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8.鳴き声の正体 2


 庭に出て、反時計回りに半分ほど歩くと侍女達の話し声が聞こえてきた。どうやら、北側にある台所の勝手口の扉が開いているようだ。


「これで仕事が減るわね」

「ええ、ここ最近鳥の世話に時間を割いていたからねぇ。どこに行ったか知らないけれど、もう戻って来て欲しくないよ」

「帝もこの一年来られていないでしょう。鳥のことなんて覚えていらっしゃらないわよ」


(ふーん)


 足音を立てないように注意しながら扉をそっと覗き込んむと、二十代前半ぐらいの侍女達が二人、木箱に座り話していた。どうやら、梅露妃は侍女の評判もあまりよくないようだ。


(それにしても、鳥の世話ってそんなに大変なのかしら?)


 散歩に行ったり、風呂に入れる必要もない、毛繕いもしなくていいし、一日に数回餌と水を遣り糞の始末をするぐらいなのに、何が大変なのかと首を傾げる。


 静かに扉を離れるとまた歩き始める。角を曲がって宮の西側を壁に沿って進んで行く。南西の角部屋が先程まで居た居間のようだった。

 居間の壁につけられた窓の下で明渓は足をとめた。


 窓は植え込みと植え込みの間にあり、その窓の下に拳大の石が二十個ぐらい転がっていた。入り口からは植え込みが邪魔をして見えない場所で、綺麗に重ねられているというわけではなく、雑然と積み重ねられていた。


(何に使うんだろう?)


 先程の侍女達に聞こうと勝手口まで戻り中を覗き込んだけれど、そこにはもう誰も居なかった。それなら仕方ないと、そのまま宮を後にして道に出る。


 中級妃の宮は後宮の中央よりやや西寄りで、もっと西に行けば洗濯場があり、南に行けば宦官達の詰所と寝屋が、北に行けば上級妃達の宮がある。そこから東に進むと蔵書宮に辿り着く。


 医局は宦官達の詰所の横にある南門を出てすぐの場所にあり、侍女が急用がある場合は門番、もしくは宦官が侍女に付き添い医局まで案内する。

 ちなみに、医局の向こう側にも門があり出入りを監視しているので、侍女が医局に行くのに許可等は必要ない。


 庭を見た明渓は、本来なら南にある医局に向かうところを迷う事なく北の蔵書宮へと進路をとる。


 いつもは門番に頼んで蔵書宮から本を届けて貰っていた。でも、今日は正式に後宮への出入りを認められているから、皇居の侍女の服で彷徨いても問題ない。


 幸い、時間もまだある。それならこの機会に本でも借りようと足取りも軽やかに立ち去って行った。


 



 そして……


 夕闇が迫る今、明渓は慌てて南門に向かって走っている。


 蔵書宮を管理する高齢の宦官に肩を叩かれ、閉めるから出て行くように言われるまで、かつての指定席でずっと本を読んでいた。


「これ、借りていきます!」


 本当は両手で抱えるぐらい持って帰りたかったけれど、後宮に来た目的を考えるとそれは憚られた。明渓は懐から風呂敷を出して数冊を手早くまとめて手に取り蔵書宮を後にした。




 医局の扉を開くと、白蓮が出てきた。遅かったね、と言ったあと明渓の持つ風呂敷に目をやると、納得した表情をして中に招き入れた。


 明渓は初めて来た医局をぐるりと見渡す。好奇心を刺激する物ばかりで、目がキラキラと輝き始めた。


「白蓮様お一人ですか? 他の医官様はどちらに?」


 貴人に話しかけながらも、棚の品を手に取り始める。


「隣の建物で夕食を食べている。医具や薬がある部屋で食するのは衛生的に良くないからな。で、今日は俺が留守番だ」


 棚にある箱の蓋を開けて中身を覗き始めた。


「ずっとここに居たが、梅露妃の侍女はまだ来ていないぞ」


 箱の中身を卓に並べていく。切味の良さそうな小さな刃物が、灯りを反射して冷たく光った。今までに見たことがないぐらい薄く鋭い刃だった。


「だいたい、今回の件は明らかに言いがかりだ。とりあえず話を聞けば多少は落ち着くだろう」



 刃物をじっと見つめ、




「……まさか、切味を試そうなんて思ってないよな」


 刃先に指を当てようとしてる明渓の手首を、いつの間にか来た白蓮が背後から掴む。


「……少しぐらい平気です」

「血が出るぞ」

「舐めます」

「それは衛生的に良くない」

「…………」

「…………」


「この前、私の指を舐めようとしませんでしたか?」


 白蓮は、うっ、と小さく呟き視線をあらぬ方にやった。





 ドンドン、ドンドン


 気まずい空気を破るように、医局の扉が叩かれる音がした。待っていましたとばかりに白蓮が扉を開けたけれども、そこに居たのは予想外の人物達だった。


「助けてくれ!!」


 宦官二人と左右から彼らに担がれた男がいた。男もまた宦官の服を着ているが、目線が定まらず手足に力が入らないのかだらんと垂れたままだ。顔色もどす黒くかなり悪い。


「どうしたんだ?」

「道で倒れていたんだ!」


 白蓮はとりあえず二人の宦官と一緒に、ぐったりとした男を寝台に寝かせると、担いできた男に隣の建物から医官数人を呼んでくるよう頼んだ。


 男の意識は朦朧としていて、視線が定まっていない。着物を緩め脈をとっていると、突然男が嘔吐し始めた。異臭と汚物が室内に広まっていく。

 しかし、白蓮は着物にかかった嘔吐物に気を留めることなく男の顔を横向きにした。嘔吐物で喉を詰まらせないためだ。次に、寝台近くにあった桶を顔付近に置くと、明渓を振り返った。


「悪いが、棚にある手拭いをそこから投げてくれ。近づかなくていい、投げたら伝染病の可能性もあるから直ぐ外に出ろ」


 あまりの手際の良さに、思わず見入っていた明渓は声をかけられはっとした。慌てて言われたように棚に置かれていた手拭いを数枚放り投げると、少し躊躇いながら扉を開け外に出ようとする。しかし指が扉に触れる前に勝手に開くと、数人の医官がなだれ込むよう入って来た。明渓は横に避けて彼らが全員が中に入るのを見てから、入れ違うように外へと出る。


(どうしよう……)


 出来る事は何もない。かといってこの場所を離れることもできない。

 困り果て立ち尽くしていると、背後から名前を呼ばれた。


「明渓さんですか? 梅露妃から、こちらに持ってくるように言われたのですが……」


 見れば台所で愚痴を言っていた侍女が立っていた。右手には二つ折りにされた紙を持っている。


「ありがとうございます」


 とりあえずそれを受け取ると、医局の窓から漏れる灯りの下で紙を広げた。


「この鳥は……」


 顔色がさっと変わった。慌てて医局の扉に手をかけ中に飛び込んでいくと、二十も数えぬうちに今度は飛び出してきた。


「今すぐ宮を離れてください」


 突然の事に事態が飲み込めない様子で侍女は茫然と立ち尽くしている。


(早くしなくては)

 

 事を急く明渓は思わず手っ取り早い言葉を口にしてしまった。


「宮に呪詛がかかっています。今すぐ別の宮に移ってください!!」 

火、木、土曜日投稿します。時間16時前頃になる事が多いと思います。

※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。


作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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