3.山歩き
今回はスロースタートです。事件は次々話ぐらいからでしょうか。
次の日は朝から、探し物のため伽藍の裏山を歩きまわっている。
所々に雪が残り足元はぬかるんでいるが、数ヶ月前に青周に買って貰った「侍女の普段着」を着ているので歩きにくいほどではない。妃賓らしからぬ姿だけれど、「動きやすいから」と言ったら誰も何も言わずに納得した。
「まだ探すのか? 寒いし伽藍に帰ろうぜ」
砕けた口調で語るこの男、明渓に剣を教えた従兄弟の春蕾だ。音操の姉の子供で、武官として伽藍の警護にあたっていたところ、明渓専属の護衛にと音操が頼み込んだのだ。
年は明渓の三つ上、やや目つきが悪いけれど、それ以外は整った顔をしている。そして、仙都では指折りの剣の使い手だ。
「それにしても昨晩何があったんだ? 音操叔父、俺の両手を握り、くれぐれも明渓を頼むと必死だったぞ。お前なら剣を渡しておけば、自分の身ぐらい自分で守れるだろうに」
「さあ、途中から様子が変だったのよね。皆んな」
熱燗を一本開けて、おかわりしようとしたら場の空気がピリピリしたものに変わっていた。
「虫一匹寄せつけるな、だって」
「冬なのにね」
二人は首を捻りながら、道を外れ草むらを歩き出した。探し物は意外とこの辺りにあったりする。雪を踏みしめながら長靴を履いてきて良かったと思っていると、斜めに上の斜面から男の声が聞こえてきた。
「あれが子豪の言っていた自然薯取りか」
「自然薯? この時期に?」
「いつもこの山で採っていた爺さんがもう歳だから無理って言ったんだよ。で、年明け子豪が酒場でその話をしたら、隣に座っていた連中に今からでも掘らせてくれって頼まれたらしい」
通常、自然薯は春節前に採ってしまう。酒好きだけれど弱い子豪は、酔うと話上戸になって見知らぬ人に絡みだす。今自然薯を掘っているのはその絡まれた男達らしい。
「身元の知らない人間に頼んだの?」
「うーん、隣村で川の整備をしていた奴等らしいけど。ま、自然薯掘るぐらいなら誰でも問題ないだろ。一日幾らかで山を掘る許可をやっているらしい」
ふーん、と言う顔で明渓は上の斜面をゴソゴソやっている男達を見る。雪が降って土が湿っているので、さぞや掘りにくいだろうと思う。
見える範囲で五人おり、泥だらけになりながら湿った土を掘っている。
「とりあえず声ぐらい掛けとくか。伽藍堂には貴人がいるからな」
少し面倒くさそうに鼻の頭をかきながら、春蕾は急な斜面を登っていく。明渓も少し足をもたつかせながら、後を追った。
「自然薯取りの者か?」
「は、はい。武官様。あの、許可は得て……」
「あー、知ってる知ってる。従兄弟だからな」
分かってる、と手を振る春蕾に、男達は慌てて愛想笑いを貼り付けた。
「そうでしたか。あの僧侶に武官をされている従兄弟がいるなんて、知りませんでした。で、あの……何か問題でも?」
「いや、山で自然薯を掘る分には何も問題ない。ただ、伽藍に客が来ているんでな、あまり近づかないでくれ」
男達は、分かりましたと言いながら頭を数回下げる。
明渓と春蕾の視線が、そんな男達の一人が腰にぶら下げている物に吸い寄せられる。
「お、おい。お前。その腰にぶら下げている物は」
「はぁ。これは私が作った物ですが……」
男はそう言うと、おずおずとそれを腰から外して春蕾に渡す。
「春蕾兄、これは」
「あぁ、これは……」
「「飛去来器!!」」
二人は歓声と共に頭上にそれを掲げた。
「初めて見ました。異国では狩猟に使われているのですよね」
本でしか見たことがないものが目の前にある。明渓の瞳が輝き始める。
「武器として使用されていたとも聞く。自分で作ったこともあるがうまく飛ばせなかった」
春蕾は大の武道好き。剣術はもちろん少林拳、太極拳、八極拳といった体術は全て習得している。また、収集癖もあり柳葉刀、青龍刀、果てには七首といった暗殺に使われる物まで多種多様に持っている。
「これは私が作った物なので、大したことはないのですが……」
「手元に戻ってくるのか?」
「はい、うまく投げれば」
男はそういうと、くの字型のそれをピュと投げた。飛去来器は木々の間をすり抜け弧を描き戻ってくる。
「こんな感じで……」
「欲しい!」
「お前、幾らなら売ってくれるか?」
「は!?」
目と口を開きポカンとした男を二人がかりで説得すると、泊まっている宿に二本あるので明日持ってきてくれることになった。
