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4.密室と火の玉.1


「白蓮様、起きてください」

「あとちょっと。あと一刻」

「一刻はちょっとで表される長さではありません」


 布団をぐるりと体に巻きつけ、白い物体と化した貴人が目の前にいる。ふと、壁を見る。隣の部屋にいる貴人を思い浮かべ明渓は首を捻った。二人揃って昼食で何かにあたったのか、とも思ったけれど白蓮は医官だ。それならばきちんと手当をするだろう。


 手に持っていた皿を机におき、両手でその塊を揺すると、チラリと目だけだした。その目の下にはクマができている。


「寝不足ですか?」

「昨日寝れなくてな」

「枕が変わったら寝れないとか?」

「いや、馬車でも寝れる」


 なら何故昨晩だけ寝れなかったのか。


(何かあったのだろうか)


 関わってはいけない。本能がそう告げる。


 天蓋付きの寝台には(カーテン)がニ種類付いている。一つは薄く向こうが透けて見える。もう一枚は厚みがある燕脂色だ。裾には同系色の糸で花が刺繍がされている。華美ではない、落ちついた色合いはここが伽藍だからだろう。


 明渓は敢えて聞こえるようにため息をつくと、厚みのある幕を降ろした。起きそうにないので、居ないものとして扱うことにしたのだ。


 扉を叩く音がした。梨珍がお茶とご飯を持ってきてくれたので受け取る。微かに聞こえる寝息を無視して、揚げたてのふきのとうを食すことにした。箸で摘み、猫舌なのでふうふう、と冷ましてから口にいれる。表面のカリッとした歯ごたえと癖のある苦味が堪らない。


(やっぱりお酒を貰えば良かった)


 苦味が酒によく合いそうだ。次に味噌和えをご飯の上に載せて食べる。こちらも味噌の甘味と苦味の塩梅が良く酒に合いそうだと思う。


 あらかた食べ終えた頃、思わぬ来客があった。子豪と子空だ。何やらモジモジしているので、取り敢えず扉のすぐ横にある長椅子を進め、明渓も椅子を動かし二人の前に座った。


 チラリと寝台を見ると静かに眠っているようなので、アレには触れないことにした。


「どうしたの?」

「ふきのとう食ってたのか?」

「あなた達はもっと豪華な物食べたんでしょう?」


 彼らは白蓮達と昼食を一緒に食べたはずだ。それなのに、食いしん坊の子空が机の上のふきのとうを羨ましそうに見るので、皿ごと手渡してあげた。歳は明渓の二つ上。伽藍を預かるには頼りない年齢だ。


「なぁ、明渓。後宮の呪詛を解いたって本当か?」

「……誰から聞いたの?」

「そこらの護衛から。美味いな、このふきのとう。揚げたのは明渓ではないな」


 何故わかる。何故断言できる。鍋に放り込むまではしたのに。

 そして噂はそこまで広まっていたかと、眉間に皺を寄せる。


 酒好きの子豪が晩酌のあてにいいなと、呟きながら明渓を見る。


「それで、遺産の手掛かりは掴めたんだろ?」

「それが全く。すみません。役に立てず」


 深々と頭を下げる明渓を二人は同じ顔で睨む。


「嘘だ。その顔は探してないな。大方、春蕾と一緒にふきのとうを採ってたんだろ」


 さすが幼い時から一緒に過ごしただけのことはある。明渓は軽く舌打ちして目線を逸らした。

 別に探しても明渓の物になるわけではない。探せなくても王都に帰ってしまえば文句を言う人間もいない。  


(暫く謎は解かない)


 拳を握りしめ誓う明渓の前で双子は目線を交わす。


 身長は明渓より拳一つ分大きいぐらいで成人男性としては小柄な部類。面長の輪郭の真ん中に同じ型の丸い鼻がついている。見分けとしては、額が狭く酒癖が悪いのが子豪、ややぽっちゃりして食いしん坊なのが子空。


