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11.遺産に興味はないけれど.1

今回説明多いです。これでもできるだけ端的に書いたのですが。拙筆のためこれが限界です。


 貴人達は法堂に祭祀を行いに行った。青周が見張りの武官に口添えをし、明渓は一人からくり時計の前で、それが鳴るのを今か今かと待っている。

 

 白蓮の話では、からくり時計は半刻に一度音が鳴り人形が出てくるらしい。ただ、卯の刻、酉の刻は何も起こらないらしい。

 夜中音がうるさくないかと聞けば、右の持ち手を引けば鳴らなくなると教えてくれた。

 巳の刻までまだ時間があるので、その持ち手を引いてみた。すると、右端の歯車が三つばかりカチリと端に動き、他の歯車と連動しなくなった。


「動いた歯車が音を鳴らすのに関係しているのね」

 

 細かな仕掛けは分からない。できることなら分解したいが、大目玉を喰らうのが目に見えている。昔、祖父の懐中時計が珍しく、分解したら蔵に閉じ込められたことがある。半日も本が読めなかったのは大変苦痛だった。  


 人は経験から学ぶもの。だから分解はせず、時計の中央部分でクルクル動く歯車を、硝子越しに大人しく見て我慢をする。


 そうすること、幾ばくかカチリと音がした。ボンボンボンと低い音が静かな大堂に十回響木霊する。


(西方の国では巳の刻を十時というと聞いたわ。だから十回なのね)


 指を折って数えていたら、文字盤の上の小窓が開き、異国の小さな人形が出てきた。ふわふわとした服を着ているそれは、話に聞いたことがある異国の姫のようで、人形はクルクルと回ると可愛くお辞儀をして小窓向こうへと戻っていった。


 初めて見る仕掛けに明渓もくるりと回る。胸の前で手を組み瞳を輝かせながらその小窓を見るけれど、巳の刻の仕掛けはそれでおしまいのようだ。


「次は何の人形が出るのかしら」


 暫く居座るつもりである。


 とはいえ、次に音が鳴るのは半刻後。それまですることはない。白蓮も青周も暇なら自由に部屋を使って良いと言っていたけれど、それは憚られる。仕方ないので、誰も使っていない鏡台のある部屋へと向かう。部屋の様子をもう一度、天井までぐるりと見回す。


「装飾品にはお金をかけたようだけれど」


 家具や飾られた絵は悪くない。しかし、問題は天井だ。


「ここをケチったのね」


 人間寝る時以外、あまり天井を見ない。視界に入ってはいても気にかけないのだ。だから、ケチる場所としては悪く無い。まさか手形が出るとは思わなかっただろう。


 部屋の中を見回していた明渓の目が、窓の淵に置かれた仏像にとまった。大きさは明渓の肘から指先ぐらい。幅は手のひらぐらいの仏像だ。


「白蓮様の部屋にもあった気がする」


 何気に持ち上げたそれに、はて、と首を傾げる。見た目には銀のように光っているが、持って見ると手が触れた場所からじわりと温かくなる。手のひらの熱が伝わりやすいのだ。


「銀じゃない?」


 銀が惜しくてケチったのか、とも思ったけれど、貴人が手に触れるかも知れないのにそれは考えにくい。家具や絵など、触れれる場所にある物は全て一級品なのだ。


 明渓は、扉を開け向かいの白蓮の部屋に入る。やはり、窓際にその仏像はあった。同じように手にとると、じわりと温かくなる。同じ素材でできている。


 次いで青周の部屋にも行き、仏像を持ってくると、三体を鏡台の前に並べた。


「あのからくり時計……」


 今度はからくり時計の前に行き、歯車が動くのをじっと見る。歯車同士が絡み合い、連動して動く様はいつまでも見ていられる。一つ一つは単調な動きなのに、全体として見れば実に複雑だ。その複雑な動きに連動せず、独立している歯車が左上に二つある。


「どうしてこれは動かないのかしら」


 動かない理屈は分かる。他の歯車はその歯同士が重なりあい、動きを連動させているのに対して、この歯車はどの歯車とも重なっていない。先程、音が鳴らないように動かした歯車のように、ポツンと端にただあるだけだ。  

