25.啜り泣きの正体 4
「なんで俺だけ蚊帳の外なんだよ」
粗雑な態度で長椅子にドカッと座る。
普段は昼過ぎに診察に来る白蓮と韋弦が今日は朝からやって来た。そして、いつもは診察に立ち会うはずの白蓮は、香麗妃のもとには行かずぶすっとした態度で明渓を睨んでいる。
「別にそのようなつもりはなかったのですが…」
明渓は気まずそうな顔でお茶を差し出した。
「とりあえず事の全容を教えてくれ。こっちは事情もよく分からないまま寒風吹きすさぶ中、井戸を調べたんだぞ」
「はい、その節はありがとうございます。おかげで謎が解けました」
明渓は珍しく白蓮に頭を下げると、後宮の東で起こった怪異について話し始めた。
「まず井戸についてですが、青周様が用意してくださった地図には五つの『井』という文字が書かれていました」
「なるほど、だから俺に五つ目の井戸を探せと書いたのだな」
「お願いしたのです」
皇族に探せ、なんて不敬な言い方はしていないと反論する。しかし、今日の白蓮はそれを聞き流し話の先を促す。
「井戸はやはり四つしかありませんでした。青周様によると埋めた可能性はないそうです。それならば考えられることは一つ、その上に建物を建てたのです」
「で、その建物が牢舎だという事か」
「はい、いくら下級嬪といえども帝の訪れがないとは限りません。井戸を塞がずに宮を建てるなど横着なことはしないでしょう。しかし、疑いのある者が入る牢舎ならその上に建てたとしても不思議ではありません」
二人が捕まったあと牢舎の床を調べると、その一部が剝がされており真下に古井戸があった。
「白蓮様に頼んだもう一つの事、『井戸を塞いでいる石が動かされた形跡がないかを調べて欲しい』というのは、残り四つの井戸のうち一つが牢舎の井戸と繋がっているのでは、と思ったからです」
「どうしてそう思ったんだ?」
「青周様の話を聞いたからです」
白蓮がむっとした顔で明渓を見る
「今日の話にはやけに青周様が出てくるな」
「仕方ないではありませんか。青周様のお話が糸口だったことは間違いないのですから」
これでは埒が明かないと、明渓は強引に話を続けることにした。
石が動かされた形跡のある井戸は南側にあったらしい。一番牢舎に近い井戸だった。
「青周様が仰るには、暁華皇后もその牢舎に二週間入ったことがあるそうです。その際、毒を盛られるのを恐れて飲み食いは一切されなかったそうです」
「うん? ちょっと待て。二週間も何も口にしなければ死んでもおかしくないぞ?」
「そうなんです。しかし暁華皇后はげっそりしているだけだったそうです」
白蓮は宙を睨みながらお茶をすすった後、呟いた。
「誰かが食事を運んでいたとしか考えられない。でも、入口には武官が立っているだろうし……なるほど! それで井戸か! 涸れ井戸の中に隠し通路を作り食事を届けた!! いや、まて、しかし隠し通路なんてそんなすぐに出来るものではないぞ」
「そうですね。ここからは私の推測ですが、隠し通路は事前に用意されていたのではないでしょうか。暁華皇后は何かと悪い噂が絶えない人でした。真偽は分かりませんが、彼女によって牢舎に入れられた者もいたとか。そのため恨みを買っている自覚はあったはずです。濡れ衣をかけられた場合のことを考えて、事前に抜け穴を用意させたのかも知れません。少なくとも牢舎に入った時には穴が完成していたはずです」
石を動かした形跡のある井戸は大木のすぐ横にあったらしい。
武官達が井戸を見張っていると、まず男が現れ石をどけ、木に縄を結び付けて井戸に入っていった。それから暫くして女が同じように縄を頼りに井戸に入っていったらしい。
そしてそれらを見届けた武官は、頃合いを見計らって牢舎に入り、ことの現場を押さえたそうだ。
「侍女達が見た人影はその二人だとして、啜り泣きや話し声の正体は何だったんだ?」
「啜り泣きは風でしょう。あの辺りは風が強かったです。木に当たり、向きを変えた風が井戸の中に吹き込んでいった。井戸や隠し通路を通り抜ける風の音が啜り泣きのように聞こえたのでしょう。啜り泣きが数日おきに数時間だけ聞こえたのは、密会していない時は石で塞がれ風が通らなかったからだと思います」
侍女が冬になり風が強くなった頃、声が聞こえてきた、と話したのはその為だろう。
「なるほど、では珠欄が言っていた話し声は何だったんだ?」
「珠欄は耳が良いですからね。牢舎で話していた二人の声が井戸を通して聞こえたのでしょう。井戸は同時期に涸れたと聞きます。つまり地下で水脈でつながっていたことになります。声が水脈を通り珠蘭の近くにあった東側の井戸から漏れ聞こえたのか、南側の石がどかされた井戸からの声を聞き取ったのかは分かりませんが」
どこからであっても、聞こえたことに違いはないし、珠欄の耳のよさは実証済みだ。
全て話し終えた明渓は、冷めてしまったお茶を口にし、やっと一息ついた。
「なるほどな、しかしよくこの時期で密会が起こったものだな。隠し通路は昔からあったのだから以前から使われていてもおかしくないのに」
「そうですね、そのことですが……暁華皇后は穴を掘る際誰に頼んだと思いますか?」
「女では無理だし、医官が掘るとも考えにくい。妥当なところ宦官だろう」
「私もそう思います。そして、暁華皇后が亡くなったことでその宦官の口が緩み、同僚に思わず抜け穴の話をしたのだとしたら?」
なるほどなぁ、と呟き白蓮は背もたれにもたれた。
とりあえず噂が広まる前に真相が分かって良かったと思ったが、ふと気がかりなことが胸をよぎった。
「そういえば、これが『暁華皇后の呪詛』と噂されていないのは、見聞きしたのが新入りの侍女ばかりだったからだよな。話そうにも話し相手がいない。他の呪詛の噂も知らない……」
「はい、そうです。そこは良かったかと」
「それだけど……珠欄はどうなんだ? あいつは以前から後宮にいたんだぞ? 知り合いの侍女も多くいるんじゃないか?」
お茶を置こうとしていた明渓の手が宙でぴたりと止まった。
二人はゆっくり顔を見合わせる。
「……白蓮様! 早く後宮に戻ってください!! 珠欄の口止めをしなくては!!」
「どうしようかな―。昨日、寒い中頑張りすぎてちょっと体調が悪いんだよなぁ。……あっ、ここで一休みしてから戻るとするか」
そう言いながら白蓮が長椅子に横になり出したので、明渓は珍しく焦った。何とかして機嫌を直して貰わなくては。
「白蓮様! 寒いなら私の温石を差し上げますから!! ほら、暖かいですよ」
胸元から取り出したまだ暖かい石を白蓮の頬に当てる。
「後から生姜湯も作りましょうか? それから……えっと……って、どうして潤んだ目で温石に頬擦りしてるんですか? 早く起きて後宮に行ってください!!」
「いやだ」
「いやだ、じゃなくて……」
…………
「おにいさま、あっちいきたい」
「駄目だ、雨林」
「お母様、何で韋弦もいるの?」
「ふふふ。静かにね、陽紗」
扉の隙間からは幾つもの目が二人を見ていた。
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