表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/109

6 .扉 with 白蓮


◾️◾️◾️◾️

「ですから、私は医官でして……」


 白蓮は中級妃梅露(メイルー)を前に先程から何度も同じ言葉を繰り返している。


「では、噂の侍女を連れて来ればよいだろう」

「そう言われましても、私の一存では……」

「ならお前がどうにかしろ」

「ですから、私は……」


 そして会話は同じところを数度行き来した後、


「いいからその侍女に話を通して連れてこい!」


 最終的にそう命令され、白蓮は宮を追い出された。





○○○○

 「それで、白蓮様は私にどうしろとおっしゃるのですか」


 明渓は目の前にある蛇酒を杯になみなみと注ぎながら、目の前にいる貴人をもはや遠慮することなく睨みつけた。


 場所は朱閣宮の居間、宮の主人達は早々に寝室に引き上げ今は二人だけだ。

 始めはお茶を飲みながら話を聞いていたが、話が『暁華(シャオカ)皇后の呪詛』に及ぶと「お酒を呑みながらでもよろしいですか?」と言って、自室から蛇酒を持ってきた。


 

 (飲まなきゃやってらんない)


 明渓はグビグビと一息に飲み干し、音を鳴らして杯を卓に置いた。向かいに座っている白蓮はその音に身体をビクッとさせたあと、慌てて明渓の杯に酒を注ぐ。



 事の始まりは、梅露妃の侍女の知り合いの知り合いの……知り合いが貴妃の侍女と仲が良かったことから始まる。


 貴妃の宮で起きた怪異と、その怪異を解くのに使われたのが暁華(シャオカ)皇后の鳥だったことが、人づてに伝わり、梅露妃の耳に入る頃には『鳥が皇后の呪詛を招く』と変換された。確かに貴妃の病の原因は鳥が招いたと言えなくはないが、決して呪詛ではない。しかし、何故かその部分が欠落したまま噂は広まり続けている。


 帝はかつて数回、梅露妃の元を訪れたことがある。二十歳の妃が後宮に来たのは三年前、三年間に数回しかなかった訪れをこの妃は今でも自慢している。白い肌と少し垂れた目は一見儚げに見えるが、気性はきついようだ。


 そして、貴妃が呪われたなら帝の寵愛を受けた自分が呪われても不思議ではないと梅露妃は思った。まるで、呪いを帝の寵愛を計る目安(バロメータ)のように捉えているのかも知れない。


 そんな折、飼っていた鳥が今まで聞いた事がない鳴き声を出して突然暴れ出したという。それを聞いた梅露妃は、鳥が皇后の呪詛を招こうとしていると大騒ぎを始めた。


 貴妃の宮にいた医官の名を調べ宮に呼び寄せると、鳥が呪詛を招くのを防げと無茶難題を言い始めた。そして出来ないと言うと、侍女を呼んで来いと言う。


「それでだな……出来れば一度梅露妃の元に行ってくれないだろうか?」

「行ってどうしろとおっしゃるのですか? 要は、『鳥の様子がいつもと違う』ことを呪いだと騒ぎ立てているだけですよね?」


 もうここまで来ると、言いがかりにしか聞こえない。いや、実際のところ明らかにこじつけだ。


「明渓が言いたいことは分かる。痛いほど分かるのだが、このままでは埒が明かないのだ」

「私が行っても、何も変わらないと思います」

「まぁ、そうなんだが、……しかし、鳥が突然妙な鳴き声で鳴き出したのは本当らしいのだ。気にならないか?」


 杯を持ち上げた明渓の手が止まる。

 その反応を白蓮は見逃さなかった。


「その奇妙な鳴き声、聞いてみたくないか?」


 もう一年以上の付き合いだ。白蓮も彼なりに明渓の性格を掴んでいる。


 明渓は何か考えるように、手を口元に持っていきゆっくりと酒を呑む。


(確かに気にはなる。なるけれど、はい、分かりましたと素直に依頼を受ける気持ちには……なれない!)


