39.かまくら
ここまで読んで頂きありがとうございます
(美味しい)
火鉢で温めた酒を片手に、本をめくる。
目の前に広がるのは、真っ白な雪景色を背景に咲き誇る椿の花だ。
公主達を助けた褒美に何か欲しいものはないか、と帝に聞かれた明渓は一冊の本を取り出した。養心殿に呼ばれた時からこんな事もあろうかと、今回はあらかじめ欲しい物を考えていた。
「これを作ってください!!」
そう言って明渓が開いた本に描かれていたのは東の島国に伝わる『かまくら』だった。
目を輝かせ何やら熱心に説明する様子に呆気に取られている帝の横で、すっかり慣れた東宮は興味津々と本を覗き込んだ。
そして、明渓の休日に合わせてかまくらが作られた。
霊宝堂の換気窓の横に…………
場所については、明渓の希望ではない。むしろ、その場所に作られた偶然に顔を歪めたぐらいだ。
明渓が望んだのは、誰にも邪魔されない場所に作られた一人用の小さなかまくらだった。その中に火鉢を持ち込んで本を読もうと思っていた。
しかし、東宮は万が一にもかまくらが潰れて埋もれては大変と、人の目がある場所に作ろうと決めた。
とはいえ、朱閣宮では、公主達が邪魔をする。
弟達の宮では、公務をほったらかした弟達が邪魔をする。下手したら邪魔だけでは済まないかもしれない。
一晩悩んだあげく、最終的に選ばれたのが常に見張りがいる霊宝堂だった。護衛の者に、時々遠目に様子を見るように頼めばよいと考えた。
ただ、詳しい場所については景色の良い所としか指示を出さなかった。その為、換気窓の横に咲く満開の椿の隣に作られてしまったのだ。
何か因縁めいたものを感じながらも、一度中に入ると想像以上に快適で暖かい。尻に、ふわふわの綿入を敷き、いつも以上に着込んだのもあるけれど、火鉢一つでも充分に暖は取れた。
これは良いじゃないかと、本を読み始めること一刻。
何やら人の声が近づいてきたと思ったら、貴人二人がかまくらの小さな入り口から顔を覗かせた。
「見つけたぞ!」
ニカっと笑う男の横には、澄ました顔の美丈夫がいる。
「……どちらの情報網からバレたのでしょうか?」
汚泥に沈む虫けらを見るような視線を送ると、貴人達はブンブンと首を振る。そして、容赦なく背後で隠れていた雲嵐を前に突き出した。
「ごめんなさい。でも、偶然こっちに来る用事があったから……」
そう言いながら手に持つ風呂敷を前に差し出す。歳の割に小柄な雲嵐が、両手で抱えるように持っている風呂敷は丸い球状の形をしていた。
公主達が歳の割に背が高いのに、雲嵐は背も低く線も細い。聞けば東宮も背が伸びたのは元服の後だと言う。
「それは、もしかして……」
その形、大きさ、この場所。
なんだろう。嫌な予感がする。
でも、白水晶は既に空燕が見つけて奉納されている……はず。東宮からはそう聞いていた。
しかし、はらりと解かれた風呂敷の中身は、果たして、白水晶だった。
「いやぁ、なかなか見つからなくてな」
「えっ? では今、霊宝堂の中にあるのは?」
思わず霊宝堂を指差す明渓に、青周は少し気まずそうな顔をして、こめかみのあたりを指で掻く。
「あれは、割れた水晶を糊で付けて、磨いて誤魔化したものだ。新しい物が中々見つからなくてな。とりあえず帝を宥める為の応急処置だ」
「……それは空燕様の案ですか?」
「ああ、この短期間であいつの事よく分かってきたな」
分かりたくて、分かった訳ではない。
呆れ顔の青周の後ろでは、空燕が見守る中、風呂敷を持った雲嵐が開いた換気窓から霊宝堂の中に入って行くのが見えた。空燕が窓を覗きながら、あれこれ指示を出している。
(うん、私は何も見ていない)
ここは知らないふりを通そうと、手元の本に目線を落とす。でも、その本の上に大きな影が落ちてきた。
「それにしても、狭いな」
見上げると、上半身をかまくらの中に強引に入れた青周が、ぐるりと中を見廻している。狭い空間だ。明渓の頬に絹糸のような髪がサラリと当たる。
「一人用ですから」
六尺を超えるご立派な体躯では、それ以上は入れませんよと暗に伝える。
「残念だな。一緒に飲もうと思って持ってきたんだが」
青周は一度かまくらの外に出ると、置いていた二本の瓶を取り出した。器用に片手で二本持つと、これ見よがしに目の前で揺らしてくる。
明渓の喉がゴクンと鳴る。葡萄酒に琥珀色の酒。
どちらも庶民には手に入りにくい洋酒だ。
自然と手が瓶に伸びる。
「ほう、酒だけ取るか?」
すっと酒瓶が遠のく。
うっ、と言葉に詰まる明渓の頭に、ぽんと大きな手が置かれた。
「まあ、よい。呪詛を解決した礼も兼ねている。その代わり、つまみも全て受け取れ」
そう言うと、瓶をかまくらの隅に置き、懐から取り出した乾き物や乾酪やらを明渓の膝に置いた。何がその代わりなのか、有り難いだけではないかと喜んで受け取っていると、名前を呼ばれた。
はい、と言って見上げた明渓の口に強引に食べ物が詰め込まれる。反射的にモグモグ噛んでゴクリと飲み込んだ。ほのかに暖かく美味しい。
青周はその様子を満足気に見つめて、もう一方をガブリとかじった。端正な顔に似合わず武人らしい豪快な食べっぷりだ。
ゴクンと飲み込んだあとに、浮かべた笑顔がやけに子供染みて見えた。そんな顔もするのだなぁ、と思っていると明渓が食べた方の残りを手渡される。
「なあ、青周兄、この割れた白水晶どうする?」
かまくらの外から陽気な声が聞こえてきた。見れば空燕が割れた白水晶を片手で持っている。
「そうだなぁ、向こうにある池に沈めとくか」
しれっと大胆発言をする青周に、空燕が良い考えだとあっさり同意する。
(誰か止める人はいないの!?)
