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7.鳴き声の正体 1


 陽が南中した頃、朱閣宮を一人の侍女が訪れた。


「初めまして明渓さん、梨珍(リゼン)と申します」


 切れ長の涼しげな目を縁取る長い睫毛が影をつくり、憂いを帯びた目元が印象的なその女性は、そこにいるだけで色香を放つようだった。


「お手間をおかけして申し訳ありせん。宜しくお願いします」

 

 明渓は深々と頭を下げた。

「いえ、お気になさらず。他でもない香麗(シャンリー)妃のご依頼ですから」


 梨珍はたおやかな笑みを香麗妃に向けた。年は二十代半ばだろうか、背は明渓よりも二寸ほど高く女性としては大柄だ。でも、一つ一つの仕草がしっとり美しく、柔らかな雰囲気なので威圧感はまったくない。少し低めの声が却ってその色香を増しているようにさえ思える。


 香麗妃が梨珍を呼んだのは、明渓に化粧を施す為だった。


 梅露(メイルー)妃の宮に行く事になったけれど、貴妃の時と異なり、明渓の顔を知っている侍女がいるかもしれない。

 下級嬪から東宮の侍女になるなんて前例のない事で、他者に説明するのが大変難しく煩わしい。


 そのことを香麗妃に相談したところ、「化粧上手な侍女を呼びましょう」と言って来たのが梨珍だった。普段は別の場所で働いているらしい。


「綺麗な肌ね。それから目の形がいいわ、意志の強そうな真っ直ぐ物事を見据える目をしている。……でも、そうね……色香が足りないって普段言われない?」

「……言われます」


 肌に粉をはたきながら梨珍が痛いところを突いてきた。男に媚びを売るような性格ではないが、親や親戚から「整った顔なのに色香がない」とぼやかれていたことを思い出す。そして、こんなに色香溢れる方に言われては返す言葉もない。


 この瞬間、明渓の化粧の題目(テーマ)は色香に決まった。




 

 一刻後、化粧を施された明渓と白蓮は梅露妃の宮に来ていた。

 

 ほんのり桃色の粉を目を取り囲むようにはたき、(アイライン)を少し垂れ目になるように入れ朱を(まなじり)と唇に入れている。いつもの強い目元が優しく憂いを帯びたものになるだけで印象が随分変わる。

 

 白蓮はチラチラと明渓を盗み見る。口元が半開きになっているけれど、今日あまり近づいてこないのは、彼なりに昨晩の(おこな)いを反省しているからだろう。

 

「梅露妃、(くだん)の侍女を連れて参りました。詳しく話をお聞かせ願いませんか?」

「あぁ、その事なんだがな……」


 なんだが歯切れが悪い。


「まずは鳥を侍女に見せて頂けませんか?」


「……た」


「はい?」

「逃げたと言っているのだ!! お前達が来るのが遅いからこんな事になったのだろう!!」


 明渓と白蓮は顔を見合わせる。目尻がひきつっていることから、お互いの感情を瞬時に読み取る。



「…………では、私達はこれで失礼します。鳥がいなければ霊を呼び寄せる事も出来ません。もう安心でございますね」


 それだけ言って、そそくさと帰ろうする二人を梅露妃が慌てて呼び止める。


「しかし、また戻ってくるかも知れないだろう? とりあえず話を聞いていけ」


 二人の前に侍女が立ち塞がる。

 『皇后の呪詛』を受けた事をどうしても証明して欲しい妃は必死だ。そして聞けと言われれば、聞かざるを得ない。


 明渓は諦めたように深いため息をついた。




 鳥が騒ぐようになったのは十日程前からで、普段はピーピーと高く愛らしい声で鳴くのに、日に数度ジャジャジャーと細かく何かを擦り合わせるような声で鳴き始めたと言う。


 鳥は普段、居間の窓側に置かれていて世話は侍女が交代でしていた。奇妙に鳴く時間は様々だけれど、日に一から三回ほどで、その際羽をバタつかせ暴れるらしい。

 以前、いたちが後宮内に紛れ込んだことがあり、その時も鳥が暴れだしたが奇妙な鳴き方をすることは一度もなかった。


「近くで鳥を飼っている宮はありますか?」

「沢山ある。左右隣と道を挟んだ向かいの宮も飼っている。イタチが紛れ込んだ時は他の宮でも鳥が暴れたらしいが、今回暴れ出したのはこの宮の鳥だけだ」


 明渓の質問を待っていたかのように嬉々として梅露妃が答える。周りの宮を帝が訪れたことはなく、帝の寵愛を受けた自分の鳥だけに怪異が起こったと言いたいようだ。



 白蓮は、隣の明渓の表情が変わるの興味深く眺めていた。


 いつもと違う化粧を施された明渓は、はんなりとした色香を纏い、思わずその頬に触れたくなるぐらいだった。それを昨晩の失態を思い出して頑張って耐えていた。


 その明渓の目から、柔らかな色香が消え強い光が宿り始める。


(やっぱり、こっちの方が良いな)


「医官様? 何か言いましたか?」

「いや、何も……」


 明渓は小首を傾げながらも視線を梅露妃に戻した。


「話は分かりました。ところで鳥の品種は何でしょうか」

「知らない」

「……えっ!? 飼われていたのですよね?」


 目を丸くして聞き返す明渓に、少しきまり悪そうに梅露妃は答えた。


「別に品種等知らなくても飼えるだろう。帝が来られた朝、綺麗な声で鳴いていたのを二人で見つけたのだ。帝がやけに聞き入っておられたので、宦官を呼び捕らえた鳥だ」


 そっぽを向き、八つ当たりするかのように言い放つ梅露妃を見ながら、明渓は思った。


(貴女に興味が無くなったから外を見てたのではありませんか?)


 勿論立場はわきまえているので、余計なことは言わない。


「では、絵姿を誰かに描かせて頂けませんか?」

「絵姿か……。妾も侍女も絵は得意ではないからな。この宮に招いたことがある妃嬪で鳥を見たことがある者に聞いてみよう」


 明渓がやる気になったことに気をよくしたのか、絵心のある者を探してくれるようだ。


 時間が少しかかると言うことなので、とりあえず庭を見せて貰い、その後は医局で待つことにした。

火、木、土曜日投稿します。時間16時前頃になる事が多いと思います。

※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。


犯人が分かられた方は、何故今回だけ鳴き声が違うのか? 何故他の宮の鳥は騒がないか? の謎解きを楽しんで頂ければ……。


作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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