8.密室と火の玉.5
さて、翌朝。
山門と仏殿をつなぐように置かれた石畳の上に、人が集まっている。土の上には後ろ手に暫れた五人の男達が横一列に並んでいる。
石畳からそれを見ているのは、明渓、白蓮、青周、それから子豪と子空、音操までいる。春蕾は男達の後ろで槍を持って見張っていた。遠巻きには武官が数人こちらをみている。
「また俺だけ除け者だ」
「白蓮様は寝てましたから」
拗ねた表情の白蓮を、横目で少し見上げながら明渓が答える。また少し身長が伸びた気がした。
春蕾が背後から男達を問いただす。
「それでお前達は何をしていたんだ」
「自然薯採りを……」
「夜中にか」
「あっ、いや……」
男達の前には銅鏡と銀子が詰まった両掌ぐらいの箱。この状態で申し開きできるはずがない。
「まさか墓泥棒だったとはな」
「春蕾兄、それは少し違うかも」
明渓の言葉に皆がそちらを向く。
「この男達は、子豪兄が酒場でした自然薯の話を聞いて来たと言っていたけれど、その時した内容は他にもあったんじゃないかな?」
「例えば?」
「伯父さんが残した遺産の話」
あっ、と子豪が小さな声を上げ口を抑える。どうやら身に覚えがあるようだ。
「男達は考えた。見つからないというからには、探せる場所は探したのだろうと。この伽藍は付近では割と有名で、仏殿の二階にある品々の虫干しは近隣の村から見物人もくるぐらい。当然、仏殿の二階に鍵がかかっていて、その部屋には僧侶も普段は入れないことも知られている。男達はまずはそこを探そうとした」
「では、仏殿の火の玉もこの男達だというのか?」
子豪が男達を指差しながら、明渓に聞く。
「ええ、でも見つからず、売れそうな物だけを盗み、次は墓を探そうとした。遺族が知らずに、遺産の手がかりを一緒に埋葬したかもと考えたのでしょう」
「なるほどな。しかし、墓は穴があったからどうやって盗もうとしたかは一目瞭然だが、仏殿にはどうやって入ったんだ? あの日、周りに積もった雪には足跡はなかったんだぞ」
明渓の形の良い目が少し得意げに弧を描く。
「それなら今から実演するわ。青周様、ご協力お願いします」
「ああ、分かった」
当然とばかりに口角を上げ答える青周に、(二人の関係はいかに)とその幾つもの目に邪推が宿る。音操の額には脂汗まで滲んでいた。
しかしそんな様子に気づく様子はなく、明渓と青周は仏殿の向かいにある山門に向かった。あとから白蓮と何故か春蕾も着いてきた。見張りは他の武官に任せたようだ。春蕾が明渓の袖を引っ張る。
「何故そんな格好をしているんだ?」
明渓の今日の服装は、小口の袴に長袍をあわせた胡服だ。背丈の変わらない子豪に借りた物だ。
「ちょっとね」
「お前が浮足だっている時は要注意だ」
「大丈夫」
「そういう時は何か企んでいる」
五月蝿いな、やはり幼馴染みは厄介だと春蕾を軽く睨みつける。
山門の上には二階建ての楼閣が載っている。そこにいくには山門脇の階段を上るわけだが、ここは普段から自由に出入りできる。眺めが良いので参拝客に人気だ。
その階段を一番上まで登ると、楼閣の二階に辿り着く。二階は壁側に机が置いてあるだけの殺風景で広い部屋だ。中央に大きな柱があるぐらいで特段何かある訳ではない。だから、普段から参拝客に開放できるのだ。
明渓は仏殿側の窓の前に立つ。
「では、彼等がどうやって入ったのかですが、まず用意するのは縄です」
明渓は丸めて腰につけていた縄を取り出す。かなりの長さがあり、昨日物置部屋で見つけた物だ。
「この縄は両端五尺を除いて全て蝋を塗っています。仏殿には沢山の蝋燭があるのでそれを使いました」
縄をよく見れば確かに蝋が塗り込んである。明渓はそれを、窓の下に置いていた飛去来器に結びつけた。そして青周に渡す。
「お願いします」
「任せておけ」
