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20.人影の正体 1

今回は白蓮がメインです。久々。


「なぁなぁ、聞いた? 『暁華(シャオカ)皇后の呪詛』の話」


 医具を片付けながら話しかけてくるのは同僚の(ミン)だ。年は白蓮の一つ上、医官の中で一番歳も近く比較的仲も良い。

 白蓮は煮沸された手拭いと包帯の山を前に、手を休める事なく答える。


「知ってるよ。でも、あれは呪いじゃなくて……」

「貴妃、梅露(メイルー)妃に続き霊宝堂でもあったらしいじゃないか」

「霊宝堂?」


 手拭いを畳む手が思わず止まった。その反応を見て敏は満足気にニカっと笑う。


「まだ知らなかったんだろう。この話の出元は、淑妃様の侍女だから確かだ」



 白蓮は毎日のように朱閣宮に行っている。それなのに誰からもそんな話は聞いていない。


(ちっ、俺だけ除け者か)


 不貞腐れた顔をどう誤解したのか敏が得意気に話を続ける。


「最近、空燕(コンウェイ)様が帰って来たのは知っているだろう? 侍女の話では、空燕様が霊宝堂に参られた際に真っ二つに割れた白水晶を見つけたらしいんだ。前日まで割れていないのは確認されていて、その日は空燕様が入るまで誰も立ち入っていなかったらしい」


 なんだ、そんな事かと思い再び手拭いを畳みだす。


「それ、空燕様が割ったんじゃないか」


 そうに決まっている。

 皇族なら皆そう思う。しかし、


「おいおい、空燕様がそんな事する訳ないだろう。なんたってこの国の外交を一手に担う凄いお方なんだから」


 あぁ、またかと白蓮は思う。

 皇族以外の人間の間で、空燕の評判はなかなか良い。だから、今までにも空燕を称賛する声は何度となく耳にしてきた。


 空燕はその破天荒な性格と軽い物言いからは想像できないが、すこぶる頭が良い。

 話せる言語は片手で足らず、話術と算術に長ける上、鋭い審美眼を持っているので商談で右に出る者はいない。また、異国を渡り歩いているので、知識も人脈も豊富で世界情勢にも詳しい。


 その為、宮中での空燕の評価(イメージ)知識人(インテリ)だ。本人を良く知る者からしたら、滅多に宮中にいないせいで理想が具現化したとしか思えない。


「でな、話はこれからが本題だ」

「まだ、何かあるのか?」


 うんざりした顔で白蓮が答える。手拭いを畳み終わったので、今度は包帯をくるくると巻き始めた。


「さっき聞いた話なんだが、皇后の侍女の幽霊が後宮に現れるらしいぞ」


 ポロっと白蓮の手から包帯が卓に転げ落ちた。


「……えーと、まず、どうして皇后の侍女と分かったんだ?」

「どうしてって、後宮と皇居じゃ侍女の服の色が違うだろ。夜中灯りを持った緑の服を着た侍女が後宮内を彷徨(うろつ)いているのを見た奴がいるんだよ」

「……だから、それがどうして皇后の侍女になるんだよ。皇居には侍女が沢山いるじゃないか」

「いや、だってさ……だったら、皇居の侍女が夜中に後宮を彷徨く理由はあるか? ないだろう? ということは人間ではなく幽霊ってことだ。幽霊といえば今なら皇后絡みとしか考えられないだろう」


 白蓮は大きく溜息をついた。

 転がった包帯を巻き直しながら、噂と言うものの危うさをひしひしと感じる。呆れるぐらいに。


 貴妃といい、梅露妃といい、噂は人の口を通るたびに主観と思い込みと好奇心によって姿を変える。明渓が聞いたらまた機嫌を悪くするだろう。


「なぁ、これから行ってみないか?」

「どこにだ?」

「幽霊探しに。どうやら、その幽霊はある建物内によく出るらしいんだ。すでにもう一人声もかけている」


 敏はそう言うと、白蓮の前にある包帯に手を伸ばしてきた。

 どうやら手伝ってくれるらしい。早く幽霊探しに行くために。




 猪刻(十時)から日付が変わるぐらいの頃に幽霊はよく現れるという。場所は後宮の北側。真っ黒の外套を羽織った白蓮が、同じく外套を羽織り隣を歩く敏を横目で見る。


「敏、北門の門番は何か言っていないのか?」

「さっき瑛任(エイジン)が、幽霊を見なかったかって聞きに行ったんだけれど……」

「笑われて終わったよ!」


 敏の向こう側から声がした。

 不貞腐れながら、肉付きのいい頬をさらに膨らませているのは敏と同じ年の瑛任だ。先程言っていたもう一人、らしい。こちらも黒い外套を着て闇に紛れている。


「やっぱり、嘘じゃないのか?」


 と瑛任。声がこわばっている。


「いや、見たのは一人じゃない。ただ、幽霊かどうかはわからないけれど。それより鍵は借りられたか?」

「借りられなかったから、差し入れ持って行ったついでに盗んできた」


 瑛任が懐から鍵を取り出した。今夜は月が出ていないので、よく見えないが確かにその太い指は鍵のような物を摘んでいた。


「なあ、敏。お前本当に幽霊なんて信じているのか?」


 白蓮が溜息混じりに言うと、敏はまさか、と鼻で笑った。


「そう言った方がお前が乗ってくると思ったんだよ。大方、どこかの侍女が誰かと密会してるんじゃないか? 瑛任は信じているみたいだけどな」


 ちらりと隣を歩く瑛任に目線をやる。


「だったら、なんでこんな事してるんだ?」

「……別に深い意味はないよ。ただ、いつも俺達をこき使う先輩医官に自慢話の一つでもしたいじゃないか、幽霊の正体を暴いたってな」


 そっちの方が余計に質が悪い、と白蓮は心の中で愚痴た。


 今、向かっている建物は時間になると管理者である宦官によって施錠される。だから、幽霊を見たのは窓越しだったらしい。


 敏の話によると、


 とある宦官が、窓に薄っすら浮かぶ丸い灯りを見つけた。人が中にいる筈などない時間だ。始めは鍵をこっそり盗んだ同僚が、提灯の灯りを頼りにどこぞの誰かと逢瀬を重ねているんだろうと考えた。


 それで、そんな不埒な奴は誰かと興味本位に窓から覗いてみる事にしたんだ。


 すると、緑色の侍女の服がぼんやりと見えた。でも、いくら覗きこんでも侍女の姿しかない。念のため鍵がかかっているか確認したがしっかりとかかっている。引いても押しても扉は開かない。だんだん不気味に感じて来て、慌ててその場を去ると、詰所に駆け込んだ。


 いつも鍵を仕舞っている引き出しを開けると、鍵はそこにある。管理している宦官によれば、必ず鍵をかけたと話し、持ち出した者もいないと言う。


 白蓮はその話を聞きながら、冷や汗が脇を滑り落ちるのを感じていた。どうすべきかと頭を巡らせるが、幽霊探しを止めさせる良い口実が浮かばない。


 そうやってあれこれ考えている内に、とうとう(くだん)の建物に着いてしまった。


 瑛任が鍵穴に鍵を差すと、ガチャリという鈍い音がして施錠が外れた。古い扉が音を立てないよう慎重に開けると、三人は入り口に立った。


「俺、ここで人が来ないか待ってるよ」


 当たり前のように瑛任が言い、敏が頷いた。どうやら始めからそういう段取りになっていたようだ。

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登場キャラが増えてますが大抵はモブキャラです。謎のたびにキャラが増えるので、名前が思い浮かびません。

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