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30/109

30.解

本日2話連続投稿します

こちら一話目です


 蔵書宮の奥の席、もう何回座ったか分からないその場所で、静かに明渓は待っていた。


 昨晩は、武官達と一緒に刑部に報告に行くと言う僑月に頼んで、玄琅宮に泊らせてもらった。広い宮の客室には、明渓が普段使っているより豪華な寝台があり、柔らかく、寝心地もよいはずなのにその夜は全く眠れなかった。


 後宮に来てからの日々、事件、薔薇園で見た黒曜石のような目が頭の中で走馬灯のように繰り返され、いつまで待っても睡魔は訪れてはこなかった。





 バタンと扉が閉まる音がして、こちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。本棚の向こうから、見慣れた侍女の姿が見えた。


「明渓様!昨晩はどうされたのですか?顔色が悪いよ……」


 言葉が途中で途切れたのは、白蓮と青周の姿を見たからだろう。慌てて跪き、手を重ねて敬礼の姿勢をとる。


「頭をあげよ」


 青周の言葉に春鈴は戸惑いながら顔をあげた。それを確認して、明渓がゆっくりと話し始める。


「始めは何が起きているか、よく分からなかったの。でも、……正面から見るのと、横から見るのとでは形が違って見える事ってあるでしょう?視点を変えた瞬間全てが繋がってしまった」

「明渓様、申し訳ありませんが、何について話されているのですか?」


 戸惑いの表情を浮かべる春鈴に向かって、明渓は汚れた布を取り出した。



 広げてみるとそれは――桜と藍色(・・・・)で染められた手拭いだった。



「珠蘭に聞いたら、彼女は持っていたわ」


 この手拭いは後宮に二つしか存在しない。


「雪花を殺したのは貴女ね。そして、おそらくそれは突発的なものよね?計画的にしたならば、わざわざあの手拭いを使わないでしょうし」


 春鈴は何も言わずに、ただ下を向いている。明渓は俯く侍女に構うことなく、淡々と話し続ける。


「埋めたのは別の人間ね?」

「いえ、違います。私が埋めました」


顔をあげ、はっきりと言う春鈴に明渓はゆっくりと首を振る。


「穴を掘って埋めるのは重労働だから女1人では難しいわ。埋めたのは男性でしょう。おそらく暗くよく見えなかったので、手拭いが珍しい物だと気付かずそのまま埋めてしまった」


 違和感の破片を一つずつ口にしていく。


「男性が一人行方不明になったのは知ってる?彼の部屋から矢が見つかったわ。医官である彼は皇后の健康状態をよく知っていた。腎臓を悪くしている事も」


 鼻の奥がツンとしてきて、言葉に詰まる。でも、春鈴を侍女にしたのも、宴に連れて行ったのも全て明渓だ。

 利用されていた事に、腹立たしさより悲しみを覚え、そして何より自分の浅はかさを悔しく思う。


「きのこを何処で手に入れたかも、彼とあなたの事も調べれば分かる」


 察しのいい子だ。気の利く良い子だ。ここまで言えば分かるだろう。


「話してくれるわよね?」


 明渓は横にいる青周を見る。

 彼をこの場に連れてきたくなかった。でも、自分は聞くべきだと言って今この場にいる。


「俺に聞かせたい事があるんじゃないか」



――その言葉が決め手となった。


 それは、想像していたよりずっと悲しい独白だった。明渓は話を聞きながら何度も青周を盗み見したけれど、彼は最後まで顔色ひとつ変えなかった。

 


春鈴は全て話し終えると静かに立ち上がり、深々と頭を下げた。


「……私が明渓様を、そのやさしさに付け込んで利用しました」


 春鈴はそれだけ言うと、くるりと踵を返し、入り口にいる武官の元へ向かって行った。背筋を伸ばし毅然とした態度で、でも何処か安心したようにも見える後ろ姿を、明渓は静かに見送った。

 


 残ったのは、明渓と青周の二人だ。


「申し訳ありません、私のせいです。私が彼女を侍女にして、さらに宴にまで連れて行きました」


 例えそれが善意からであったとしても、自身が知る事ができない所での思惑が絡んでいたとしても、自分を許す事が出来なかった。


「俺は、そうは思わない」

「いえ、どんな罰でも受ける覚悟はできております」

「必要ない」

「私は取り返しのつかない判断をしました」


 明渓は手をぎゅっと握り、拳を作る。俯いた目から、その拳の上に涙が落ちる。昨夜見た漆黒の瞳がまた脳裏をかすめた。


「お前がどう思おうと、お前に罪はない」

「しかし、……」

「何を信じるかは、俺が決める事だ。そうだろう?」


 明渓の頭が小さく左右に揺れる。青周の言葉を否定しているようにも、涙で震えているようにも見える。


 青周は、静かにその様子を見守り続けていた。

次回、31話自白 は18時頃を予定しています



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