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21.人影の正体 2


 二人は真っ暗な室内に入っていく。頼りとなるのはお互いが持つ提灯だけだ。

 

 入り口が南側、奥の所々窓がある壁が北側になる。室内には棚が等間隔で入り口から奥に伸びるように十数列並んでいる。一列につき、七から八棚ぐらいが肩を並べるように連なっているのでこの部屋には百近い棚が整然と並んでいる事になる。


 一番奥の棚と北側の壁の間には人が通れるだけの隙間が東西に走っている。


 つまり、南北に十本ほどの通路、北の壁伝いに一本、入り口から東西に伸びる通路が一本走っていることになる。


 二人は部屋の北と南に別れて、通路を東から西に向かって進む事にした。これなら、部屋全体を見られるし、死角もない。


 足音を殺して、北と南から棚と棚の間にある細い通路を見ていく。しかし、あと数列で終わりとなっても幽霊は出てこなかった。白蓮がほっとしながら最後の通路を覗き込むと


「いた……」


 その通路の中央付近に、ぼんやりとした灯りとそれに照らされた緑の服の女がいる。


 寒いはずなのに白蓮の額に薄っすら汗が滲んできた。


 入る前に(ミン)と交わした会話を思い出す。


「もし、幽霊がいたら俺が捕まえるから、お前は念のため退路を塞いでくれ。入り口は瑛任が見張ってるからこれで逃げられないだろ」

「い、いや、ちょっと待て!」

「いつも俺達をこき使う先輩達に一泡吹かせようぜ!」


 敏は白蓮の返事を聞く事なく、懐から縄を出した。


(いやいや、それはやばいだろう)


 そう思うも、やはり止める言葉が思いつかなかった。




 灯りを持たずに黒い外套を頭から被った敏が幽霊に近づいていく。

 僑月の提灯は床に置いているので、幽霊の持つ提灯だけが暗闇に浮かんでいた。幽霊は頭から肩にかけて黒の布をかぶっているので、顔は見えない。


(まずいな、布が邪魔して人がいる事に気づいていないのか)


 白蓮は、いっその事灯りで照らしてやろうかと、足元の提灯に手を伸ばしたその時、短く小さな悲鳴が聞こえた。


 顔を上げると、今まさに敏が縄を片手に幽霊に飛びかかろうとしていた。気づけば白蓮は咄嗟に叫んでいた。


「危ない!!」


 その声はぎりぎり届いたようで、幽霊は一歩踏み出そうとしていた足を後ろに引いた。そのままひらりと身を躱す。

 目的を失った敏の身体は宙を飛び、どさっという鈍い音と共に床に倒れ込んだ。


「大丈夫か?」


 慌てて白蓮が駆け寄る。

 敏は鼻を打ったらしく、顔を抑えながらも周りを見る。


「……消えた?」


 提灯の灯りに、白蓮の白衣(・・)だけが淡く浮かび上がっている。何度見回しても緑の服の幽霊は見当たらない。白蓮が腕を引っ張って立たせてからも、敏は必死に周りに目をこらしている。


 棚の横に大きな卓があり、間違いなくそこは行き止まりとなっている。


 白蓮が卓の端に提灯を置いた時、入り口から声が聞こえてきた。


「おい!大丈夫か? 凄い音がしたけれど」

「瑛任、そっちに誰か行かなかったか?」

「いや、誰も来てないぞ。 えっ、待て……もしかして出たのか……?」


 最後の言葉は震えていた。敏を見ると、顔色が見る見る間に変わり青白くなっていく。


「お、おい。俺達は帰るから、おまっ、お前戸締りしとけよ!!」


 そう言って鍵を投げて寄越すと、入り口に走り去って行った。



 二人の足音が消えたのを確認して白蓮はほっと息をつくと、机の脇に座り込んだ。


「…………で、何やってんの。こんな時間に蔵書宮で」


 溜息混じりに問いかけると、卓の下の黒い塊がのっそりと動いた。

 