「俺達からも頼むよ。遺産を見つけてくれ」

「そんなにお金に困っているの?」


 そこそこの蓄えはあったはず。何に使ったのかと訝しむ明渓に二人は同じ表情を貼り付け首をふる。


「金より深刻な問題があってな」

「……出るんだよ」

「出る……」


 同じ言葉を繰り返し呟くと、明渓は素早く立ち上がった。


「部屋から出て行って、今すぐ。謎と幽霊はお腹いっぱいなの」


 腕を引っ張り二人を無理矢理立たそうとするも、予想以上の抵抗が返ってきた。


「仏殿に火の玉が」

「墓地にも火の玉が」

「「不思議だと思わないか? 気にならないか?」」


 言われてしまった。聞いてしまった。耳を塞いだけれど、もう遅い。


「初めに見たのは春節を過ぎた頃。夜中に廁に起きた時、何げなく仏殿の二階を見上げると窓にふわりと灯りが浮かんだんだ」

「明渓も知っているだろうが、仏殿の二階は二つの鍵がなくては開かない。一つは俺達が引き継いで、もう一つは役人が持っている」


 子豪、子空の順に説明を始める。何故かいつもこの順番で話し始める。


 仏殿の二階には仏像や経典、信仰にちなんだ絵や本が置いてあり、代々受け継がれている。これは伽藍が管理するもので、探している遺産はもちろん別にある。


 仏殿の一階には、大きな仏像がでん、と鎮座している。そこの扉は常日頃開いていて、参拝客が時折来ては手を合わせていく。仏像の裏には二階に上る階段があり、上りきったところに木製ではあるが堅固な扉がある。取手の下には鍵穴が一つ。目線の高さに錠前がつけられている。鍵穴の鍵は伽藍堂の大僧侶が、錠前の鍵は役所が持っている。役所が鍵を持っているのは、その部屋にある品が地元の財産としても価値があるものだからだ。管理を伽藍だけに任せるわけにはいかない、という理由かららしい。


 仏殿の二階部分には外回廊がぐるりと一周ついている。部屋には外廊下に出る扉が一つと、窓が幾つかあったはず、と明渓は思う。


「階段を上って入るのは無理として、外回廊から中には入れるんじゃない? 梯子を使って外廊下によじ登ると、あとは扉を蹴破るか窓割るか……。壊された形跡はないの?」

「仏殿より高い位置にある山門から見える範囲にはない。法殿側からは分からない。下からだと欄干が邪魔でよく見えないんだよ」


 子豪が腕を組みながら首を右側に倒す。


「では梯子を使って外回廊によじ登って、法殿側の窓を割って入ったんじゃない?」

「そんな長い梯子はここにはないよ。それにあの日は……」


 子空が腕を組みながら首を左に倒す。二人の頭はあと少しでぶつかりそうだ。


「あの日は?」


 聞いてしまった。つい、口に出してしまった。


「法殿の周りには雪が積もっていたんだ」

「雪の上には足跡一つなかった」


「「密室だったんだよ!!」」


 この二人、双子だからかよく声が合う。

 うっ、と呻く明渓。


(どうしよう。気になる。胸がざわざわする)


 子豪がぐいっと身を乗りだした。


「それが数回あったんだ。春節が明けてからは毎晩のように雪は降っていた。灯りを見たのは数回、朝確認したけれど足跡や梯子の跡があったことは一度もない」


 負けじと子空も前傾姿勢をとる。


「それだけじゃないんだ。仏殿の灯りがなくなったと思ったら、裏山にも火の玉が出始めたんだ。墓地の左側に山の上まで続く道があるだろ。あのあたりだ」

「墓場じゃなくて?」

「道。で、すって消えるんだ」

「消える……」


 明渓の指が無意識に顎を叩く。


「きっと父上が早く探せと怒っているんだよ」


 子豪が泣きそうな声で呟いた。




 縋るように明渓を見ていた二人の視線がふとそれた。明渓の後ろに焦点が合い、二人揃って目を大きく開く。その後同時に顔色がさっと青くなり、顔を見合わせて目をパチパチさせている。


「どうしたの?」

「す、すまない。明渓。ちょっと配慮が足りなかった」

「あぁ、悪いな。間が悪い時に来てしまったな。子豪、そろそろ退室しよう」


 突然額に汗を浮かべる二人に、今度は明渓が首を傾げた。


「それにしても、凄いな。戯れだったとしても充分な出世だ。俺達のこと忘れるなよ」

「俺達はずぅっと、従兄弟だからな」


 二人は順番に明渓の肩をポンポンと叩き、それだけ言い残すと競うように部屋を出て行った。


 明渓は長椅子に置かれた空の皿を持ち、卓の上にカタリと置く。振り返るときちりと閉めたはずの寝台の幕が少し開いている。そっと開けながら声をかけてみる。


「白蓮様、お目覚めになりましたか?」

「……なぁ、明渓。先程の話は本当か?」


 道端に捨てられた子犬のような目で、明渓を見上げる。


「? 火の玉の話ですか? もしかして怖いとか……」


 それなら暁華(シャオカ)皇后の方が怖いと思う。

 伯父の火の玉ぐらいふっと一息で消せそうだ。


 白蓮はぎゅっと目を閉じると、意を決したように明渓を見上げた。


「この辺りには、身体に赤い花が咲いた顔の爛れた女の幽霊が出るというのは本当か?」

「……初耳ですが?」


 何かが食い違っている。

 二人の間に微妙な空気が流れた。


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