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9.宴の因果

(やばい、これはかなりやばいかも)


 宴から帰ってきた後、着替えることはおろか、簪も差したまま、ばたん、と寝台に突っ伏した。演武が終わった後の光景がまざまざと蘇る。

 鎮まり帰った広間、始めに手を叩いたのは東宮だった。ついで、帝、青周、そして嬪達が悔しそうに手を叩く。


「中々、素晴らしかった。剣はどこで覚えた?」


 東宮が人懐っこい笑顔で聞いてきた。演武以外にも興味を持っているように思うのは気のせいだと明渓は思いたい。


「従兄弟に教わりました」


 必要最小限の言葉で返事をし、このまま素早く立ち去ろうと一礼をした時だった。


「朕も興味を持った。名は何と言ったかな」


 帝の呼び止める声に肩がピクリと波打つ。明渓が恐る恐る声の方を振り返り、頭を下げたまま答える。


「明渓です」

「年は」

「十七になりました」


 ……その夜帝が名を聞いたのは明渓だけだった。



「明渓妃、よくやりました。今朝はどうなる事かと思っていたのですが、あの演武は素晴らしかったです。近いうちに必ずお通りがありますよ」

「そうかしら?でも、私より素晴らしい人は沢山いたわよね」

「いえ、明渓様が1番注目を集めていられました」


 期待した答えは返ってこない。

 このままでは「ゆっくり書物を読んで四年で暇をもらおう計画」が台無しにになる。お通りだけは、何があっても阻止しなくてはいけない。思わず子供のように寝台で足をばたつかせる。


(でもどうやって?)


 眉間に皺を寄せ宙を睨んでいた明渓の頭に1人の少年の顔が浮かんだ。


◾️◾️◾️◾️


 (赤い布が括られている!!)


 僑月が布を見つけたのは、毒きのこ採りから一月以上経った頃だった。あれから、毎日、毎日、雨の日も雪の日も桜奏宮に通い続けていたのだ。

 布を見つけたのは、太陽が南中する頃で、その後はずっと上の空だった。本人は、仕事をそつなくこなしているつもりだが、僑月の失敗を韋弦が後からずっと補助(ホロー)していた。


 僑月は今、毒きのこを採った場所で明渓を待ち続けている。気持ちが急いて、約束の時間より随分早くきてしまったのだ。

 冬の深夜と言う事もあり人っ子ひとりいないのは良いが、とにかく寒い。上着を何枚も重ねてきたが足元から冷気が這い上ってきて、ぶるぶると身体が震えてくる。


 爪先の感覚がなくなってきたころ、カサカサと乾いた落ち葉を踏む音が聞こえた。振り返ると、臙脂色の綿入れに闇夜に溶け込むような黒い肩掛けをかけた明渓が走ってくる姿が見え、僑月は思わず駆け寄って行った。


「お久しぶりです。何があったーー」

「力を貸して欲しいの!」


 言い終わらない内に悲壮な顔で明渓が口を開いてきた。





「――つまり、帝のお通りをどうにかして避けたい、と言う事ですか」

「そうなの」


 明渓の話は予想の斜め上をいくものだった。


「あの、……そもそも、どうして後宮に来たのですか」

「…・・・それは、勿論、妃に……。いえ、父に言われ……。」


 どうにも歯切れが悪い。明渓が戸惑いの表情を浮かべながら僑月を見る。


「誰にも言わない?」

「言いません」

「約束よ」


 そう言って小指を立ててずいっと僑月顔の前に出してきた。僑月は一瞬呆けたような顔をした後、慌てて服で手を拭き、自分の小指をその白くて細い指に絡ませる。


 (暫く手は洗わないでおこう)


 医官らしくない誓を密かにする僑月をよそに、明渓は小さな声でポツポツと話し始めたら。


 それもまた、僑月の予想のかなり斜め上をいくもので、ぽかんと口を開けながら寒空の下話を聞き続けた。





 その次の日、僑月は朱閣宮にいた。目の前には茶を片手に、昨晩の僑月のように口を半分開けぽかんとした顔の東宮がいる。


「そんな妃嬪がいるのか……」

「…はい。それで、帝が明渓のもとを訪れる事はありませんよね」

「いや、それがどうも……帝が気に入られたらしい。だが通う事はないだろう」

「どうしてですか?」


さらに嫌な予感がする。こういう勘は結構当たってしまう。


「青周が気に入ったからだ」


 ガシャ


 手に持ったままだった湯飲みが床に落ち割れる音がする。服が濡れた気がするがそんな事はどうでもい。

 バンと机を叩いて立ち上がる


「どうしてそうなるんですか!!」


 東宮が苦笑いを浮かべながら、まあ座れと手で合図をするので、仕方なく椅子に座り直したが、足先は床を苛立たしげに打ち鳴らし続ける。すこぶる気分が悪い。


「青周がどういうつもりで言っているのかは分からない。とりあえず帝に、お前が元服したら妃に迎えたがっていると伝えてみるか?」

「そんな事したら、帝の興味を余計にそそりませんか?」


 やはり自分が、と言い出しかねない。


「うっ、」


 東宮が言葉に詰まる。そんな時だ、東宮の後ろから柔らかな声が聞こえた。


「あの、少し宜しいでしょうか?」


 会話に入ってきたのは東宮の妃香麗(シャンリー)だ。腕に抱いている幼児はすやすやと寝息を立てている。


「なんだ、香麗?」

「いい案があります」

「なんだ?言ってみよ」

「あなたが娶ればよいのですよ」


 そう言って妃はにっこり笑う。


 がたっと大きな音をさせ今度は東宮が立ち上がる。


「おっお前、俺に側室を持てと言うのか?妻はお前以外迎えるつもりはないと日頃から言っているだろう?それとも、俺の相手をするのが嫌になったのか」


 香麗の肩を掴んでぐらぐら揺すり出した。頭の簪が半分落ちかかっている。


「あなた、落ちついてください。はい、息を吸って〜吐いて〜」


 す〜は〜。言われた通りに息を吐く東宮。肩からゆっくり手を離す。


「では、どういう意味だ?」


 体勢を整えて話を続ける。


「本当に迎える必要はありません。迎えるつもりだ、で押し通すのです。私の立場もあるから、すぐにとはいわず、半年程かけて親しくなった後正式に娶るつもりだ、とでも言えば良いのです」

「なる程、その手があったか。ではあとは青周だな。それはどうすれば良いか?」

「そこは、兄らしく説得してください」

「うっ、分かった。やってみるが…あいつが妃嬪に興味を持つのは初めての事だしな……」


「私も明渓さんに会えるのが楽しみだわ」


 ぶつぶつ言う東宮はそのままに、香麗は娘を抱えながら軽い足取りで部屋を出て行った。


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