 硝子に手を当て、おでこをくっつけ覗き込む。まるで子供のようだ。しかし、いくら見ても分からない。他に持ち手があるのかと探してみるがそれもない。

 さらに、からくり時計の下から三寸ほどの場所には、横真一文字に切れ目が走っていた。一見、引き出しがついているように見えるのに、持ち手がどこにもない。

 はて、と首を傾げもう一度歯車を見ると、先程付けた自分の手形が硝子にはっきりと残っていた。動かない歯車とくるくると動く歯車の間にそれはある。


「また、幽霊騒ぎになってしまう」


 手拭いを出し息をはぁと吹きかけて硝子を綺麗に磨く。


「これでよし」


 再び空き部屋に戻ると、鏡台におかれた仏像と目が合った。


「この建物に不似合いなのよね」


 伽藍だから仏像があるのはおかしくない。しかし、伽藍だからこそ、あの仏像の出来は相応しくない。

 明渓は仏像に目線を合わせたまま、細い頷を指先で叩く。妙な違和感がある。


「ちょっと調べてみよう」


 なにぶん、あと半刻弱することがない。暇なのだ。明渓は腰につけていた縄を手に取ると、仏像の高さ、頭周り、胴回りを細かく測った。結果すべて一寸たがわぬ同じ大きさに作られている。これはなかなか凄いことだ。普通は、大抵差が出る。


「では重さはどうなんだろう?」


 部屋の中を見回すと、棚に本が何冊かあった。白蓮の部屋に置いてきた飛去来器を取ってくると、くの字のとがった部分が上になるように本で固定する。そして懐から小刀を取り出すと、窓の外に伸びている太めの枝を二尺ほど強引に切り取った。縄を同じ長さに二本切り取ると枝の両端に結び付ける。そして枝が均衡になるよう飛去来気の尖った部分にそっと置いた。即製のやじろべえ、ならぬ天秤の出来上がりだ。即席、と言っても不器用な明渓がこれを作るのに四半刻はかかっている。


 均衡がとれた箇所を忘れぬよう、枝に小刀でしるしをつける。そして両端に仏像を括り付けて天秤にかけてみた。枝は多少揺れたわんだもののすぐに均衡を保った。それを確認して片方だけ仏像を取り換える。同じようにして天秤にかけてみると、今度は枝が仏像を変えた方に傾きごとりと落ちた。


「同じ大きさなのに、これだけ重さが違う」


 まったく同じ大きさに作るのにはそれなりの腕が必要だ。それなのに、仏像の姿や形、素材は決して優れたものではない。しかも何故か重さだけが違う。


「仏像の意匠(デザイン)に工夫が感じられないから、仏師が作ったものじゃない。となると作ったのは……」


 明渓は確信をもって仏像を裏返し目を細めると、小さいながら作った人間の印があった。


「……明渓様、何をされているのですか」

「ひっ」


 小さく飛び上がると、梨珍がそこに居た。そして目ざとく明渓が見ていた印を見つけた。


「あら、これは刀鍛冶藤右衛門(とうえもん)の印ではありませんか」

「藤右衛門をご存じなのですか?」

「勿論、その名と技術が何代にもわたり引き継がれている屈指の刀鍛冶ですもの。なんでも当代の方は人嫌いでその姿を表には見せないとか。帝が会いたいと言ったのを忙しいからと袖にするほどの偏屈と聞いています」

 

 それはちょっと違うと思う。確かに藤右衛門は変わり者だ。とにかく剣を作るのが好きでほっておくと寝食を忘れ打ち続け、倒れたことも一度や二度ではない。しかし話の分かる人物で、頼めば仏殿の鍵も複製してくれた。人嫌いなんてとんでもない。どちらかというとお節介で世話好きだ。


「梨珍さん、私は侍女です。伽藍堂を出ても問題はありませんよね?」


 妃賓なら、勝手に出歩いてはいけない。しかしそれは建前で、明渓は実際は侍女だ。


「確かに明渓様が出歩いたところでそれを罰する法はありません。しかし、あまりに勝手に出歩かれてもやはり困ります」

「二刻ぐらいならどうですか? 誰にも見られずに帰ってきますから」

「そうですね。ここは故郷ですし行きたい場所もおありでしょうから……。しかしそれでもお一人で行かせることはできません。武官達は明渓様を妃賓と思っていますので。ですから、私が御供いたします。それでどちらに行かれるのですか?」


 梨珍の問いに明渓はにっこり微笑み仏像を指さした。


「これを作った藤右衛門の場所へよ」

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☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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