「いい収穫があったな」
「うん、本来の目的もほら、こんなに沢山」
明渓は手に持っていた布袋をあけると、そこには沢山のふきのとうが入っていた。
「揚げたてに塩をかけて……」
「味噌と絡めてもよし」
ニヤリと笑う二人。
そこで春蕾が顎に手を当て宙を睨む。
「待て待て、お前が探さなきゃいけないのはこれだったか?」
「そっちはいいの。春になれば自分で蛇酒を作るから」
「待て待て、お前。いまかなりの量の説明を端折っただろう」
春蕾の口癖「待て待て」を懐かしく思いながら、明渓はうれしそうに布袋を見る。
ふきのとうは明渓と春蕾の好物だ。そして、ここは子供のころから悪さしていた……いや、勝手知ったる伽藍堂、どこに何があるのかは分かっている。二人は泥の付いた長靴のままいそいそと台所に向かった。
時間はすでにお昼過ぎ。朝のうちに祭祀は終わり貴人達は街の高級料理屋に向かったらしい。ちなみに祭祀は一日に一刻ほど。午後からは接待や伽藍の案内、時には街の要所を案内することもあるらしい。
今日ここで食事をしたのは居残りの侍女や武官達。すでに片付けも終わっているようで台所には誰もいなかった。
春蕾は竈門で火の用意を、明渓は大きな鍋を取り出すと、低木の上に残っている雪をその中にいれる。鍋を火にかけ、雪が溶け沸騰してくるのを待つ間にふきのとうの根元の黒ずんでいる部分を切り落とし、茶色くなっている外葉があれば取り除く。
「アク抜きが面倒なのよね」
沸騰した鍋にふきのとうを入れながら明渓がぼやく。
「お前、揚げるぐらいはできるよな? 俺は味噌和えを作るから」
「長いお箸って使いづらいのよね」
「……揚げることもできないのか」
明渓は不器用だ。煮るぐらいはできる。揚げるのは始めてだけど多分できると思う。
不安な顔で鍋を見つめる明渓に春蕾はため息をつく。
「俺、お前とは結婚したくないわ」
「切実な問題ね」
音操の姉でもある春蕾の母は、彼を産んですぐに死んでいる。三年後に後妻が来て弟が産まれた。後妻としては我が子を跡取りにしたいらしい。その為に春蕾にはどこか婿養子に行って貰いたいようで、一番の候補として上がっているのが従兄弟の明渓だ。
この二人、気は合うがお互い夫婦にはなりたくない。家にいづらい春蕾は明渓の実家で過ごすことも多く二人は兄妹のように育って、今更異性としては見れないからだ。
「お前、帝を落とせよ」
「やだ。春蕾兄、誰でもいいから口説き落としてよ」
茹で上がったふきのとうを冷水で冷ましながら、お互い結婚をなすりつけ合う。仲は良い。だから周りが誤解する。
苦味が強いのが好きなので四半刻後ほどで冷やすのをやめ、水をよく拭き取る。明渓は粉をはたいたふきのとうを油の中に入れていく。まだ水分が残っていたのか時折パチリと大きくはぜてへっぴり腰になっている。対して春蕾はテキパキと味噌和えを作っていく。
作っている間に外が騒がしくなった。どうやら貴人達が戻ってきたようだ。そのまま料理を続けていたけれど春蕾は出来上がり寸前で上司から呼び戻され、舌打ちをしたあと「残しておけ」と言って厨房を出て行った。明渓は自分の分を取り分けると皿にのせ正角堂へと向かう。
自室の一つ手前の部屋が開き、梨珍が出てきた。皿を持っている明渓を見て少し目を見開いたものの、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「明渓様、今お戻りですか? 急いでお昼をご用意いたします」
そして皿の中身を見てクスっと笑う。午前中何をしていたか分かったようだ。
「お酒に合いそうですね。用意しますか?」
「……さすがに控えます」
「では、粥とお茶をお持ちしましょう」
軽く頭を下げ梨珍が立ち去っていく。明渓は目の前の扉をじっと見る。少し開いた扉の隙間から寝台が見えていて、その上に高貴な服を着た肩幅の広い男が寝ている。
(……触れないでおこう)
世の中知らなくていいこともある。好奇心の塊のような明渓もそれは知っている。「私は何も見ていない」そう呟いて自室の扉をあけた。
すると、天蓋付きの寝台の上にこれまた高貴な服が寝転んでいる。
(蹴落としていいだろうか)
明渓は盆を持ったまま器用に片足を上げた。
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