23 密室、消えた刃物.2
萌が用意してくれた長靴をはき、屋敷の周りを調べることにした。足跡と違い、小刀を探すとなると実際に歩き周って探さなくてはいけない。
焼け跡を探したあとは、裏口から外に出て屋敷の右側、正面の順に調べることにした。外気が寒いからだろう、雪は溶けずに残っていて、足首ほどの深さがあった。
「白蓮様、確認ですが、なくなった小刀は四寸ほどの長さで全て金属でできているのですね」
「あぁ。小刀の中には持ち手が木で刃先だけ金属のものもあるが、無くなった物は全て金属でできていた」
宿側から春蕾、白蓮、明渓の順に、横一直線の等間隔に離れて歩きながら雪の上を見る。何かを探す時、この配置が良いと言ったのは春蕾だ。
白蓮もいるのは、自分が部屋にいては一人護衛がつかなければいけない。それなら一緒に探す、と言ったからだ。
「春蕾兄、窓があるのは正面だけよね」
「そうだ。だから可能性としては焼け跡か、裏口の扉の辺りから投げ捨てたか、窓から放り投げたかだな」
一応屋敷の右側も探すつもりだけれど、そのあたりにある可能性は低い。
「私達は悲鳴が聞こえるまで三階にいた。もし二階から投げたなら朱亞、萌、孫庸が怪しいけれど……」
「そうだな。しかし、彼らに燈実を殺す理由がないんだよな」
宿が再建するのかも怪しくなったので、朱亞としては当てにしていた働き先がなくなったことになる。それは萌も同じこと。孫庸に至っては燈実と会ったのは数回程だ。
「春蕾、夫婦仲はどうだったんだ?」
「そのあたりのことはこれから調べようと思います。ただ、妻の火傷の治療のために遠くの医師を訪れるほどですから悪くはないでしょう」
明渓は燈実の後に隠れるように立っていた玉風の姿を思い出す。夫を頼り、妻を守ろうとしてる様は仲違いしているようにはとても見えない。
「春蕾兄、あの二人に子供はいないの?」
「そのようだな。確か一緒になって十年ほどのはずだ」
「それなりに調べていたのね」
「それなりとはなんだ。こっちは、お前が寝たり温泉に浸かったりしている間も働いていたんだよ!」
恨みがましい目で見られても困る。立派だと思うけれど明渓の仕事は侍女で子守だ。
「どうせお前のことだから、二日前の夜だって扉を長椅子で塞ぎ重石代わりに乗って寝ていただけだろう」
(どうして分かる)
まぁ、それでもいないよりはましだと思う。番犬の役目ぐらいはきちんと果たすつもりで眠っていたから。ぐっすりと。
「寝相悪いから長椅子から落ちただろう?」
「失礼ね。子供じゃあるまいし」
「そうだ。何度か落ちそうになっていたが器用に体勢を整えていたぞ」
「「……」」
等間隔で歩いていた距離が歪に広がる。雪よりも冷たい視線で明渓が睨め付ける。
「見ていたのですか?」
「近寄ってはないぞ。腕や足が飛んでくるからな。寝台の上から月明かりを頼りに眺めていただけだ」
さらに明渓と白蓮の距離が遠ざかる。奥の林との境い目ギリギリを歩きながら、何かを思い出したように目尻を下げる白蓮を視線で牽制する。
春蕾が恐る恐る伺うような声を出す。
「見ていただけ、ですか?」
「もちろん、明らかに扉の外より俺を警戒していたからな」
褒めろとばかりに胸を張る。その姿を見て春蕾は、腹の底から息を吐いた。まったく、皇族の閨教育はどうなっているのかとぶつぶつ呟いている。その声は明渓まで届いているので、白蓮には必ず聞こえている。しかし、チラッと横目で見ると、白蓮は珍しく皇族らしい無表情を貫いていた。
さりとてありなん、ぐらいに思っていると袖が木に絡まった。ちょと林の近くを歩きすぎたかと反省しながらその枝に触れようとしたときだ。
「明渓ダメだ、触れるな!!」
春蕾の言葉に指先がピクっと止まる。どうしたのかと戸惑っていると春蕾が駆け寄ってきた。
「ちょっと待て。俺がとってやるから」
「? どうしたの。この葉が何か?」
