38.後宮の呪詛 8
解答編ラストです。
告白文を最後まで読んだ時、蔵書宮の扉が開き、入ってきた武官が青周に近づいてきた。
「占い師を捕らえました」
その報告を受け、青周は一言分かったといった後、表紙のない日記と文、それから白い布を持って立ち去って行った。
すでに文を読んでいた空燕は、明渓に文を手渡すと淑妃の宮に向かったのですでにここにはいない。口調の軽さとは逆に、兄妹思いの深い情のある人間だ。公主が気がかりだったのだろう。
残された二人は、椅子の背もたれにゆっくりと背を預けた。
「……これで暁華皇后の呪詛は六個目だな」
白蓮がぼそりと呟いた。
「もう、呪詛は出てこないと思います」
明渓はそう言いながら窓の外の夕闇を見る。日が沈んだのだろう、闇がどんどん広がっていく。
「ずっと不思議だったんです。どうして謎を解いても呪詛が広がり続けるのか。初めは後宮の人間が面白半分で広げているのだと思ってました。多分それもあったのでしょうけれども、故意に『暁華皇后の呪詛』として広める人間がいなくてはここまで浸透しなかったと思うのです」
貴妃は呪詛ではなく鳥の羽が原因だと知っている。
梅露妃は、彼女自身は呪詛を貫くかも知れないけれど、周りの侍女や蛇にかまれた宦官達は原因が呪詛でないことを知っている。
白水晶にしても、牢舎の井戸にしても、何が原因だったかを知っている者がいる。
それなのに『暁華皇后の呪詛』が後宮内に存在し続けたのは、誰かが故意に広めているからとしか思えない。占い師は大抵の妃賓の宮を訪れている。彼女の口から聞く『呪詛』の言葉は他の者より真実味があるように響いただろう。
「金英は『呪詛』の噂を広め、賢妃の不安を煽り、つけ込み、操り、毒を飲ませた。そう考えると、明渓が言うように、賢妃は呪詛で操られていたんだな」
白蓮は腕組みをしながら暗くなってきた蔵書宮の天井を睨んだ。明渓は、念のためにと白蓮が持ってきた提灯に灯りをともす。
提灯の周りだけがふわりと明るくなり、それに反して灯りの届かない場所が急に闇に包まれたように暗くなる。
「マリオネットって知ってる? 両手両足に糸がついていて、それを操り動かす西洋の人形」
唐突に明渓が話し始める。
口調が昔の頃に戻っているのは、心ここにあらずだからだろうか。白蓮に問いかけているのに、独り言のように聞こえる。
「そもそも、どうしてこの時期に『暁華皇后の呪詛』が後宮に出回ったの? まるで占い師が来るのを知っていたかのように」
それはただの偶然だ。明渓もそれは分かっている。誰もそこまで操る事はできない。
「しかも、噂のひとつでしかなかった霊宝堂の換気窓や、牢舎の井戸は金英の事件に繋がる話だった。そして、その謎を解いたのは私。それに、あの告白文。以前、遺言状探しで同じような事があったから見つけられた」
明渓は机の上に置いた両手を固く握りしめた。
「最近、私の周りで起こった幾つかの事が、まるで『呪詛』の糸で繋がっている気がするの。そして、その操り手は金英ではない」
白蓮が、明渓の手に自身の手を優しく重ねる。
「金英が事件を起こし、暁華皇后を陥れようとした賢妃が亡くなった。私が『呪詛』を解き、告白文を見つけて暁華皇后の潔白が証明された。金英も、私自身さえも操られていたようで、……なんだか怖い」
「それは……暁華皇后にってことか?」
白蓮の問いに明渓は小さく頷いた。
どれだけそうしていただろうか。
明渓は、はぁ、と小さく溜息をついた。そんなの、ただの妄想だ。それは分かっている。ただ、自分を纏っている空気がいつもより少し濁って重い気がするだけだ。
握りしめていた拳は、白蓮に優しく包まれ、いつのまにか緩み解けていた。指先の赤い爪と白蓮の自分より少し大きな指が、揺れる灯りの中で重なっている。
明渓はぼんやりと赤い爪を見ていた。
(初めて爪紅を見たのはいつだったかしら……)
なぜかそんなことが気になった。
そう、あれは月明かりの下。蔵書宮で。
(!!)
明渓は勢いよく顔を上げた。
「そうだ、あの時だ!」
「どうしたんだ急に? まだ何かあるのか?」
明渓は自分の爪を見ながら、もう一方の指で顎を叩き始めた。トントン。
白蓮は規則正しく動く赤い爪を目で追う。
「……白蓮様! 後宮で爪紅が流行り出したのは占い師が来てからではないですか?」
「あぁ……。確かに、言われてみればその頃だと思うが、それがどうしたんだ?」
「あの占い師の爪も赤かったのです」
そう、明渓の掌を占い師の赤い爪がなぞった。
意味が分からず、首を傾げている白蓮に明渓は早口でまくし立てた。
「ヒ素の中毒症状の特徴的なものとして爪の変色や萎縮があります。爪紅を塗っていたらそれらは分かりませんよね?」
……!! 白蓮が椅子を倒しながら立ち上がった。
「賢妃の公主……いや、彼女だけではない。公主達全員が最近体調不良だって……」
確か、そんな話を韋弦とした。その時は質の悪い風邪だと思っていたけれど。
占い師がまじないじみたことを口にして、公主達にヒ素を飲ませるよう妃達に言った可能性は……?
「明渓、俺行かなくちゃ!!」
そう言って、白蓮は蔵書宮を飛び出して行った。
ぼんやりとした明かりに照らされながら、明渓はゆっくり席を立ち、倒れた椅子を戻した。
「もしかして、これが七個目?」
明渓は自分の指を見る。桃の花が咲く時期にはまだ早いのに、どうして私は爪紅を塗ったのだろう。なぜか、その理由が思い出せなかった。
ラスト1話です。ここまでお付き合い頂きありがとうございます!
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