 期待が込められた視線を一睨みで弾き飛ばすと、すっと席を立った。白蓮が怒らせたかもと不安に思っていると、明渓はすぐに戻ってきて、手に持っている新しい杯をコトッと小さな音をさせて白蓮の前に置いた。


「分かりました。では一度梅露妃の元へ参りましょう。ところで、一人で飲むのは味気ないので、一杯付き合ってください」


 意地悪そうな微笑みを浮かべてそう言うと、先程持ってきた杯にドクドクと酒を注いだ。


 明渓は気づいていた。先程から白蓮が一度も酒瓶を見ようとしないことを。酒を注ぐときでさえ、目線を酒瓶には向けなかった。

 だから、あえて酒瓶の蛇(なかみ)がよく見えるように目の前にそれを置いた。


「うっ」


 白蓮は小さく呻くと、透明の液体の中から自分を見つめる真っ黒で小さな目から顔を逸らした。


「青周様は私が()いだ酒を呑んでくださいましたよ?」

「!!」


 椅子を鳴らして勢いよく白蓮が立ち上がる。


「二人で飲んだのか! これを!? どこでだ?」


 急に焦ったように聞いてくるので、少々面食らいながらも明渓は人差し指で卓を指差す。


「朱閣宮のこの場所です」


 白蓮は、安心したかのように「そうか」と呟くと再び椅子に座り直し、背もたれにもたれかかると、ほっと一息ついた。


「……あの、何を(くつろ)いでいらっしゃるのか分かりませんが、飲んでくださいますよね」


 明渓がもう一度ジロリと睨むと、その目線に一瞬悦に入ったような表情を覗かせた。どうも彼の中で何かが目覚め始めているようだ。


 白蓮は酒瓶から目線を逸らせたまま、おずおずと杯を手に持つと中に注がれた透明の液体を暫く見つめた後、覚悟を決めたように目を瞑り


 グビッ……グビグビ、グブッ


 一気に流し込んだ。

 最後若干むせていた。


「いかがですか?」


 形の良い目が意地悪く細められる。


「……なんだか、身体が火照ってきた」

「他には?」

「…………その、何と言うか下っ腹のあたりも熱くなる……というか……」


 (胃の中で酒が回ると言うことかしら)


 急にもじもじと身体をくねらせ始めた白蓮に小首を傾げながらも、明渓は自分の杯に酒を注ぎゆっくりと飲んでいく。


 しばらく落ち着きなく目線を彷徨わせていた白蓮の動きがピタリと止まった。


 そして、突然席を立ったかと思うと、明渓の座る長椅子の隣に腰を下ろしてくる。明らかに距離がいつもより近い。


「……白蓮様? どうされましたか?」


 いつもと様子が違うことに戸惑いながら、心配そうにその顔を覗き込む。


 まだあどけなさを残している目が潤み、憂いを帯びたようにトロンとして、明渓に熱い視線を送ってきた。赤らんだ頬で優しく微笑む姿は、普段の白蓮から想像できないくらい甘い色気を含んでいる。


(酔ってる?)


「口直しにお水を用意いたします!」


 慌てて立ちあがろうとした明渓の細い腰を、白蓮の腕が逃すまいとぐいっと引き寄せる。布を挟んで接している部分から熱が伝わってくる。その予想外の力の強さに驚いたのか明渓の動きが止まった。


 白蓮は空いているもう片方の手で明渓の髪を一束掴み上げ、その髪に唇をつける。


「綺麗だ」

「……白蓮様?」


 手が髪から離れ、明渓の頬に触れる。


 突然の出来事に明渓は呆然としてしまい、まだ動けないでいた。


 顔が次第に近づいてきたかと思うと…



 後ろから太い指がすっと伸びてきてその頭を鷲掴みにした。

 見上げると、いつの間に来たのか東宮が立っていて、顔をひきつらせている。


「明渓は朱閣宮の侍女だ」


 そう言うと、そのまま白蓮を引き摺り宮の外へと放り出した。


「酔いを覚ませ!」


 庭先から声が聞こえ、次いで扉がバタンと閉められる音がした。


 あまりに都合(タイミング)よく現れた東宮に面食らっていると、東宮は一言「済まなかった」と言って寝室へ繋がる扉へと向かって行く。


 明渓は扉が閉まるのをとても注意深く見る。それこそ一寸の隙間も開いていないかを目を細め確認すると、大きなため息をつき、残った酒を一気に飲み干して自室に戻って行った。

火、木、土曜日投稿します。時間16時前頃になる事が多いと思います。

※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。


作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