27.元服 2
宴は皇居内にある一際豪華な建物で行われる。白壁に朱色の柱が用いられているのは、他の建物と同じだが、建物そのものが大きく天井が高い。
さらに柱一つ一つに細かな細工がされており、飾られている調度品も一級品ばかりだ。
明渓は、丸一日かけて鑑賞したい気持ちをぐっと抑え、不自然でない程度のゆっくりした歩調で目だけ動かしながら煌びやかな廊下を香麗妃の後に続いて歩いていく。
その先には、明渓の背丈の二倍以上はある金の扉があった。扉には竜が左右に一匹ずつ彫られており、手にはそれぞれ玉の様な物を持っている。
その扉を側近が二人がかりで開け、中に入ると、天井から玻璃製の大きな洋燈がいくつもぶら下がっていた。真っ赤な絨毯は金と銀で細かな刺繍が施されており、踏むのをためらってしまうぐらいだ。
香麗妃はその上を堂々と歩いて、金箔が貼られた椅子にゆったりと座った。普段は気さくで親しみやすい妃だが、その凛とした風格は、流石、次期皇后といった感じだ。
宴は帝の祝いの言葉から始まり、いろいろ話しているけれど、そもそも明渓は始めから聞くつもりがない。暇つぶしにぐるりと目だけ動かし、広間を見渡してみる。
広間の正面中央に帝が座っており、その横にいる恰幅の良い女性が暁華皇后だ。顔にも身体にもたっぷりと肉がついているが、かつては後宮の薔薇、傾国の美貌とまで言われた女性だった。
ついで半円を描くように帝の横に今日の主役である第四皇子――白蓮が座り、東宮、青周と続く。第三皇子は欠席のようだ。そして、皇后の隣に香麗、その後に明渓、扉の横に春鈴が立つ。白蓮は髪を上げ、黒地に銀の竜が刺繍された衣装を着ていた。その顔は明渓が見知っているものではなく、堂々とした佇まいは紛れもなく皇族のものであったのが、少し悲しかった。
(もう、前の様に接する事はできない)
声には出さずに、そう胸の内で呟く。
長かった帝の話が終わると、やっと料理が運ばれてきた。
始めに大根と川魚の膾、ついできのこと松の実が入った熱物、魚の塩焼き、豚肉の角煮……美味そうな料理が明渓の前を次々と通過していく。今朝はいつもより早く起きたので、とてもいい感じにお腹が空いてきた。
勿論、涎を垂らしたりなんかしないけれど、一度腹の虫がぐーっと鳴り、前に座っている香麗妃の肩が上下に揺れていた。
挨拶から始まり、酒も入ったせいか宴は二刻にも及んだ。ただひたすら立っているのも大変疲れる。
(何かの修行!?)
心の中で愚痴た時、帝と白蓮が立ち上がり、皆の前に進み出た。
(やっと終わる)
そう思った時だった。がたん、と隣から人が倒れる音がして、侍女の悲鳴が上がった。場は騒然となり、全員が立ち上がって倒れた人物――皇后――の方を見る。
始めに動いたのは白蓮と、医官長らしき人物、そして青周が皇后に駆け寄る。明渓も無意識に香麗妃より前に出て、皇后の姿が見える位置に立った。
「皇后様、どうされましたか?私の声が聞こえますか?」
医官長が呼びかけるが、皇后の顔は真っ青で、額には脂汗が浮かび、手足が細かく震えていた。
「医官長、嘔吐剤だ」
白蓮が薬と水を手渡し、それを飲ませようとするが、痙攣が激しくうまくいかない。半ば押さえつけるように、強引に飲み込ませ吐かせていると、屈強な男達が担架を持って来た。四人がかりでその身体を乗せると、医官長や青周、侍女達が周りを取り囲む様にして部屋を慌ただしく出て行った。
白蓮は残り、皇后の毒見役に体調の変化がないか確認した後、他の者にも確認をし始めている。
皇后以外に不調を訴える者は今のところいないようだけれど、二度にわたる事件を目の当たりにした香麗の顔色は真っ青で、細い肩が細かく震えている。
東宮が肩を支える様にして妃を連れて部屋を出て行き、護衛達もその後ろに続く中、明渓も行くべきかと迷っていると、白蓮がこちらに向かって歩いてくるのが目の端に映った。
「明渓、一緒に来てほしい」
「……はい」
明渓のあらたまった返事に、僅かに白蓮の眉間に皺がよる。しかし、何も言う事なく、そのまま部屋を出て長い廊下を歩いて行き、途中何度か曲がりたどり着いた場所は厨房だった。明渓の後ろからついて来ていたのは、おそらく刑部の武官だろう。
「残っている料理と、材料を全て出せ」
料理人達にそう命じると、あっという間に大きな卓上に食材が並べられた。乗り切れない物は、流し台の上にまで並べられおり、白蓮はそれら出された物全てを一つずつ手に取り、時には匂いを嗅いだりして見ていく。
「……質問してもよろしいですか?」
「何だ」
「皇后様が倒れられたのは毒によるものですか?」
「……分からない。症状が出ているのは皇后だけで、毒味役はぴんぴんしているし、料理を食べた他の者で体調を崩した者はいない。ただ、皇后様は痙攣や意識が混濁としている事から、食中毒でないだろう」
白蓮の顔は強張り、焦燥しているのが横にいてもよくわかる。明渓も出された食材を白蓮と一緒に手に取り匂いを嗅ぎ始める。刑部の武官は、白蓮の指示があったのか、止める事なく明渓の好きにさせてくれた。
明渓の足が熱物の前で止まる。何かが引っかかっる気がして、匙で具材をひとすくいして顔を近づける。頭の中を本の貢が走馬灯のように駆け抜けて行く。
「……白蓮様」
明渓は先程初めて知った名を、見知った顔に向かって呼びかけた。
「…なんだ」
白蓮の顔が少し悲しげに歪んだ気がしたが、それは一瞬のことですぐに真剣な眼差しに変わった。
「皇后様は何処か身体の具合が悪かったのではないでしょうか?」
「あぁ、歩くたびに脚の付け根が傷むので痛み止めを処方していたし、最近は目も見えにくくなってきたようだ。それから、腎臓も弱っており薬を常用している」
「……腎臓」
明渓の中で一つ思い当たる物があった。ただ、それはあくまで可能性にすぎないけれど、それでも伝えるべきだと思い、ゆっくりと熱物を指さした。
「これは、ヒラタケというきのこを使っています。ただ、もしかしてヒラタケに似たものが紛れ混んでいるかもしれません」
「似たもの?それはなんだ」
「スギヒラタケです。ヒラタケと似ていますが、ある持病を持つ人には毒となります」
昨年の秋に読んだ本を思い出す。
腎臓の機能が低下している人がスギヒラタケを食べると、急性脳症が起きる可能性が高くなる。持病がなくても症状が出る事もあるそうだがそれは稀な事らしい。
もし、宴に出席した人間で腎臓を患っていた人が皇后だけだったら、他の人に症状が出ていない事も説明がつく。
白蓮と武漢は料理人達に確認をし始めたけれど、きのこは細かく切られているので、判断するには少し時間がかかりそうだ。ただ、いくら似ているとはいえ、皇族の料理を作る人間がうっかり間違えるとは考えにくい。
そうなると、可能性は一つだ。
――誰かが故意に入れた――
スギヒラタケは、腎臓に病気を持つ人だけに危険とされていた時もありますが、今は持病の有無に関わらず毒とされています。
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