「何って、……本を借りに来ただけですよ」


 白蓮の外套を頭からすっぽり被った明渓が、不貞腐れながら机の下から這い出て来た。



 蔵書宮の中は暗い。卓の下はさらに暗い。


 あの時、


 敏をひらりと躱した明渓に白蓮は自分の着ていた外套を投げつけ、机の下を指差した。明渓は、意味が分からないものの、とりあえず外套を頭から被り机の下に潜り込んだのだった。


 白は闇に浮かび上がるので、白衣を着た白蓮が卓の前に立てば、目はそこに引きつけられ、卓の下の黒い塊に気付きにくくなる。

 明渓は何が起こっているか分からないが、とりあえず卓の下でじっとしていた。


 卓の下から這い出る明渓の襟元から、するっとこぼれ落ちる物がある。それは麻紐に繋がれ明渓の首にかけられていた。やっと雲間から顔を覗かせた月の光で鈍く光るそれは、白蓮が手に握っているのと同じ型をした鍵だった。


 貴妃の病の原因を見つけた褒美に、帝が新たに作らせて贈ったものだ。

 皇居の侍女の姿で蔵書宮に行くのを(はばか)る明渓に、それなら閉まってから好きな時に行けば良いと言って渡してくれた。


「で、白蓮様は何をされているのですか?」

「…………話せば長くなる」





…………

「と言うことなんだ」


 説明を終えた白蓮が力なく呟いた。

 冷えた蔵書宮で肩を寄せ、一枚の外套を二人で肩にかけて使っている。一年前にもこんな事があったなと二人共思い出しているのに、どちらも口にする事はなかった。


 白蓮からの説明を聞いた明渓は、深い深い溜息をつく。


「あれは全て呪いではありません」

「知っている」

「私は幽霊ではありません」

「分かっている」

「謎を解いても、噂が止まないのは何故でしょうか」


 とうとう卓に突っ伏した。その姿勢で、目だけ覗かせ白蓮を見上げてくる。不敬すぎる態度だが、その砕けた態度に白蓮の頬が緩む。


「皆、刺激が欲しいんだよ」

「ならば勝手に騒いでいれば良いではありませんか。私はもう謎を解きません」


 この一ヶ月余り、『皇后の呪詛』に一番振り回されているのは間違いなく明渓だろう。

 加えて、数日前には遺言状探しにも駆り出されている。


 白蓮が思わずその頭をポンポンと撫でた。普段の明渓なら手を振り払い睨みつけるのに、大人しくされるがままになっている。どっと疲れが出たのか、どんどん増える『皇后の呪詛』の噂に気力を削がれたのか。


「そう言えば、さっき敏を蹴ろうとしなかったか?」


 明渓が、蹴りの体勢に入ったのに気づいた白蓮は咄嗟に危ないと、敏に向かって叫んでいた。

ここで、暴力沙汰は非常にまずい。


「暗闇で男が飛び掛かって来たのです。普通のことかと」


 普通とは、恐れで声が出ないとか、出来たとしても逃げるのが精一杯の事をいうのではないか、と白蓮は思った。


 でも、不貞腐れて少しだらけている明渓はいつも以上に可愛く見えるので、何も言わずに頭を撫で続ける。


「そうだ、来月には春節だ。市井では露店や出し物が出る。気晴らしに一緒に行かないか?」


 明渓が勢いよく顔をあげた。目がキラキラし始めている。


「白蓮様は市井に詳しいのですか? よく行かれるのですか?」

「そうだな。一応、医官だから薬を買いに行く事も、細々とした物の買い出しを頼まれる事もある。徒歩で行ける範囲なら十分案内してやれるぞ。東宮には話を通してやるから心配するな」

「ありがとうございます!」


 元気が出たのか、いつもの顔に戻っていた。


 気晴らしをさせてやりたいと思ったのは嘘ではない。


 でも、下心がないはずが無い。


 白蓮はこっそり拳をグッと握りしめた。


作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。


蔵書宮の図面が描きたい…。文字で表現するのが難しい。皆様の想像力に頼らせて下さい。


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