と思うが、勿論誰もいない。明渓以外は。はぁ、とため息をつき、渋々二人の会話に口を挟む。
「あの、お二人とも、それはさすがにまずくありませんか? 何代かあとの子孫が頭を抱えてしまいますよ」
青周と空燕は顔を見合わせたあと、何やら意味あり気に笑った。
「何、その時は、明渓の子供や孫が謎を解くだろう」
「メイの子供なら可愛いだろうな。ところで父親は俺でいいか?」
(殴っていいだろうか?)
握った拳をブルブル震わせる。
「……そろそろ一人にして頂けませんでしょうか?」
なんとか、その言葉だけを絞り出した。
騒々しいのが居なくなったのも束の間、直ぐに別の来訪者が現れた。
「どうして、わざわざこの場所に作ったんだ?」
「私の指定ではございません」
じろりと睨むその目を、うっとりとした笑みで受け止めながら白蓮はかまくらの中に入ろうとする。
「ちょっ、無理です。ここは一人用です!」
そう、誰にも入って来られないように、あえて一人用とお願いしたのだ。
しかし、そんな願いも虚しく白蓮は強引に隣に腰を下ろした。狭い空間で、二人の身体がピタリとくっ付く。白蓮の頭の幞頭がちょっとかまくらに突き刺さっている、気がする。
「意外と暖かいな」
「耳元で話さないでください」
離れたいけれど、雪に身体をくっ付けるわけにはいかない。そんな明渓を気にする事もなく、白蓮は手土産の焼酎を手渡した。
「公主達は皆回復してきた」
「そうですか」
火鉢の隅で温めていた温石と、懐に入れていた冷めた石を交換しながら明渓は答える。
あっさりとした返事だけれど、その顔には安堵が広がっていた。優秀な医官達がどうにかしてくれるだろうと思ってはいたけれど、ずっと気になっていたのだ。
白蓮は袂から饅頭を取り出した。
「朱閣宮に寄ったら貰ったんだ。肉餡と野菜餡どっちがいい?」
二色饅頭を二つに割って明渓に差し出す。有無を言わせぬ笑顔がそこにある。この男、結構しつこい。粘着質だ。何せ元付き纏いだったのだから。いや、今もか。
「……では、肉餡で」
どうせ受け取らなければいけないなら暖かいうちにと、あっさり白旗を上げる事にした。二人揃ってパクリと食らいつく。朱閣宮の料理人が作っただけあって、素材も味付けも最高級だ。
(肉餡も美味しい)
「餡が口元についているぞ」
白蓮の手がスッと伸びると、明渓の唇に軽く触れた。
そのまま指を自分の口に近づけると、唇に触れた指先ごと舌でペロリと舐めとった。
その潤んだ瞳に一瞬、妖艶な光が宿ったように見えた。明渓は思わず息を呑み、戸惑いでまた《・・》動けなくなる。
「……どうしたんだ? 顔が赤いぞ。そんなに飲んだのか?」
「は、白蓮様こそ、呑まれているのですか?」
何のことだと首を傾げるその姿は、いつもと同じ子犬のようなあどけない目をしている。
(さっきのは何……?)
