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28 明渓の休日 3


 白蓮が徳利を調べたところやはり毒が入っていた。女が助かったのは、飲む量が少なかったからのようだ。毒にはそれぞれ致死量というものがあって、口にする量が少なければそれだけ助かる可能性が高くなる。


 お礼に私達なりのおもてなしをさせて下さい、という楼主の申し出を白蓮は断り、二人は廓を後にしようとした。


「本当にありがとうございました。そうだ、お医者様少しお耳を」


 楼主は明渓をちらりと見た後、白蓮の耳に何か囁いている。囁かれた方は急に耳まで真っ赤になって、頻りに目の前で手を振る。


「まぁ、まぁ、そんな事おっしゃらずに。あの子が死んでいたらどれだけの損失が出ていたか。これぐらいのお礼はさせてください。うちは可愛い子が沢山揃っていますよ」


 なるほどな、と明渓は横目で見ながら知らんぷりをする。してあげる。それぐらいの知識は持っているし弁えてもいる。


 ふと、袂をひっぱられ振り返ると、十歳に満たない子供が涙目で見上げて来た。


「姐さん、もう大丈夫? 死なない?」


 鼻をすすりながら聞いてくる。明渓はしゃがんで女の子の頭を優しく撫でた。


「大丈夫よ。お医者様が治してくれたから。明日には元気になるわ」

「本当に?」

「本当よ」


 女の子はその言葉にほっとしたのか、やっと笑顔を見せた。


「昨日姐さんに貰った饅頭のお礼もまだ言えてなかったから。二色饅頭を作って余ったからってくれたの。餡は1種類だけだったけれど。他にもいっぱい親切にしてくれたから、ありがとうって言って送り出してあげるの」

「そう。きっとお姐さんも喜んでくれるわよ。そうだ、私もさっき二色饅頭食べたのよ。美味しいわね」

「うん! お姉さんはあの医官様と食べたんでしょう?」


 ちょっとませた顔で聞いてくる女の子に、そうよ、と答えていると後から白蓮が顔を出してきた。


「明渓、帰ろう」

「うん、話はもういいの?」

「い、いや、そんな別に大した話じゃないから! そんなんじゃないからな!! こう、毒を飲んだ訳だから大人しく寝てるように、とか? そんな説明をだな……」


 必死で言い訳をする白蓮を冷めた目で見据えていると、先程ここまで案内をしてくれた男が奥から出てきた。

 

「嬢ちゃん、ここは素人女が歩くのは危ない場所だ。お医者様、門まで送りますから付いてきてください」


 男は来た時と同じように前を歩き始めた。白蓮はまだ隣で言い訳をしている。


 遊郭――あの女の子もいずれ遊女となる。世の中、自分の思い通りにいかないことばかり、いつか白蓮から聞いた言葉が明渓の胸にずしりと重く響いた。





 廓を出ると白蓮は早足で大通りを歩き始めた。遊郭を出たというのに手は繋いだままだ。この国では妙齢の男女が人前で手を繋いで歩くのは珍しく、チラチラと視線が飛んでくる。異国では普通のことらしいと聞くけれど、大変居心地が悪い。


「あの、……手を離してください」


 焦りで口調がもとに戻ってしまっている。


「人が多い、予定が狂って急いでいる、今離したら(はぐ)れるかもしれない、だから駄目だ」

「逸れません。だから離してください。あと、予定があるのでしたら走った方が良いでしょうか?」


 駄目だと言われ、ムッとした表情で反論する。しかし白蓮は手を離すことなく、懐から頭巾を取り出すとそれを片手で器用に被った。顔をすっぽり覆う布の間からあどけなさを残した目だけが見えている。


 そのまま歩を進め、角を曲がると目の前に高い物見櫓(ものみやぐら)が見えてきた。ずっと平穏な治世が続いているけれど、この櫓には常時武官が配置され、街の向こうにまで目を配っている。


