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31.自白

本日2話連続投稿しています

こちら2話めですので、ひとつ前の30話をまだお読みではない方はそちらから読んでください


 歳の離れた姉は優しい人だった。ある日呼ばれて行くと、姉の手には二本の簪があり、それを嬉しそうに私に見せてきた。

 その二本はよく似た意匠(デザイン)で、横に並べると絵の一部がつながって、花の形があらわれた。


 姉はそのうちの一本を私に手渡し、あげる、と言った。五歳の子供にはちょっと早いけれど、いずれ必要になるのだからその時はお揃いで着けようと笑った。

 私は姉の笑顔が大好きだった。見ているだけで、心があったかくなるような笑い方をする人だった。


「お姉さん、いつ帰ってくるの?」

「三ヶ月後ぐらいよ」


 後宮で侍女として働いていた従姉妹が、体を壊してしまったので、代理として三ヶ月だけ姉は代わりに後宮に行くことになった。

 数ヶ月のただの代理の侍女を帝が気にかけるはずがない、大丈夫だと父は豪快に笑いながら言っていたけれど、私は不安だった。


 目立つような美人ではなかったけれど、姉の肌は透き通るように白く、光沢のある黒髪がさらにそれを引き立てていた。

 どちらかといえば、父親譲りの浅黒い自分の肌をうらめしく思っていたものだった。


 次の日、馬車に乗って後宮に向かう姉を見送った。そしてそれが姉を見る最後となった。


 三ヶ月しても姉は帰ってこなく、半年後にきた連絡は姉は帝の子を腹に宿したまま自害したというものだった。

 帝の子を殺した罪で、地方役人をしていた父は殺され、家は潰された。私は父方の兄弟に、兄は身分を隠し父の知人の知人に引き取られ家族はバラバラになってしまった。

 近所でも仲が良いと評判の家族で、豪快に笑う父と、明るい姉と、優しい兄との暮らしが、二度と戻らないことがとてつもなく悲しかった。


 十五歳の時、叔父の家に預けられていた私のもとを兄が訪ねてきた。兄の義父となった男は市井(まち)で薬師をしており、後宮に務める医官の友人がいた。兄はその二人が話しているのをこっそり聞いてしまったという。


 その内容とは、東宮の元服の年に自害したとされる帝の子を宿した妃嬪は、暁華皇后によって殺されたというものだった。その妃嬪が姉であることは、死んだ時期からも明白だ。

 二人が池の周りで言い争いになった後、皇后が妃嬪を池に突き飛ばし側近が沈めているのを偶然その医官は見てしまったらしい。


 上司に伝えようとしたが、そのころの皇后は子供と腹を失って、常軌を逸する行動を頻繁にとるような精神状態だった。報復、口封じを恐れ保身の為、何も言わずに後宮を去る事にしたらしい。


 自分の身体が怒りで熱くなり震えがとまらない。兄はそんな私の肩を抱きしめると計画を持ち掛けてきた。

 

 ただ、代理として向かった後宮で、意に反し帝のお手付きとなってしまった姉。それは決して姉の望むことではなかったはずだ。それなのにその姉を妬み、嫉み池に沈めた皇后がどうしても許せなかった。いや、後宮という存在自体が許せなかった。


 その後、伝手をたどり侍女として後宮に入ったけれど、後宮はすでに形式的なものでしかなく、帝のお通りは何年待ってもなかった。具体的な計画はその時点ではなく、ただ皇族に近づくことを一番の目的としていた。


 あと一年で後宮を去らなければいけない年に、偶然知り合ったのが明渓だった。嬪らしくない気さくな振る舞いと、好奇心いっぱいの瞳がくるくると動く愛らしい賓だった。


 どんな理由かわからないけれど、彼女が皇族の宮を頻繁に訪れていることを知った時、やっと運が自分に味方をしたと思った。

 兄に手紙を書くと、すぐに医官として後宮に入ってきた。あの義父の友人である元医官に頼んだところ、欠員が出たばかりでとんとん拍子に話が進んだそうだ。


 ただ、このままだと一年以内に後宮を出なくてはいけない。そこで、違う妃嬪の侍女になるために、今の主人を貶める事にした。


 主人の字を真似した手紙を書き、それを人気のない雨の日を選んでこっそり兄に渡した。間もなくその手紙が見つかり、主人は不貞疑惑で宦官達に連れて行かれた。

 

 その日の夜だ、予定外の事が起こったのは。

 桜奏宮から帰る時、人気のない道で呼び止められ、振り返ると雪花がいた。

 彼女は私をじっと見つめた後、赤い唇をにたりと歪ませ、耳元で囁いてきた。


「私見たのよ。医官と親しくしていたのは貴方の方じゃない?」


 その言葉に頭が真っ白になり、気が付いた時には持っていた手拭いで雪花の首を絞めていた。足元に転がる遺体を震える手で植え込みの下に隠し、医局まで走ると、私の姿を窓から見かけた兄が医局から出てきた。


「分かった、後のことは俺に任せてお前は宮に帰れ」


 兄はそれだけ言った。



 桜奏宮に住むようになると、明渓に剣の覚えがあり、それを買われている事を知った。


 もし、香麗妃が狙われる事があれば、明渓が護衛として呼ばれるかもしれない、そう思い兄と計画を練り、十字弓(ボーガン)を船に仕込んだ。

 対岸から打ったように見せかけるため、行燈を棒に括り付け木の枝の上に置き、騒ぎ声が聞こえると同時に棒を持って降ろして、火を消したあと騒ぎに乗じて池に沈めた。十字弓(ボーガン)は、兄が舟に乗り込んだ時にはずして、船上から池に投げ入れたと聞いている。

 兄がいる詰所の近くで弓が引かれるように調整するのが、なかなか難しいとぼやいていたので、成功した時にはほっとした。


 まるで何かに導かれるように事は進み、明渓が宴に参加することが決まった。親切な魅音に怪我をさせたことは申し訳なかったけれど、私がその宴の場に行く為には仕方がなかった。


 皇后の健康状態を調べるのは、兄にとっては簡単なことだった。夜に医局に忍び込み皇后に渡されている薬を調べるだけで、どんな病を抱えているのかすぐに分かった。

 スギヒラタケを使うことはすぐに決まったけれど、この季節都にはまだ生えていないので、北からの商人に頼み手に入れたらしい。


 細かく刻まれたそれを兄から預かり宴に参加した。祭事の最中に調理場に行くと、入り口近くにある釜に熱物(スープ)があり、周りを見渡して見ると、調理人は自分の仕事に手いっぱいで、こちらを気にする様子はなかった。素早くそれを鍋に入れその場を立ち去った。




 兄は全ての責任を1人で負うつもりで姿を消したのだろう。燃やしてしまえばいい矢を、わざわざ部屋に残して行ったのは、私を守りたかったのだと思う。


 悔いはなかった。自分の都合で人の人生を踏み潰し続ける人達に、たとえ取るに足らない命であろうとも、その命を宝のように思う人間がいることを思い知らせることができたのだから。



 懐から出した二つの簪――池から見つけた姉の簪と私の簪――を手に載せて並べてみると、綺麗な薔薇の花が浮かびあがってきた。この簪が全てを導いてくれたのかも知れない。

 

きのこ、簪、桜、紫陽花、伏線回収しました


いつも読んで頂きありがとうございます。推理っぽくなっていた、面白い、等何か思って頂けたなら嬉しいです。

少しでも興味を持って頂けましたら、☆、ブックマークお願いします。



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