雪の中からは笹のような葉が幾つも覗いている。
「毒だよ」
「葉が?」
「全部。これは夾竹桃で、葉も枝も根も花も全て毒になる」
なんと、毒の宝庫のような植物ではないか。
しかし、明渓が知らないのも無理はない。鍛冶場、実家の庭、裏山、伽藍に至るまで夾竹桃は根こそぎ抜かれていたからだ。もちろん毒の本は与えられていない。臭い物には蓋をしろとばかりに徹底されていた。
白蓮がその葉をひとつまみして目の前に翳す。
「葉を十枚食えば大人が死ぬ。かなり危険なのに意外とあちこちに生息している」
明渓も手を伸ばしたが、パシリと白蓮に叩かれた。
「十枚で死ぬなら一枚なら大丈夫」
「阿呆か。医官として、んなこと見逃せるか」
「ペッて……」
「だめだ。なんだ、この既視感ある会話」
ぷぅと膨れると容赦なく頭に春蕾の拳骨が落ちてきた。遠慮も力加減もない。
「これはかなり危険なんだ。野営に行く前に教わったが、こいつで焚き火をして煙を吸った人間が目眩を起こして倒れたことがあったらしい。外だから良かったものの室内ならお陀仏だ。それから、箸代わりに枝を使って死んだ奴もいる。菜箸として煮物を混ぜたら隊は全滅だ」
うっと唸る。確かにこれは手を出してはいけない。そのあたりの常識はちゃんとある。何でも試してみたいが死にたいわけではない。なのに、二人揃って同じことを口にした。
「「少し舐めただけで目が見えなくなるぞ」」
「……二人とも私をなんだと思っているの?」
昼ご飯を挟み屋敷の周りを調べ終わった頃には日が傾いていた。小刀はどこにも落ちていなかった。これはまずいと三人の顔に焦燥が浮かんでいる。
しかも、今日も道は開通しなかったみたいだ。
春蕾は日が暮れる前に様子を見てくると言って、出掛けて行きここにはいない。二人は玄関先で雪を払っているところだ。
こんな状況が続けば気になるのは食糧だ。もう少し季節があとならば山菜が山ほどありそうだけれど、この時期だとたらの目も筍もまだだ。
「暫く粥が続くのだろうな」
白蓮が、ため息混じり呟いた。食べ盛りには中々辛い話だ。
「私は伽藍で食べ過ぎたので、腹回りの調整だと思って我慢します」
腹をさする明渓に白蓮は首を傾ける。
「そうか、変わらないぞ」
「服の上からはそうでしょうが、明らかに身体が重いです」
運動不足だけれど、こんな状況で剣の稽古をするわけにもいかない。そう思っていると、ぷにっと横っ腹を掴まれた。
「大丈夫だ。肥満の範囲ではない」
「な、何をするんですか!?」
しれっとしている白蓮に対し、明渓の顔が赤くなる。あまり見れない光景だ。
「医書に載っていた。摘んだ時の厚みがこれぐらいなら標準で、これぐらいなら肥満……」
「こんな場所で健康診断しないでください」
思わず、これぐらいと広げる白蓮の指を握りしめる。そしてそのまま明渓はじっとしている。
「……白蓮様、部屋に戻りましょう。風邪をひかれてはいけません。熱が出てきていませんか?」
「大丈夫だ。随分身体も丈夫になった。それより明渓の手はかなり冷たいぞ。手袋はしてこなかったのか」
突然どうしたんだ、と言いたげな顔で鼻をずずっと啜る。
(もっと気遣うべきだった)
身体が弱く幼い時は命が危ないことが何度もあったという話を思い出す。見たところまだ体調は崩していないけれど、白蓮以外の医官がいない場所で倒れられたら手当てができるものがいない。
「小刀が見つからなかったのは残念ですが、もう日が暮れます。すぐに暖かいお茶をお持ち致しますので部屋で待っていてください」
急に心配し始めた明渓に、白蓮はちょっと決まり悪そうに鼻をかく。
「分かった。でも、心配するな」
明渓は先程握った手の熱さを思い出し、早く道が通ること、これから何も起こらないことを願った。
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