9.鳴き声の正体 3
日が昇り少し朝の冷気が緩んだ頃、十人程の医官や武官が梅露妃の宮を取り囲んだ。
明渓と白蓮は、宮から少し離れた安全な場所を陣取り、目の前に用意された火鉢で暖を取っている。日が当たるとはいえ、まだ吐く息は白く冷気は足の裏を伝うようにして全身を冷やしていく。
「これで本当に捕まるのか?」
「絶対とは言っていませんよ」
昨晩運ばれた宦官の男は、明渓の指摘で腕を確認したところ、青紫色に腫れ上がり小さな二本の牙のあとがあった。毒はすぐに吸い出したものの意識はまだ戻っていない。
そう、男が倒れた原因は毒蛇だった。
「明渓が言う通りあの宦官は蛇に噛まれていたが、どうして分かったのだ?」
「いろいろな事を踏まえて考えた結果、その可能性があると思ったのです」
「そのいろいろを詳しく説明してくれないか?」
白蓮は、毒蛇に噛まれた男の処置を手伝ったり、宦官長に頼み梅露妃に新しい宮を用意してもらったりと忙しく、詳しい話をまだ聞いていなかった。
明渓はというと妃に頼まれ、急遽用意した宮に一緒に泊まる羽目になってしまい朱閣宮には帰れていない。
「では、まず蛇が何故後宮にいたか、からお話しますが、これは私の推測なので事実は蛇に噛まれた男が目覚めたら確認してください」
「分かった」
「今、後宮で蛇酒が流行っているのをご存知ですよね。蛇は宦官が自分で蛇酒を作ろうと用意したか、もしくは酒瓶の中の蛇が生きていて飛び出した物ではないでしょうか。慌てて探したけれど、見つからなくて焦っていた所に、梅露妃の鳥騒ぎを聞いてもしかしてと考え、探しに行った所を噛まれた――――まぁ、これは推測ですが」
「噛まれた男を連れてきた宦官の話では、見つけた時はまだ話ができる状態だったそうだ。にも関わらず、蛇に噛まれたと言わなかったのは後ろめたい気持ちがあったのかも知れないな。しかし、酒の中で蛇が生きているなんて事があり得るのか?」
明渓は火鉢の前で手を擦り合わせながら頷いた。こんな小さな火鉢では、全然暖まらないと抱え込むようにしゃがみ込んでいる。
「蛇は冬眠しますから、冷たいアルコールに入れられ外気も寒ければあり得ます。まぁ、そのあたりの事情はあの宦官に聞かなくては分かりませんね」
「では、その蛇がこの宮にいるとどうして思ったのだ?あの宦官はどこで噛まれたか話してないぞ」
「ですから、私は必ずここにいるとは言っていません。ただ、可能性が高いと申しているのです」
いなかった時に自分のせいにされては堪らないと、念を押すように言った。
「では、どうしてこの場所が可能性が高いと思ったのだ?」
「この姿絵です」
明渓は侍女から貰った姿絵を懐から出した。横に箇条書きで頭が黒、羽根は灰色、胴は白と書かれ、絵も墨の濃淡で鳥の色を表現している。かなり上手な絵だったので一目見て分かった。
「これはシジュウカラです。この鳥は天敵である蛇を見た時だけジージーと低い声で鳴きます。いたち等他の動物に対してはそのように鳴くことはありません」
だから、いたちが来た時は鳴かずに暴れただけだった。
今、この場所に蛇がいるかは分からないけれど、少なくとも鳥が鳴いた時は近くにいただろう。
「しかし、どうしてこの宮の鳥だけが蛇に反応したんだ? いたちの時は近くの宮でも鳥が騒いだと聞いたぞ。鳴き声はともかくこの付近にいたなら、他の宮の鳥も暴れるぐらいの事はするだろう」
火鉢の上には網が置かれ、さらにその上には石が乗せられている。明渓はそれを火挟でつまみひっくり返すと石を指差し、
「おそらく、その原因はこれかと」
「石か」
「はい、侍女の話では梅露妃は鳥を大事にしており、寒さに弱い鳥を気遣って周りに常に温石を置いて暖を取らせていたようです」
冷えてきた温石は窓から植え込みの間に捨てられていたそうで、それがあの積み重ねられた石だ。
ある程度溜まると大きな円匙で台所に運び、再び火鉢で温めていたらしい。
「冷えたと言ってもまだ多少温もりは残っているのでしょう。蛇は寒さに弱いので、その辺りをすみかとしてもおかしくはありません」
侍女達が素手で石を運ばなくて良かったと思った。
明渓にはもう一つ気になる事があった。それは、鳥はどこに行ったのかだ。
侍女の間で梅露妃の評判は悪く、鳥の世話は面倒がられていた。もし、故意に鳥籠の扉をきちんと閉めなかったら……
(ま、そこまで追求する必要はないでしょう)
鳥は無事空に飛び立った、そう思っていた方が後味がよい。
明渓は温まった石を火挟で取ると、手拭いで包み懐に入れた。そこからじわじわと身体が温まってくる。隣を見ると白蓮が手拭いを出して石を置いて欲しそうにしている。
(自分ですればいいのに)
そう思いながら手拭いの上に置いてあげると、頬ずりしながら暖をとり始めた。
その時だ、
「いたぞー」
「気をつけろ!!」
宦官と武官が騒ぎ始めた。
明渓は慌てて立ち上がると走り寄って行く。
「危ないから行くな!!」
その声は明渓の耳には届いていないようで、白蓮が小さく舌打ちをして慌てて追いかける。
ガツッ
大きく円匙を振り下ろす音に明渓の悲鳴が重なる。
音は続く
ガツ、ガツ
遠くからでも血飛沫がはっきりと見てとれた。
明渓は立っていられず、その場に座り込んだ。
「大丈夫か?」
白蓮が明渓の肩を抱きながら見たのは、四つ切れになった細長い物体だった。
明渓が顔をあげる。
「見るな」
思わず明渓の目を覆うも、その手は振り払われ……
「わ、私の蛇酒がぁ……」
「……へっ?」
「あんなぶつ切りになったらもう作れない……私の……私の蛇……」
明渓は、イヤイヤをするように頭を振る。目には薄っすら涙が溜まっていた。
白蓮は振り返って火鉢の近くに置かれた風呂敷を見る。
朝から蔵書宮に行っていた明渓の持つ風呂敷は、明らかに昨晩より分厚さが増している。
しゃがみ込む明渓をその場に残して火鉢に向かうと、横にある風呂敷の結び目を解いた。
一番上に置かれていた本は
美味しい蛇酒の作…………
白蓮は題名を最後まで読む事なく、風呂敷をきつく結び直した。
蛇酒の蛇が生きていた事が本当にあるらしいです。
怖い……
火、木、土曜日に投稿します。16時前頃になる事が多いと思います。
※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。
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