の夜になってすぐに、その、痩せれるってゆーから、料理教室にもいかへんし、ちょっとやってみようかな、て」
マジかよ!?
「えー、じゃあ今回も早とちり? 前回の夜もヒロキの早とちりだったじゃん。タツタさんの料理教室危険はなかったんでしょ?」
「そりゃまそうなんだが。あー、あ。そうだ。ライザンさん。ここに十種神宝ないすか? 俺ら集めてるんです」
「ふむ。こちらの手落ちもあるし、早めに知れたのはむしろよかったか。だがタダで、という訳にはいかんな。せっかくだ。これからダイエット教室を行う。君たちも参加したまえ。終わったらくれてやろう」
うっそだろ、俺らダイエットする意味ねぇじゃん。なんでやらなきゃなんねーんだよ。
「あはは。まぁせっかくだしやってみようよヒロキ君」
「ナギさん意外とやる気じゃん」
「ま、女の子としてはダイエットには興味あるし、やるだけやってみようかな、ね、メリー」
「頑張って痩せる」
メリーさん人形だから痩せねぇよ!?
「じゃ、私見学してるから」
「一番やらないとダメだろローリィさん。ほら、一蓮托生だ。ナスさんも逃がさねぇよ?」
ヤバい案件じゃないならそのまま体験してみるかな。命がけじゃないことを祈ろう。




