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3.病の正体 2


「ではまず一つ質問をしてもよろしいでしょうか」


 侍女が頷くのを確認してから明渓は視線を再び貴妃に向けた。


「私が聞いた話では、貴妃様は起き上がることもできない状態とのことでした。今日はこのように座っておられるのは偶然体調がよろしいのでしょうか?」


 時折激しく咳き込むけれど、東宮から聞いていた状態よりは幾分か良いように見える。


「ではまずそのことから説明いたします」


 __そういうと侍女は紅玉(コウギョク)宮で起こった『呪詛による怪異』について話し始めた。


 半月前、軽い咳から始まった妃の体調は日に日に悪化していった。特に夜になるとその症状は重くなり呼吸困難に陥るまでになっていった。


 (あるじ)が死ぬかもしれないのに、医官は全く役に立たない。


 苛立ちが宮を覆い始めた頃、「夜な夜な暁華(シャオカ)皇后の霊が寝室を訪れているのではないか」と一人の侍女が言い出した。寝室は帝と睦言を重ねる場所だから、それを妬み毎夜現れているのではないかという推測は、呪いを信じ始めていた侍女達にすんなりと受け入れられた。


 その話を聞いた侍女の月影(ユエイン)が、それなら自分が妃の代わりに寝室で寝て正体を暴くと名乗りを上げた。


 寝室を代わってから三日が過ぎても暁華皇后は姿を見せなかったが、部屋を代わった貴妃の様態が良くなってきた。相変わらず咳き込むのだが食事が摂れるほどに回復し、そしてそれに比例するかのように今度は月影が体調を崩し始めた。


 症状は貴妃と同じで始めに軽い咳が、それが二日目には激しい物に変わり、三日目には息をするのも苦しいほどになった。さすがにこのままでは危ないと思い昨日から自室で休んでいるらしい。


「ですから、呪いは寝室もしくは寝台にかかっていると私達は考えております」


 侍女は一歩、二歩と明渓のもとに歩み寄ってくる。


「お願いします。どうかこの呪いを解いてください」


 明渓の両手を握り涙目で訴えてくる。



「……できる限りのことは致します」


 こうなったら出たとこ勝負だと明渓は半ば開き直り答えた。


「では話に出てきた月影さんにもお会いしたいのですが」

「分かりました。では案内いたします」


 そう言うと、依依は明渓を月影の部屋へと案内した。


 さすが貴妃の侍女とだけあってその部屋は広く寝台も柔らかい物が置かれていた。広さだけであれば、最下位の嬪であった明渓と同じぐらいかも知れない。侍女にしてはかなり立派な部屋だった。


 しかし、月影はぐったりと布団に横たわり目を閉じている。眉間に皺を寄せ、ヒューヒューという音を喉から鳴らしながら寝る様子は安眠とは程遠く見ていて痛々しい。

 依依は起こそうかと訊いてきたが、明渓は首を振り、その代わりに庭を見たいと頼んだ。


 換気のためだろうか、部屋を出る前に依依は窓を少し開けた。


「寒くはありませんか?」

「直ぐに閉めるので問題ありません。貴妃様の時は窓を暫く開けていると咳が楽になられたのですが……」

「月影さんの場合は違うのですか?」

「貴妃様に比べ効果はなさそうに思います。しかし、念の為こまめに開けるようにしています」


 二人の症状は全く同じという事ではないのだろうか。

 外を見ると夕刻にはまだ時間があった。


 他宮の庭を勝手に彷徨(うろつ)かせて欲しいという、不敬とも取られそうな頼みも、依依は二つ返事で受け入れてくれた。

 明渓は期待が込められた視線を幾つも背中に感じながら、半ば逃げるように庭に飛び出す。


「うーん」


 両手を上げて大きく伸びをする。肩にかかる無言の重圧が重く、自分で揉んでみるが気休めにさえならない。出来る事ならこのまま逃げ出したいと心底思った。


(とりあえず一周して見ようかな)


 何か良い案があるわけでも、当てがあるわけでもないが、とりあえず桜奏宮の五倍程はあるかと思わる庭を時計回りに歩くことにした。


 半周程回り宮の裏側までくると、子供の声が聞こえてきた。建物の影から顔だけ出して覗くと、三歳ぐらいの公主が泣いており、それを侍女が必死で宥めていた。

 普段手のかからない子供でも、泣いたりぐずったり癇癪を起こす時は必ずあり、明渓も常日頃からそれに付き合わされているので、侍女の気持ちが痛いほどよく分かる。思わず拳を握り侍女を応援する。


 公主は手に袋を持ち、木の上を指差し何かを訴えている。侍女は仕方なく懐からもう一袋取り出すと公主の掌にパラパラと中身を置いた。すると、それを待っていたかのように小鳥が数羽掌に乗り競うように(ついば)み始めた。

 載せたのは餌だろうか、小鳥達は公主の肩や頭にも乗り、それがくすぐったいのか先程まで泣いていたのにもう笑い転げている。随分懐いているので、餌をやるのが日課となっているのだろう。


 鳥達が木の枝に戻ると、今度は気が済んだのか手を引かれ立ち去っていった。

 明渓は木の下に向かい見上げると、つぐみが数羽いる。雀に似ているが一回り大きく腹の模様がくっきりしているのが特徴だ。


 ゴホッゴホッと後ろの窓から咳き込む声がしたので振り返る。


(月影の咳かな)


 どの宮も妃嬪の部屋は表側にあり、侍女の部屋は裏側にある。苦しそうな咳に思わず眉間に皺を寄せた。何とかしてあげたいとは思う、思うけど


(呪詛ね……)


 そんなもの存在するはずないのにね、と明渓は鳥に向かって一人愚痴た。 


次話、解決編については明日投稿予定です。

それ以降は火、木、土曜日投稿していきます。時間は前回同様16時前頃になる事が多いと思います。

※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。


作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、お待ちしております!

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