18.外出 3
それから一刻後、朝食を摂った明渓が紅花の部屋で微睡んでいると、肩をゆすられた。
「ごめんなさい、疲れている所。兄達が居間で待っているから来て貰えない?」
「分かった。すぐに行くわ」
明渓はそっと袖で涎を拭いながら立ち上がると、紅花の後に続いた。
居間に入ると、揃って三人がこちらを振り向いた。
強秀が少し不満げに明渓を見る。遺言状の手掛かりが見つかったのは嬉しいが、明渓の言う通りだったのが腹立たしいのだろう。
「言っておくが、この布が出てきただけでは遺言状を見つけたとは言わないからな!」
「……分かりました」
横柄な男ほど、小物に見えるのはどうしてだろう。少なくとも、この国を牛耳る方々がこんな態度を取るのを見たことはない。
だから、明渓の視線に侮蔑の光が増してもそれは仕方がないことだ。
「で、次は何をすれば良いのだ?」
「自分で考えれば良いのに」
「何だと! おい、今何て言った!!」
もはや、呟きで済まない声の大きさで心の内を晒し出す。真っ赤な顔をして睨んでくるのを、さらっと無視して朱花のもとに行くと、出てきた布を借りた。
濃い緑の長方形の布だった。陽に透かして見ても特に変わったところはない。
「昨夜読んだ本によると、私は完全には理解出来なかったのですが、染めた色を落とす特別な技法がこちらには受け継がれているのではありませんか?」
明渓の問いに三人が顔を見合わせる。戸惑っているのが、その表情から見てとれた。
「秘伝の技のようですから、お答え頂かなくて結構です。……そうですね、ここからは推測で話をしますが、その方法によって落とせる色と落とせない色があるとします。その二色でこの布が染められていた場合どうでしょうか」
「一つの色を落としたら、その下から別の色が浮かんでくるとか?」
朱花が誰に言うともなく呟く。
「もし、浮かんできたのが文字だったら? 書かれた場所が遺言状をしまっている場所かもしれませんよね? 文字を浮かび上がらせる知識と腕があるかどうかが後継者となるもう一つの条件ではないでしょうか」
後継者なら秘伝の技が使いこなせる事は必須条件だろう。
三人は今度は我先にと工房に向かって走って行った。
半刻後、庭を散歩してるはずの明渓を洋秀は探していた。紅花が呼びに行くと言ったのをわざわざ遮って庭に出て来たのだ。
ある程度の広さはあるものの、大人一人を探すのに困る程ではない。それなのに見つからない。
ぐるっと回って裏口まで行くと、低木の前に蹲る明渓の姿をやっと見つけた。緑の葉が丸く刈られた低木だが、こちらは花がついていない。
「明渓ちゃん、こんな所で何してるの?」
軽い調子で話しかけながら隣に座ると、肩にポンと手を置いた。
明渓はその手を軽く払う。
「庭の木の手入れはどなたかに頼まれているのですか?」
「庭木? うーん、でかい木は頼んでるけど、小さいのは父さんがしてたよ」
もう一度肩に手が回る。今度はその手をギュッとつねり上げた。
「連れないね〜」
「この木が植えられたのはいつですか?」
「うーん、三年ぐらい前かな」
また肩に手を回そうとするのを、立ち上がって避ける。
「ところで、布から文字は出たのですか?」
呆れ顔で聞かれた洋秀は、ひらひらと手を顔の前で振る。
「俺はダメだった。ま、もともと後を継ぐつもりもなかったし。兄さんと姉さんは言った通り文字が出て、居間で待ってるよ」
(それを先に言え!)
明渓は小走りに裏口から家に入って行った。
居間に着くと、二人が布を見せてきた。そこには「椿」の一文字だけが書かれていた。
「椿を染料に使う特別な技はありますか?」
「いや、ないな」
相変わらず横柄な態度で強秀は言う。
(なるほど、そう言うことか……)
クスッと笑いが込み上げてきた。父親はきちんと子供達を見てる。代々受け継いできた家を技を誰が継ぐべきか。
「でしたら、掘るしかないでしょう。椿の根元を」
強秀は話を最後まで聞くことなく、門から玄関までの道沿いにある赤い花をつけた低木に向かって行った。道に散った花びらを踏みつけながら。
「朱花さんも掘りに行ってください」
朱花はハッとした顔を明渓に向けた。そして、意図を汲み取ったかのように小さく頷いた。
さらに待つこと四半刻後、先に見つけたのは朱花だった。
やっぱりね、と明渓は思った。
そして、強秀が認めないと騒ぎ立て始めるのも予想通りだと思った。
「俺は認めない。だいたい女に継げるわけがないんだ。二つの条件は理解できるが最後のは偶然、早い者勝ちで意味がない」
「意味ならありますよ」
ここまできたら、遠慮はない。
侮蔑を通り越し、醜悪な者を見る目で強秀を見上げる。
「なぜならお父様は、あなたに継がせないためにこの条件を作ったのですから」
「どう言うことだ!」
怒気を含んだ目で見下ろし睨みつけてくる。
が、そんな事で怯む明渓ではない。
「椿と山茶花の違いが分かりますか?この二つは植木屋でも見分けがつかないぐらい似ています。あなたが先程掘っていたのは山茶花の根元です」
この二つの一番の違いは散り方だ。山茶花は花びらを散らし、椿は花ごとポトリと落ちる。明渓が公主達に作った氷に入れたのは山茶花の花びらだった。
「椿があるのは裏口だけです。貴方が普段近寄らない裏口です」
「いや、だからってそれだけで俺に継がせる気がないとは言いきれないだろう。偶然裏口に行くこともあるし、覗き込めば近づかなくても花が見える。どちらが先に見つけるのかはやはり偶然だ」
明渓は首を振った。
「今年、椿が花をつける事はありません」
次に紅花を見る。
「お父様は春先に主治医から一年もたないと言われていたと聞きました。椿は新緑の頃、花芽が枝の先に出始めます。花芽がついてから花が咲くまでの間に剪定して、枝先を切るとその年は花を咲かせないのです。この時期ならそろそろ蕾をつけても良いのに、裏の椿には蕾さえありませんでした」
「……父さんが切ったからか?」
「はい。もし遺言状が見つかった時、椿が咲いていたら、あなたが気付いてもおかしくないでしょう。しかし、三年前に植えたあの木が今年花をつけなければ、あなたはあれが椿だと知る事はできません」
強秀の表情が怒りから戸惑いに変わって行く。
「どうして……俺は長男なんだぞ。技術もある。修行にも行った知識も腕も磨いた」
「はい、ですから二つの条件には合格しました。でも最後の条件に相応しくなかった」
一つ目の条件で技術、二つ目の条件が知識だった。そして
「三つ目の条件は上に立つ者の器ではないでしょうか。上に立つ者ほど、自分を律し人の意見に耳を傾けなくてはなりません。性別だけで判断し、女性に常に裏口を使わせ、侮るような言動を繰り返す人間は後継者に相応しくありません」
きっぱりと言い放った。
強秀は顔を歪ませ明渓を睨みつけると、急に襟首を掴んで壁に押し付けてきた。背中に衝撃が走る。
「私が遺言状を見つけたら、なんでも聞いてくれるのですよね」
襟が締まって苦しいはずなのに、微塵もそれを匂わせず、冷静に相手を見返した。そのまま右手で居間の端を指差す。そこには数本の竹刀があった。
「手合わせ願えませんか? あと、出来るだけ人を集めてください」
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