 白蓮がそのままの姿で向かうと、櫓の下にいた武官がすぐさま頭を下げた。


「上に行く」


 事前に第四皇子として話をつけていたのだろう。その言葉を聞くと武官は数歩退き、階段へと繋がる扉を開けた。


 梯子(はしご)と言っても良いぐらいの、急で踏み板の幅が狭い階段を白蓮、明渓の順で這うように登って行く。


 もうすぐ天辺(てっぺん)というところで先を行く白蓮の動きが止まった。アワアワと何か言っている声がしたあと、


「どうしてここにいるんですか!?」


 素っ頓狂(すっとんきょう)な声が櫓内に響き渡った。



 天辺で二人を待っていたのは、この国で一番尊い血を継ぐ人間達。青周と空燕(コンイェン)だ。


「遅かったな、先に始めてたぞ」


 空燕は杯を片手に、陽気な笑顔で二人に手を振り立ち上がる。


「随分ゆっくり市井を見ていたんだな。楽しめたか?」


 本心は分からないが、青周は余裕の笑みで二人を迎える。


 空燕は、明渓の背を押し奥の方へと連れて行く。

 しかし奥と言っても四人肩を寄せなければ座れないぐらいの広さで、大したことはない。


 そこに茣蓙を敷き、直に座っている。茣蓙の上には、これまた酒やつまみの載った皿が台に乗せられる事なく直接置かれている。

 農民の飲み会のような有様だったけれど、空燕はおろか青周も気にしてる様子はない。


 空燕は懐から手拭いを出し茣蓙の上に敷くと、その上に明渓を座らせた。遠慮して立ち上がろうとする肩を押さえ、自分はその隣に座る。青周は明渓の目の前にいるので、白蓮は明渓のもう片側の空いている場所に腰を下ろした。


「どうしてお二人がここにいるんですか?」


 眦をピクピクさせながら白蓮が問う。


「可愛い姪っ子に春節の祝いをあげようと朱閣宮に行ったら、お前とメイが出かけたって聞いてな。で、いろいろ情報を集めてここに辿り着いたんだ」

「よく分かりましたね」


 白蓮は頭が痛くなってきたのか、こめかみに手を当てながら呟く。


「俺の情報網は侍女達のそれと複雑に絡み合っているからな。もっとも、この場所は青周兄と武官達との絡み合った情報網が出処だ」

「勝手に絡み合せるな」


 まるで合いの手を入れるように青周が口を開く。やはりこの二人仲がいい。


 白蓮が呆れながらぼやく。


「空燕様が言うと卑猥に聞こえます」

「……白蓮、こいつ()場合は聞こえるのではない。実際そうだ」


 二人は珍しく顔を見合わせて頷いた。



「で、市井では何を見てきたんだ?」


 明渓の前に杯を置きながら青周は聞いてきた。


 明渓はちらりと横目で白蓮を見る。その懐からは白い紙の端が覗いていた。楼主が帰りがけに強引に渡していた紙で、会話の流れから考えると、多分、廓への招待や割引の文言が書かれているのだろう。


 ふと、さっき手を離してくれなかった事への意趣返しをしてやろう、そんな不埒な考えが頭をよぎった。 

 悪気はない。

 あるのは悪戯心だ。


「白蓮様に手を引かれ、いかがわしいお店に連れていかれました」

 



 ……一瞬の沈黙のあと……


 ガタガタっと皿をひっくり返しながら二人が白蓮に詰め寄った。青周に至っては白蓮の襟首を掴んでいる。


「お前、それは駄目だろ!! 物事には順序って物があってだな!!」


「お前という奴は! 空燕とは違うと思っていたが、結局は……」


「…………うん? いや、まて、青周兄、だから俺でもそれは……まぁ、合意があれば……いや、」


 白蓮を締め上げながら、どんどん論点がずれて行く。


「あ、あの!! 手を離してください。白蓮様が苦しそうです!! 倒れた人がいて、それで呼ばれたのです!」


 その言葉で、二人はやっと白蓮を見た。白い顔で口をパクパクさせている。


 青周が手を離すと、喉を押さえながら涙目でゲホゲホッと咳き込み始めた。


 二人の視線が白蓮から明渓に移る。


「こいつを庇っているのか?」

「違います! 申し訳ありません。ちょっと意地悪な言い方してしまいました」


 思った以上の反応で流石に悪いと思ったのか、明渓は白蓮の背中を撫でながら頭を下げ謝った。



「……ということは、本当に病人を看病していたのか」


 明渓はこくんと頷いた。

読んで頂きありがとうございます! 毒については次話にて。ちなみに二色饅頭は、二色パンをイメージして頂ければ。

作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、ブックマークお願いします!

ブクマ、☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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