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15.東宮の息子


 やっと霊宝堂から帰った明渓に、公主達は走り寄って行った。雪に埋めた氷の方が溶けなかったよ、と無邪気に笑う後ろから、見慣れない少年が顔を出す。


(…………!!)


 明渓は慌てて跪いた。

 着ている服と、東宮達が優しく目を細めながら見る様子から察しがついたからだ。


「お前が新しい侍女か。顔をあげろ」


 声変わり途中の不安定な発声で、東宮の一人息子雲嵐(ウンラン)が明渓に声をかけた。


「初めまして。雲嵐様」


 明渓が顔を上げると、人懐っこい笑顔で物珍しそうにこちらを見る雲嵐と目が合った。顔つきは東宮に似ているけれど、柔らかな雰囲気は香麗妃を思わせる。


「空燕と一緒に異国に行っていて、昨日帰って来たのだ。昨夜はまだ雑用があるとかで虎吼(フーホウ)宮に泊まったが、今日から暫くこちらに住む」


 東宮の息子は十歳になると帝王教育が始まる。その一環として、各部署に実務を習いに行くこともある。明渓が朱閣宮の侍女になる直前に空燕の元で外交を学ぶ事になり、暫く異国に行っていた。だから会うのはこれが初めてだった。


 東宮は息子の肩に手を置きながらそれだけ言うと、こちらが本題とばかりに割れた水晶の謎について聞いて来た。

 雲嵐は異国風の動作で椅子を引くと、明渓の手を取り座らせ、自分はその隣に座りキラキラした笑顔を見せてくる。


(休憩したい……)


 そんな思いをグッとこらえ、明渓は仕方なく話し始めた。話しながら、あれ程慌てた青周を見るのは初めてだなぁと思った。


 そして、占い師の言っていた『三番目の男は辞めておけ』、あの言葉は当たっていると確信した。あれはない。絶対に。




 それから一週間、寒さは益々厳しくなっていたけれど、幸い雪はあれから降らなかった。

 軒下に吊るした照る照る坊主に、毎朝手を合わせていた明渓の元に、帝から褒美の品が届いた。


「ありがとうございます!!」


 預かってきた東宮から、破顔してそれを受け取った明渓は、毎晩のように取り出しては眺めていた。勿論眺めるだけではないのだが……


 ある夜、褒美の品を大事に机にしまい、読みかけの本を手にした所で扉を叩く音がした。

 湯浴みをした後に呼び出されるのは珍しくない。大抵は東宮と青周の晩酌の場に呼び出され、お酌の役目をしつつ勧められるままにお裾分けを頂く大事な、大事な、仕事だ。


 でも、今夜は違った。扉を開けると侍女が立っていて「少し時間を頂けないでしょうか」と言ってきた。手には生姜湯が入った器が二つ。


 その侍女、紅花(ホンファ)は明渓と同じ年で二年前から朱閣宮で働いている。

 他の侍女に、未だに余所余所(よそよそ)しくされている事を多少なりとも気にしていた明渓は、いそいそと侍女を迎え入れた。


 侍女の部屋に家具は少ない。

 紅花に椅子を勧め、自分は寝台に腰かけて両手で器を持つと生姜湯を一口飲んだ。胃の辺りからポカポカとしてくる。


「ところで、どうされたのですか?」

「すみません、夜遅くに」

「いえ、起きていたので構いません。それから、紅花さんの方が先輩なんですから敬語はやめてください」


 明渓は火鉢を紅花に近づけて肩掛けを貸すと、自分は掛け布団を膝に掛けた。


「でも、明渓さんは……その、皇族の方と縁が深そうで……」

「いいえ、全く、まったく、そのような事はありません」


 ここぞとばかりに強く否定をする。

 縁を深くするつもりは毛頭ない、微塵もない。


 幾度かのやり取りの後、お互い敬称なし敬語なしで落ち着くと、紅花はやっと本題に入り出した。


「私の実家は代々皇族御用達の染物問屋をしているの。先月父が亡くなった際に『跡取りについて書いた物を自分の部屋に残したから探せ』とだけ言って息を引き取ってしまって。それで、お葬式を終えた後、皆で部屋を探したのだけれどまだ見つからないの……」


 明渓は嫌な予感が背中にぞくりと走り、思わず布団を引き寄せた。これがただの世間話であって欲しいと願いながら話の続きに耳を傾ける。


「その内だんだん兄弟仲もギスギスしてしまって。ま、もともと長男とはうまくいってなかったけれど。それで、どうしようかと考えていた所に貴方が『皇后の呪詛』を解いたと聞いて」

「あ、あの、元々それは呪詛ではなくて……」


 焦る明渓を見て、紅花がクスッと笑った。


「知っているわ。後宮では相変わらず呪詛の噂が広がっているみたいだけれど、朱閣宮の侍女達は皆分かっているから」


(良かった)


 身近な人にまで誤解されては堪らない。


「……それでいきなりで申し訳ないとは思ったのだけれど……あなたが謎を解いたのは本当でしょう? だから、できれば、できればで良いのだけれど、その、……私の実家に来て遺言状を探すのを手伝って貰えないかしらと、お願いしにきたの」


 紅花はそう言って深く頭を下げた。


(そんな風に頭を下げられたら……)


 明渓は困ったように眉を寄せ、小さくため息をついた。


 これからも同じ宮で仕事をする仲間だ。群れる性格ではないけれど、協調性が無いわけではない。そして何より、頼まれたら断れない厄介な性格だ。


 後宮の侍女や妃嬪は、帝の相手役と見做されるから外には出られない。でも、朱閣宮の侍女は違う。勤め先が皇族なだけで、政務を行う外邸の侍女や女官と同じように外出や結婚をする事ができる。


 だから月に数度の休日には申請は必要だけれど外出も可能だ。申請と言っても一筆書くだけで、まず断られることはない。


 貰った生姜湯を啜りながら、明渓は次の休みに紅花の実家を訪れると約束をした。

 分からなければそれで良いという話だ。これで、仲の良い仕事仲間が出来れば安い物だとも思えた。



 三日後、予想より早く明渓達は休日を貰った。

 紅花の話を聞いた東宮が、皇室御用達の染物問屋の跡取り騒動ならば、早く解決した方がよいと融通を効かせてくれたからだ。


「一日では分からないかも知れないから、二日休みをやるので必ず遺言状を見つけてこい。お前なら出来る!」


 とよく分からない気遣いと励ましの言葉を受けて、明渓は一年数ヶ月ぶりに市井(しせい)に出た。

 市井に出た、と言っても地方出身の明渓にとっては見るもの聞くもの初めてだ。


 今までも外出しようと思えば出来たけれども、諸事情によりいつも本を読んで過ごしていた。だから、どこか浮かれた気持ちがあるのは否定できない。



 紅花の家は皇居を出て、歩いて四半刻(三十分)程の所にあった。


 立派な家が立ち並ぶ中でも、目立つ程大きな家だった。染物問屋と聞いていたけれど、染色もしているようで、家の裏には工房と職人達が寝泊まりする家屋があった。さらにその奥には川が流れていて、染色した布をそこで洗っているらしい。

この子、侍女になったんだから外に出れるじゃない、と気付きました。

せっかくなので出してあげる事にしました。


火、木、土曜日に投稿します。16時前頃になる事が多いと思います。

※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。


作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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