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10.占い師


「占いって信じる?」


 公主達を寝かしつけて居間に戻ると、長椅子に座る香麗(シャンリー)妃が声をかけてきた。妃の隣で酒を飲む東宮もこちらを見ている。


「興味ありません」

「そう言うと思ったわ」


 きっぱりと答える明渓を見ながら、香麗妃はふふふと笑う。


「実は市井(しせい)で今話題になっている占い師を後宮に呼ぶ話があるのよ」

「後宮にですか?」


 後宮は衣食住に事欠かないけれど、娯楽が少ない。買い物すら行けず不便なところがある為、時折商隊(キャラバン)や大道芸を呼んで気晴らしの機会を作っているけれど、今回は流行りの占い師を呼ぶことになったらしい。


「よく当たるそうよ」

「そうですか」


 明渓は占いを信じていない。


 そもそも占いに行く人間は何かしらの不安や悩みを持っている人が多く、そこに聞き上手で自分にしがらみのない人間が現れれば、予想以上にいろいろ話をしてしまうものだ。

 占い師はその話題から適当なものを選び、助言(アドバイス)を占いとして伝える。話すだけでも気持ちはすっきりするし、助言通り行動した結果、悩み事が解決すれば占いが当たったことになる。


「なるほど、それは面白いというかお前らしい考え方だな」


 明渓の持論を聞いた東宮が、香麗妃のお腹を触りながら話に加わってきた。まだ安定期に入ったばかりの妃のお腹は少し膨らみが出ているぐらいだけど、暇があれば触ったり話しかけたりしている。


「でも、そんなにうまく事が運ぶものなのかしら?」

「例えば、ですが夫婦仲が悪いと相談に来た男がいたとします。話を聞くと、ご飯の品数が減ったとか話しかけても冷たいとかいろいろ愚痴が出て決ます。その中で夜の夫婦仲にも話が及んだとしましょう。占い師は、あなたは前世では蛇を奉る寺で働いており、その力を借りればよいと蛇酒を勧めたとします」


 明渓の頭からはまだ蛇酒が離れないようだ。東宮と香麗妃はこっそり目を合わせた。


「蛇酒の効果で夫婦仲が良くなったとします。男は周りにあの占い師はよく当たると触れ回るでしょう。ついでに申し上げますと、蛇酒の効き目についても話題になるかもしれません。その結果として市井で占い師と蛇酒が流行るという事が起きるかもしれません」

「その噂が宦官にまで広まり、後宮でも流行り始めたと言いたいのか」

「いえ、あくまでもたとえ話です」


 東宮は面白そうに小さくうなずいた。


「ところで、この宮にも占い師は来るのでしょうか?」

「いいえ、皇族が市井の占い師を頼ったとなればどんな噂が広がるか分かりませんからね。興味があるなら後宮に行く許可を出そうかと思っていたけれどその必要はなさそうね」


 香麗妃は腹に耳を当て始めた東宮の肩をぽんぽんとあやすように叩いている。


「お前に分からない事はなさそうだな」


 妃の膝に頭を置くようにしながら東宮が呟いた。この二人は誰がいようとこんな感じだ。


 東宮の言葉に明渓は強く首を振った。そんな印象を持たれてはたまらない。


「分からない事もございます」

「例えばなんだ?」

「蛇酒の効果についてはこの前借りた本を読んで知ったばかりですし、それをどうして宦官が必要としていたのかが分からないままです」


 意識が戻った男は、自分で飲むために蛇酒を作ろうとしたそうだ。

 宦官は男の大事な物を切り落としている。それなのに、どうして蛇酒を必要としたのだろう。白蓮に聞いても言葉を濁されてしまった。


「あーそれは……」

「ご存知なのですか?」


 思わず身を乗り出した明渓を香麗妃が遮り膝の上の東宮に目配せをした。


「あー、うん、その世界はお前には未だ早い」


 世の中知らなくても良い事はあるようだ。





 だから、明渓は自分が(くだん)の占い師に会う事はないと思っていた。


 夕刻近く、少し時間が出来たので明渓は皇居と後宮の間にある北門に急いでいた。とっくに顔馴染みになっている門番は明渓を見つけると片手を軽く挙げた。

 いつもこの門番に、欲しい本の題目や種類(ジャンル)を書いた紙を渡して、蔵書宮から取ってきて貰っている。


 東宮は蔵書宮ならいつでも行って良いと言ってくれているけれど、誰かに会うかもと思うと気が引けた。それに、後宮の侍女の上着は黄色、皇居の侍女は緑色なので、頻繁に行くのは目立ってしまう。


「悪いな。今、もう一人の門番が(かわや)に行っていてこの場所を動けないんだ。東宮の許可は出ているんだろう? 悪いが自分で行ってくれないか?」

「そうですか……」


 明渓は辺りを見回す。夕闇が迫っていて蔵書宮も閉館が近い。誰かに会うことはなさそうだと思った。

 それに、何より今晩読む本がない。


「分かりました。では行ってきます」


 明渓は北門を出ると、駆け足で蔵書宮に向かった。


 蔵書宮には、いつもの高齢の宦官以外にも若い宦官が一人いて、緑色の着物を着た明渓を物珍しげに見てきた。

 

 何か聞かれる前に借りていた本を返し、ずらりと並ぶ本棚の間を歩いていると、薄暗い部屋の中にその闇に紛れるように黒い外套を着た女がいる。


(誰だろ?)