明渓が窓を開けると、青周はそれを流るような動作で向かいの仏殿に投げた。飛去来器は仏殿の外回廊、向かって左の柱をぐるりと半周し、吸い込まれるように手元に戻ってきた。あの柱は、明渓の胸の高さぐらいの位置に擦れた跡があった。
「春蕾兄、一緒に下の階に来て。青周様、下から私の声がしましたら、縄をつけたまま飛去来器を窓から下ろしてください」
そういうと、明渓は階段を下り楼閣の一階の部屋に入る。こちらも二階同様、がらんとしていて真ん中に柱があるだけの部屋だ。その柱の横を通り、窓を開けると上に向かって声をかけた。
「青周様、お願いします」
「分かった」
声とともに、縄がついた飛去来器が頭上から降りてきた。明渓は両手でそれを受けると縄を解いた。
「春蕾兄、この縄を柱に括り付けて」
「おぅ、任せておけ」
春蕾はそれを真ん中の柱にくるくると巻き始めた。
明渓はまた二階へと上がっていく。そして部屋の床に落ちている縄のもう一方の端を持つと、懐から縄で作った輪っかを取りだした。輪の直径は一尺ほどだ。その輪っかに縄を通したあと、真ん中の柱に括り付けようとする。
「待て、俺がする」
青周が縄を持ちきつく柱に括り付けた。
「明渓、何をするつもりだ? 俺、胡服姿の明渓を見た時から嫌な予感しかしないのだが」
手持ち無沙汰の白蓮が心配そうな顔をする。皆今日はやけに勘が良いな、と思う。春蕾も下から戻ってきたところで、明渓は縄を通した輪っかを両手に持ち窓枠に足をかけた。
「では行ってきます!」
満面の笑みを浮かべ、窓の外へと飛び出した。明渓が両手で握っている輪っかは、蝋を塗った縄をするすると向かいの仏殿へ向かって滑り降りていく。
明渓の、半分結い上げ半分降ろした黒髪が風に靡く。その顔は実に楽しそうだ。
下にいた男達はその様子を、口をあんぐりと開けて見ていた。
この伽藍で一番高い位置にあるのは山門上の楼閣の二階だ。その二階から次に高い仏殿の二階まで縄が渡されている。そしてその縄は外回廊の柱をぐるりと周り、仏殿の二階より低い位置にある楼閣の一階へと繋がっていく。
「こうやって飛去来器を使って縄をはり、それを滑り降りて男達は山門から仏殿まで来ました。そして扉を蹴破り中に入る。これなら雪の上に足跡は残りません」
叫ぶ明渓の下の方で、音操が青い顔をしている。
「明渓、危ないからそこにいるんだよ。長い梯子を探してくるから」
明渓は父親の姿を目の端で捉えながら、今度は外回廊の手すりに足をかける。
「そして、こうやって山門に戻りました」
「め、明渓〜!!」
音操の悲壮な声が響く中、あっという間に楼閣の一階に辿り着くと、縄を解き二階へ向かう。
「戻りました!」
満面の笑みを浮かべる明渓を、白蓮も青周も呆れながら迎えた。春蕾は自分もしたかったのか羨ましそうな顔をしている。この辺りは、やはり明渓の従兄弟だといえる。
「随分楽しそうだったな」
「手は擦りむいていないか? 軟膏なら持ち歩いているぞ」
白蓮が明渓の手を取ろうとするので、さらりとそれを交わし掌を広げて見せる。
「大丈夫です。輪っかにも蝋を塗った方が速さは出るのですが、滑りそうなのでやめました」
ちょっと明渓の握力では心もとないけれど、男の握力なら盾や仏像等重い物を背負って戻ってくることも可能だろう。
窓から下を覗いていた青周が白蓮に声をかける。
「白蓮、音操殿が腰を抜かしているぞ」
白蓮も窓から身を乗り出すようにして下を見る。明渓もそれに続く。
「この身分で手当して問題ありませんか?」
「やめた方が無難だな。多少、医学に覚えのある武官を連れてきているから、そいつに任せよう。ただ、近くで症状を診て、梨珍経由で処置を伝えるには問題ないだろう」
「分かりました。では行ってきます」
白蓮は早足で階段に向かう。明渓は縄を手繰りよせ白蓮の後を追うようにして父親のもとへ向かった。
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