24.啜り泣きの正体 1
謎解き復活です
白蓮は医具が入った風呂敷を片手に桜奏宮に向かっている。
普段だったら朱閣宮に往診に行く時間だけれど、出掛けに侍女が訪ねて来て、同僚が足を痛めたので見て欲しいと言ってきた。ちょうど他の医官が出払っていて、医局には韋弦と白蓮しかいなかったので、白連が向かうことになった。
「申し訳ありません。医官様に来ていただくなんて」
「足を怪我して動けないのですから仕方ありません。ところで怪我をしたのは昨晩と聞きましたが」
道中、呼びに来た侍女が詳しく教えてくれる。
「はい、彼女が言うには、寝る前に以前親しくしていた人から頂いた簪がないこと気づいたそうです。朝になってから探しに行こうかと思ったようですが、誰かに先に見つけられるかもと思い夜にこっそり探しに出たようなのですが……」
そこまで話すと、侍女は急に口ごもった。
「どうしたのですか?」
怪訝な顔で問い返す白蓮に、侍女は慌てて首を振った。
「いえ、それで……探している最中に少し驚いたようで、転んで足を捻挫してしまいました。一晩冷やしていたようですが、朝になっても腫れが治まらず、こうして来ていただくことになった次第です」
会話に少々ひっかかるものを感じながらも、白蓮は案内されるまま桜奏宮の奥にある侍女の部屋に入っていった。
そこで待ってたのは、予想だにしなかった意外な再会だった。
その夜、こっそり部屋を抜け出して朱閣宮へ向かった。途中、蔵書宮を通るとき窓を覗いて明かりがないか確認するのも忘れてはいない。
朱閣宮の門を叩くと明渓が出迎えてくれた。
この宮の人間は比較的眠るのが速い。幼い公主がいるせいだろうか、それとも仲の良い主人達に気を遣っての事だろうか、侍女も早くに自室に戻ることが多い。
「白蓮様、珍しいですね、こんな時間に。東宮は先程寝室に向かわれましたが、いかがいたしましょうか?」
「東宮に用事があるわけではない。良かった、明渓がまだ起きていて。少し聞いて欲しい話があるんだ」
白蓮が最後まで言い終わらないうちに、剣呑な雰囲気が二人の間に流れた。
発しているのはもちろん明渓だ。全身の毛を逆立てるようにして白蓮を威嚇している。
とはいえ、暫く逡巡したのち、玄関口で皇族を帰すわけには行かないと諦めたようで、渋々宮内に案内した。
白蓮が部屋に入ると、奥の長椅子に座る男と目が合った。二人同時にこめかみがピクリと動く。しかし、椅子に座る美丈夫はすぐにいつもの表情に戻ると、弟に話しかけた。
「珍しいな、ここで会うとは」
「はい、いらしていたのですね」
見れば椅子の前に置かれた机には、琥珀色の液体が入った瓶と玻璃製の杯が三つ並んでいる。そのうちの一つは空だった。
「東宮と明渓の三人で呑んでいたのですか?」
「そうだ。空燕の所からくすねてきた酒で一杯やっていたのだ。お前も飲むか?」
だったら東宮が寝室に入ったら、さっさと自分の宮に戻れ、と言いたいところをグッとこらえる。
「いえ、私は酒はやめておきます」
白蓮がそう言うよりも速く、明渓はお茶を入れた器を持ってきた。もとよりこの場で酒を飲ますつもりはないようだ。
そのお茶を青周の隣の席に置く。
青周の前の席にも琥珀色の液体が入った杯が置いてあり、そこが明渓が先程まで座っていた場所だった。
白蓮はお茶を持つと明渓の隣の席に移る。
明渓はそれを呆れたように見ながらも、先程まで座っていた場所に腰を下ろした。
「それで、私に話とは何でしょうか」
通常は侍女から口を開くことはないし、明渓もこの二人以外にこんな態度はとらない。ただ、この二人といる時は例外だといつの間にかなっていた。
「新しい『暁華皇后の呪詛』の話が出た。しかもどうやらこれが一番始めに起きたの呪詛のようだ」
明渓は思わず青周を見る。
暁華皇后は青周の母親だ。呪詛と言われて気を悪くするのではと一抹の不安が胸をよぎった。
しかし、青周は気にも止めずに杯を傾けている。
その様子を見てほっとしつつ、白蓮にピシャリと言い放った。
「そうですか、でも別に良いのではありませんか。どんな噂が立っても。私には関係のないことです」
明渓としてみれば、頑張って呪詛の謎を解いても噂はなくならない。しかも、割れた白水晶や蔵書宮の幽霊も全て『暁華皇后の呪詛』としてすでに後宮内に話が広まってしまっている。
今更どうしようもないし、むしろ呪詛となっている方が蔵書宮に行きやすいとさえ思える。
だから、自分にはもう関係のないと話だと、飲み掛けの酒に口をつけた。
「……その『呪詛』の話をしたのが、珠欄だったとしてもか?」
その名前を聞いて明渓の手が止まる。
後宮にいたころ親しくしていた幼い侍女の名前だった。別れる前に魅音に頼んで簪を贈ったことを思い出す。
「どうして珠欄が後宮に? 彼女は主と一緒に後宮を離れたはずじゃなかったの?」
「一度は離れて実家に帰ったらしい。でも以前の主人の友人が入内する事になり、後宮で働いた経験のある侍女を探していたそうだ。珠欄も次に働く場所を探していたので渡りに船とばかりに話を受け、後宮に戻ってきたらしい。なぁ、会いたくないか?」
会いたくないかと聞かれれば、会いたいに決まっている。
明渓の反応を見て白蓮はほくそ笑んだ。しかし、予想外の反応が思わぬところからも出てきた。
「なんだか面白そうだな。その謎解き、俺も加わろう」
向かいの美丈夫が、形の良い唇の端を上げて笑っている。
「いや、そんな。青周様が気にされるような話ではございません」
白蓮は慌てて顔の前で手を振るが、
「俺だけ謎解きの現場に立ち会えていないのでな。どんなふうにして明渓が解いていくかに興味があるのだ。それに俺の母親の呪詛だ、十分に関係はある」
そう言われると、言い返す言葉が出てこない。白蓮は口をへの字に曲げながら分かりましたと呟いた。
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