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16.外出 1


 大きな門を潜ると、左右に低木が植えられた道が、真っ直ぐに一際大きな屋敷まで続いていた。道には低木に咲いている赤い花と同じ色の花びらが所々に落ちている。

 そのまま玄関に向かおうとする明渓の袖を、申し訳なさそうに紅花(ホンファン)が引っ張った。


「どうしたの?」

「お客様にこんな事言うのは心苦しいのだけれど、裏口から入って貰ってもいいかしら?」


 はて、と明渓は首を傾げる。別に家に入れるなら構わないのだけれど、


「理由を聞いてもいい?」


 当然の疑問だ。


 紅花は少し眉を顰めると口をぎゅっと噤んだ。

 どう説明しようかと考えたあげく、包み隠さず話した方が良いと判断した。


「私には兄弟が三人いるの。一番上の強秀(ジァンシゥ)、次兄の洋秀ヤンシゥ、姉の朱花(シュファ)。強秀は三年間父の知人の元へ修行に行っていて、昨年帰ってきたのだけれど、修行先の価値観にすごく影響されちゃったみたいで……」


「価値観?」

「うん、修行先が男尊女卑って言う考えが都より強い地域だったみたいで。女は裏口しか使うな、居間で寛ぐ時間があれば台所仕事しろ、口答えするなとか、……かな。この冬、姉は寒い台所で殆どの時間を過ごしているみたいで、風邪をひかないか心配なぐらいなの」


 この国は男性優位だ。

 でも、そこまでは少しやり過ぎだ。

 少なくとも一人娘の明渓はそんな扱い受けた事はなかった。


「だから申し訳ないんだけれど、裏口から入って貰えないかな」

「……ええ、分かったわ。それは良いのだけれど、……私が遺言状を探しにきたこと、お兄さんはどう思っているの?」


 どこから入るかぐらいは気にならない。

 でも、女を下に見るような性格の男が、妹の知り合いがしゃしゃり出ることを良しとするだろうか?


 明渓の問いに、紅花は痛いところを突かれたと言わんばかりに視線を逸らした。


「えーと、……もしかして、まだ私が来る事を誰にも話していない……とか」

「違う! 話したわ! ちゃんと、姉と(ヤン)兄さんには話したのよ。二人とも協力するって言ってくれて、……だからきっと大丈夫! ……だと思う」


 最後の部分は、聞こえるか聞こえないかぐらいの声量だ。


(こう言う場合の大丈夫は、大概、大丈夫ではない)


 そう、相場は決まっている。


 でも、今更ここで何かを言っても仕方ない。

 明渓は諦めの境地で裏口へと向かった。


 足を踏み入れると、台所の隅に置かれた木箱に座りながら、足元に置いた火鉢で暖をとっていた女性がこちらに気づいて立ち上がった。


「おかえり、紅花」


 そう言うと、朱花は明渓に頭を下げ、簡単に自己紹介をした。


「姉さん、今強秀兄さんはどこにいるの?」

「洋秀が工房に連れて行ってくれているから、家にいないわ。ただ、どこまで時間稼ぎできるか……とりあえず今のうちにお父様の部屋を見て頂くのが良いと思うわ」



「明渓、来たばかりなのに申し訳ないけれど、今から父の部屋に案内しても良い?」


 出来れば長男に出くわしたくない明渓は、コクリと小さく頷いた。


 それを見て二人は安心したように奥の部屋へと案内し始めた。

 通された部屋は日当たりのよい南側にあり、棚には整然と本が並んでいる。


 明渓は二人の許可を取ると、まずは本を手にとる。どれも染色の技法や生地の素材について書かれている専門書だった。

 次に机の引き出しに手をかけた。


 部屋に置いている家具は本棚、机、椅子、寝台、屏風だけだった。


 紅花の母親は十年以上前に亡くなっているらしい。そのせいかは分からないけど、絵や壺等の装飾品の類は全くない。


 引き出しの中や裏側、棚の後ろや寝台の下を見ても何も見つからない。隠し棚や二重底になっている様子もない。


(このあたりは、既に探しているよね……)


 最後に部屋の隅に閉じて置かれていた屏風を広げる。四面ありそれぞれに四季の花が描かれていた。


「おい! ここで何してるんだ!!」


 野太い声が後ろから飛んできた。振り返ると明渓より頭半分程大きい男がこちらを睨んでいる。細い目と角張った顎、武人かと思うようながっしりとした身体付きをした男と、その後ろに同じく細い目をしているが華奢でへらへらとした男がいた。

 

「兄さん、工房の方はもういいの?」

「ふん、女は仕事に口出しするな。それより紅花の隣に居るのは誰だ? 俺の留守にこの部屋で何をしているんだ!?」


 横柄な態度と威圧的な物言いだ。


「強秀兄さん、こちらは私の同僚の明渓さんよ。その……」

 

 紅花が、朱花に助けを求めるように視線を送る。


「あのね、紅花が遺言状を見つからないことを心配していてね。それで、明渓さんは博識だから、もしかして何か手掛かりを探せるんじゃないかと思って、頼んで来ていただいたの」


 強秀が胡散臭そうに、明渓の足元から頭へと視線を這わす。最後にもう一度視線を顔に戻すと、細い目をさらに細くした。


「ふん、博識と言っても所詮女の浅知恵だろ。帰ってもらえ、女なんか役に立たん! お前らもさっさと飯でも作れ!!」


 そう言って、汚れた作業着を朱花に押しつけた。


「遺言状なんて見つからなくても、長男である俺がこの家を継ぐのが常識なんだ。探す必要はないだろう」

「でも兄さん。父さんの話では誰に継がせるかも遺言状に書いてあるって。ってことは、兄さんとは限らないんじゃない? 俺の可能性だってあるわけだしさぁ」

 

 華奢な男――次兄の洋秀が軽い口調で反論する。ヘラヘラと笑っているのは場を和ませるためか、それとも元来の性格か。おそらく後者だろうと明渓は思った。


「はぁ、遊び歩いているお前が継げる筈ないだろう。染物ひとつまともにできないんだから」

「まぁ、そう言われたら何も言い返せないんだけど。でも、それなら朱花姉さんの染色の腕は確かだよ。従業員の信頼も厚いし」

「朱花は女だ。継ぐ資格はない」


 そして明渓を見て言い捨てた。


「女なんて子供を産む以外役に立たん!さっさと帰れ!!」


 これには明渓もカチンときた。短気でも喧嘩っ早い性格でもないが、会ってすぐの人間に言われる筋合いはない。


「では、もし私が遺言状を見つけたらどうしますか?」

「はぁ?」

「男のあなたに出来ない事を、女の私が出来たらどうするのかと聞いているのです」

「ちっ、生意気な女だな。そんな事ができたら何だってお前の言うこと聞いてやるさ」


 明渓は唇の端を上げながら、男を睨みつけた。


「分かりました。それでは私が明日までに遺言状を見つけましょう」


 言ってしまってから、しまったと思ったけれどもう遅い。


「ふん、では見つからなかったら門前で土下座でもしてもらおうか。お前のような女は立場って物を知った方が良いからな」


 そう捨て台詞を残して強秀は部屋を後にした。

読んで頂きありがとうございます。


朝起きたら携帯が起動しなくて…起動画面が無限ループするので調べたらアップルループ状態になっているとか。こんなループ嫌だ!!


というわけで、投稿時間が遅れました。


ブックマーク、いいね、ありがとうございます。励みになります。

興味を持って頂けましたら、ブックマークお願いします!



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