18密室、鍵のかかった部屋.2
第三章の初めに登場人物一覧を付け加えました。
死因は、翌朝調べることとなった。
「ではひとまず名前と何故ここにいるかを教えて貰おう」
場所を隣の部屋に移し、宿の関係者が全員集められた。
「まずは孫庸、お前とこの宿の関係は?」
「私は許嫁を探しにここに来ました。笙林はここで女中をしていたのですが、ひと月前の火事以降姿を消しているのです」
またも火事という言葉が出てきたと思っていると、春蕾が説明をしてくれた。
「ひと月前にこの宿で火事があったことは、先程聞いただろう。被害は見ての通り宿の半焼、それからそちらにいる奥方が火傷を負われ、女中が一人行方不明になっている」
明渓は部屋の隅にいる黒い薄布を頭から被った女性を見る。鼻から下を黒い布で覆った上からさらに薄布を被っているので、見えるのは目だけ。それさえ薄布ごしではっきりとは分からない。歳は不明、明渓より少し背が低く、髪を後ろで一つにまとめ気配を消すかのように立っていた。
「奥方の怪我の具合は?」
春蕾の問いに、主人は辛そうに首を振る。
「玉風は煙の熱で喉をやられ声が出ないのです。顔にも火傷の跡があるので、このような姿をしています。王都に近い街、腕の良い医者に見せましたが治せないそうです。本人もまだ立ち直れていなく、人が近づくのを嫌がりますのでそっとして頂けるとありがたいのですが……」
玉風が小さく頭を下げ、主人の後ろにすっと隠れた。
「分かった。では他の者について聞こう。ここにいるのは全員宿で働いている者か?」
「いえ、雇っているのはそこにいる女中の萌と下男の繹文だけです」
「ではあの母娘は客か?」
春蕾は場違いのようにこの場にいる親子を見る。母の年齢は二十半、娘は五歳ほどだ。
「彼女は以前ここで働いていました。女中が行方不明になり火事の後始末もままならないので、萌が気を使って彼女を連れてきてくれました。名は朱亞、娘は蘭です」
これまた母娘が頭を下げる。朱亞は数年前に宿で働いていたが、結婚を機に辞めたらしい。ところが夫が流行病であっけなく死んでしまい、困っているところに萌の話を聞いた。それで、娘と一緒に住み込みで雇って貰えないかと尋ねてきたらしい。
亡くなっていた女中の名は紗麻と言い七年ほどここで働いていたらしい。主人の名は燈実だ。
一通り自己紹介を終えたところで白蓮が部屋にやってきた。
「では彼女が倒れていたのを始めに見つけたのは誰だ?」
「私です」
春蕾の問いに孫庸は前に出ると、堰を切ったように話し始めた。
――
孫庸と笙林はここから馬車で二日北に行ったところの小さな村の出身だ。笙林の母の持病が悪化したので薬代を稼ぎにこの旅館に来たのが半年前のこと。
一ヶ月前、突然役人が笙林の実家を訪れ、雇い先で火事があったこと、笙林が行方不明になったことを母親に伝えた。役人は笙林が火付けをしたのでは、と疑っているようで不安になった母は孫庸に相談した。笙林の父親はすでに他界しており他に兄弟もいない。だから孫庸が宿に事情を聞きに来たと言う。
「しかし、燈実夫婦は王都の近くの医師を訪ねていて会えませんでした。それで日を改め二日前に訪ねてきたのです」
「なるほど、お前が来た理由は分かった。それで、どうして紗麻の遺体を見つけるに至ったのだ?」
孫庸はごくりと唾を飲み込んだ。そして訴えるように春蕾を見る。
「私は本来なら二日前に帰るところでした。しかし、突然の雪で帰れず宿の焼け残った部屋に泊まることになりました。雪は丸一日降り続けたのでさらに一泊することになったのですが、その夜、紗麻さんが部屋を訪ねてきたのです。笙林の失踪について気になることがあるので明日帰る前に部屋に立ち寄って欲しいということでした」
「時間の約束はしなかったのか?」
「何やら確認したいことがあるので、申の刻ぐらいの時間が良いと言われました」
「では、その辺りから思い出せる限り詳しく話してくれ」
春蕾は懐から紙と筆を取り出した。
見たこと聞いたことには人並みの記憶力しかない明渓は、あとから紙を貰おうと思った。人の名前が沢山出てきてちょっとややこしい。でも、書かれた文字を見れば絶対に忘れないからだ。事件は面倒だけれど、先程の襲撃で何もできなかった分ぐらいは頑張ろうと思っている。
「約束の時間に来てこの部屋の扉を開けようとしたのですが、鍵がかかっておりました。声をかけても反応がなかったので窓から部屋を除いてみると、寝台の上で苦しくそうに胸を押さえている紗麻さんがいました。それで慌てて扉を蹴破り中に入ったところ、まだ微かに息をしていました。ですから、萌さんに事情を話、私は馬を麓に走らせました」
なるほど、と春蕾は頷く。話の辻褄は合っている。
「窓に鍵はかかっていなかったのだな?」
「はい」
窓には縦横二寸ぐらい幅で格子が嵌められている。そこを壊すより扉を蹴破った方が早いと考えたらしい。
「燈実殿、部屋の鍵はいくつある?」
「一つだけです。笙林は卓の引き出しに鍵を残し行方不明になりました」
ふむ、と言い春蕾はそれも紙に書く。
燈実は懐から鍵を取り出した。
「孫庸殿と萌が紗麻の懐にあるのを見つけました」
「これは預からせて貰うぞ」
春蕾が鍵を受け取る。紐を通せるように小さな穴が空いた鍵だ。明渓がちょっと鍵を覗き込むようにして春蕾に囁く。
「春蕾兄、どう思う?」
「話を聞いただけではまだ何とも言えないな。明日、明るくなったら部屋を調べよう」
念のためにと、着替えも少し持ってきている。白蓮も明日もう一度遺体の検分をすると言う。明渓一人で馬に乗って山を降りれなくはないけれど、宿泊するのが無難だろうと諦めた。
「明日まで現場を保存したいのだがどうすべきか」
扉は蹴られ壊れている。どうしようかと腕組みをしていると燈実がおずおずと提案してきた。
「この長屋に鍵を掛けることはできます。萌も今夜は朱亞の部屋で寝たいと言っておりますのでこちらとしては問題ございません」
「そうか、それは助かる。では、鍵と毛布を数枚貸してくれ」
その言葉に萌は早足で部屋を出て行ていく。春蕾は念のため今夜はこの長屋で夜を明かすらしい。
(武官とは大変な仕事ね)
萌と紗麻の部屋には寝台があるけれど、春蕾は紗麻の遺体がある部屋の前で、毛布にくるまって寝る気でいるようだ。
(私はゆっくり布団で寝れるわよね)
半焼しているとはいえ宿だ。きっと大丈夫、と思うもそうは甘くなかった。
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