 宦官達がいたから、不審な者ではないと思うけれど、侍女でも妃嬪でもない。


 明渓がこっそり棚の間から顔を出して様子を窺っていると、急に振り返った女と目が合ってしまった。別にやましい事はしていないが、思わず立ちつくしていると、女がにこりと微笑んだ。


「あら、こんな所で皇居の侍女に会うなんて珍しいわね」


 耳に心地よい声だった。

 何と言えば良いか分からず、とりあえず棚の間から出て女に歩み寄って行く。


「ごめんなさい、急に話しかけて。びっくりしたわよね」

「……あの、貴女は?」

「占い師の(ラオ)よ。妃嬪様達に呼ばれて来たの。これから暫く後宮に通う事になっているのよ」


 女は白髪混じりの黒髪を後で簡単にまとめていて、目尻の皺や肌艶から見て四十代半ばか後半のように見えた。


(数日前に香麗妃が言っていた人ね……でも)


「占い師の方がどうしてこちらに?」

「私、本が好きでね。ここには珍しい本があると聞いたから、後宮に通う間一冊ずつ借りる許可を宦官長から頂いたのよ」


 本好きにとっては蔵書宮は珍しい本が読める至極の場所。明渓は彼女の気持ちがすごく、すごく、よく分かった。


 すっと通った鼻筋と柔らかな目元で、上品な雰囲気を纏った女性だった。でもとっつきにくい訳ではなく、頬のそばかすやシミと、穏やかな笑顔のおかげかむしろ親しみやすく感じた。


(この雰囲気に飲まれて、気付かないうちにいろいろ話してしまう人も多いのだろうな)


 なるほど、これは流行るわ、と思った。


「お嬢さんも本が好きなの?じゃあ、同じ本好きのよしみで占ってあげるわ。あら、大丈夫よ。遠慮しなくてもいいのよ」


 結構です、と断る明渓の腕を占い師は強引に引っ張ると椅子に座らせ掌を見始めた。


(あとでお金が請求されるのかな……)


 でも、少し興味も湧いてきた。

 占いが当たるかどうかと言うよりも、流行りの占い師がどんな風にして人を占い、信頼させ、何を話すのか。好奇心がくすぐられる。


「では、あなたぐらいの年齢の女性が一番気になる結婚運でも占ってあげようかしら」


 そう言うと、手のひらの皺を赤い爪がなぞって行く。



「……あら、あらあら、珍しいわね。その年齢で結婚に興味ないなんて」

「……」


「でも、周りは放ってくれないでしょう?一人じゃないわね、二人ぐらいかしら……いえ、まだ増えるわね。でもその男はやめた方がいいわ、少し女性関係に難があるから」

「…………」


「それから、二人の男性だけれど……あなたとしても、嫌ってはいないようね。でも相手の気持ちを、ただの気まぐれ程度にしか受けとめていないでしょう」


 女が明渓の方を見て微笑んだ。


「…………ひよこが初めて見た人物を親と思うようなものかと。たまたま初めて親しくなったのが私なだけで、今は懐いていますが、そのうち飽きて羽ばたいて行きます」


 つい、ボソリと呟いてしまった。誰にも言ったことがない本音だった。気まぐれで懐いているだけで、それは一時なものだと思っている。


「……もう一人の方は、たまたま条件に適った人間が手近にいただけです。そのうちもっと相応しい人間が現れれば、私への興味も失せるでしょう」


 いずれその身分に合った人と縁を結ぶ方々だし、そこに自分の居場所はない。だから、あまり構わないで欲しい。明渓は意外と情に流されやすい自分の性格を分かっている。


 煌びやかで閉ざされた世界は息が詰まる。田舎の日向で本を読むくらいがちょうどいいとも思っている。



「……そう、でも誰を選ぶか、誰も選ばないかはまだ決める時ではないわ。いずれ決め手になる物がわかる時がくるから」

「決め手……ですか」


 首を傾げながらボソリと呟く明渓を、占い師は静かに微笑みながら見ていた。

 

火、木、土曜日に投稿します。16時前頃になる事が多いと思います。

※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。


作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。


次話、新キャラ登場。

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