無邪気に饅頭を頬張る姿に、戸惑いながら、残りの饅頭を口にする。すっかりいつもの白蓮に戻っているのに、なんとなく落ちつかない。どこに目線をやれば良いか分からず、かまくらの外を見ると、その視線の先、咲き誇る椿の向こうに女が見えた。
真っ赤な薔薇を抱えたその女は、柳の眉に切れ長の潤んだ瞳と、赤く艶やかな形の良い口をしていた。傾国の美人とはこの人の為にある言葉だろう。そう誰もが思う程の美しさだ。
その美人がたおやかな笑みを明渓に向け、小さく頭を下げた。誰かは分からないけれど、明らかに身分が高いその姿に明渓も慌てて頭を下げる。
「明渓、何をしているんだ?」
「えっ、あの、……椿の向こうに女性がいて」
こんな所に? と白蓮は怪訝な顔をしてかまくらの外に出る。明渓も残りの饅頭を口に入れ後に続く。
「誰もいないぞ?」
「おかしいですね。確かにいたんですよ? 傾国の美人が真っ赤な薔薇を抱えていて……」
白蓮は眉を顰め腕組みをする。
「薔薇? この時期に?」
「はい、…………変、ですよね」
今は冬だ。あと数ヶ月先でないと薔薇は咲かない。
「でも、いたんですよ? 物凄い美人で……あっ、目元なんか青周様そっくりで……えっ?……あれ……」
青周に似た傾国の美女、薔薇、どこかで聞いた事がある。晩年は太って、昔の面影は無くなったしまったけれど、それは……
「「暁華皇后!!」」
二人の言葉が重なる。
「えっ、えっっ? どう言う事ですか? どうして? 私に頭を下げて! えっ、ええっっ!!?」
「そ、そんな事、俺に聞かれても……頭を下げたって、礼をしに来た……とか? いや、そんな事。えっ、もしかして、これが7個目?」
「もう何個目とかどうでもいいです!!」
ワタワタと騒ぐ二人の声を聞きつけたかのように、池から戻ってきた青周達が霊宝堂の裏から現れた。
思わず二人揃って、ひっっ、と息を呑む。
「なんだ? 俺の顔がどうかしたか?」
訝しむ青周に、二人は顔を見合わせたあと首を振った。
「なんでもありません。ところで三人ともこんな所で何をしているのですか?」
「散歩だ。白蓮、おまえこそ何をしているんだ?」
牽制し合うように身構える二人の肩に、かばっと太い腕が巻かれた。三人で肩組みをするような格好に顔を歪める青周と白蓮。でも、そんな様子を気に留める事なく空燕が、
「なあ、俺達もかまくらを作ろう!!」
残りの二人が顔を見合わせる
「「嫌だ!!」」
声が揃った事に、これまた二人揃って顔を顰める。
「いいじゃないか。俺もあの中に入りたい」
「だから、俺を巻き込むなと何度言ったら分かるんだ?」
「お一人で作ってください!私は仕事があります」
「いやいや、嘘をつけ。お前、今日休みだろ? 白衣を着ていないじゃないか!」
目敏いやつだと、白蓮は口の端を引き攣らせる。
「兄弟で作るからいいんだろう。護衛達が使った円匙もそこにある。持って来てやるから待ってろ!!」
ガチャガチャと揉め始める三人を尻目に、明渓はひとり自分のかまくらに戻って行く。
(五月蝿い)
本を膝に置き、火鉢に炭を足す。
熱燗をする為にと、持って来ていた小さな鍋を火鉢の網の上に置き、葡萄酒をドボドボと注ぐ。その中に、酒のつまみと言って青周がくれたはちみつや香辛料を入れていく。
(温葡萄酒)
一度してみたかった。飲んで見たかった。
良い匂いが充満していく。
(そうだ、これも温めよう)
袂から、ちぎったあとのある二色饅頭の野菜餡を取り出した。先程青周から貰った物だ。網の端に置いて温める事にした。足元を見れば、来る時に東宮から貰った酒に加え、葡萄酒に、洋酒に焼酎。酒の肴も餅から乾酪と豊富だ。
全て、帝の息子達から送られた特級品ばかり。
「蓬莱の玉の枝や燕の子安貝より、私はこっちの方が良いわ」
月のお姫様も案外悪くない、かも知れない。
たまになら。
外からの喧騒と、
ぐつぐつと葡萄酒が煮える音。
それらに、本をめくる音が加わり始めた。
明渓の休日がゆっくりと過ぎて行く。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
第二章はこれで終わりです。第三章は明渓に少し遠出をさせたいなと思っています。ただ、この話は架空の毒や植物を使いたくない分、調べることが多く、ネタ作りも時間がかかります。第三章まで数ヶ月お待ちください!
ネタを探しながら、お城を舞台にした架空のゆる設定の物語も書きました。
『派遣侍女リディの平穏とは程遠い日々〜周りは愛されているって言うけれど、気のせいだと思います〜』
こちらもよろしくお願いします!
作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、是非、ブックマークをしてお待ちください。
ブクマ、☆、いいねが増える度に励まされました。ありがとうございます。




