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26.元服 1



 厳かな雰囲気の中、元服の祭祀が行われていく。


 神官が、ゆっくりと祝詞を述べていくその前には大きな釜があり、何やら書かれた紙や、清められた木片などがくべられていく。釜の四方には燭台が置かれ、蝋燭の灯りがゆっくりと揺らめく。祭祀場全体には清めの香が噎せ返る程焚かれ、蝋燭の熱気と共に頭上へ昇っていく。


 皇族は一定の距離を置いて座り、その間には衝立、前には御簾があり個々に独立して、ここからはその姿が御簾越しにうっすらとわかるぐらいだ。


 この後、第四皇子が御簾を出て釜の前に行き祝詞を述べれば祭祀は完了する。


 はっきりとは見えないが香麗妃の御簾の奥、妃のさらに奥側に人影がちらついている。

 妃に弓矢を放った犯人が見つからない事を懸念して、東宮が無理を通したと聞いている。祭祀場にまで連れてくるとは、いささかやり過ぎの気もするが、帝は東宮の判断に特に異論はないようだ。

 帝位に執着のない帝は、早く東宮にその立場を譲りたがっているし、実権はすでに東宮に移りつつあった。しかし、後宮を引き継ぎたくない東宮は、まだ帝を引退させる気はないようだ。


 神官の祝詞が完全に終わるのを確認してから、立ち上がる。


 御簾がゆっくりと上がり目の前の景色がはっきりと見えてきた。一歩前に出ると皇族全員の御簾が同時に上げられた。その場にいる者全ての視線が、自分に集まるのが分かる。


 病気がちで人より成長が遅いため、線が細く背も充分に伸びていない身体にせめて威厳を持たせようと、胸を張り背筋を伸ばす。


 僑月(・・)の慣れ親しんだ名に未練はないが、明渓に最後にその名を呼ばれたのがいつだったか思い出せないのだけが、心残りだった。



○○○○


 祭祀は滞りなく行われ、明渓達は宴が開かれる宮に用意された一室にいる。

 香麗妃が祭祀の衣装から宴の衣装へ着替えるのを、お付きの侍女が手伝っている間、明渓は部屋の片隅でぽつんとしていた。


 テキパキと数人の侍女が手際よく動くので、明渓がする事は何もない。というか、何も出来ない、といった方が良いかも知れない。

 その理由は、あまりにも気が動転しているからで、先程から部屋の隅を円を描くようにくるくる回ったり、そうと思ったら急にしゃがみ込んで頭を抱えたりを、何度も繰り返している。挙動不審な様子は僑月を超えているように思う。いや、もう白蓮(・・)と言った方がよいだろう。


「…では、貴女は僑月――いえ、白蓮様を私の息子だと、ずっと思っていたの?」


 香麗妃が笑いを必死にこらえた声で聞いてくる。

 明渓はこくりと小さく頷く。


「わっ、私の子供、だと思っていたの?」


 もう我慢できないとばかりに、肩が揺れている。

 明渓は再びこくりと頷く。


「背も低く、余りに不審な行動が多くて、とてもではないですが二個下には見えませんでした」


 あははっは!


 妃はとうとう我慢できなくなったようで腹を抱えて笑い出した。目から涙がこぼれ、目じりの朱の上を一筋こぼれていった。


「あっ、ひぃ・・・、身長の事を言うのは禁止よ。はぁはぁ・・・あの子かなり気にしているから」

 

 その後、暫く笑い続け、もうなんだか苦しそうなところまできてしまってから、ふぅーっと一息ついて、呼吸を無理に落ちつかせると、悪戯な目でこちらを覗き込んできた。


「元服したわよ」

「しましたね」

「私が東宮に嫁いだのは、元服の三ヶ月後よ」

「……そうですか。ところで、私は東宮の側室候補ですよね?」

「あら、側室になりたいの?」


 こんな面白いことはないと、笑いながら聞いてくる香麗妃に明渓はぶんぶんと勢いよく頭を振る。


「選択肢はたくさんあるわよ?」

「いえ、むしろ限られているのではありませんか?」


 そっとしといて欲しい、ほっといて欲しい。ただそれだけなのに、明渓の望みが叶えられるのが、どんどん難しくなっていくようだ。


 明渓は後宮に来てから、おそらく一番親しくしていた者の顔を思い出す。

 線の細い体と、切れ長ではあるがあどけなさが残る目元、そして時折する突拍子もない言動・・・信じられない!!! ここが皇居でなければ、間違いなくそう叫んでいただろう。


 再び笑い始めた香麗妃と、これまた再び隅で回り続ける明渓をよそに、優秀な侍女達は手早く妃に新たな衣装を着せ、涙で取れた化粧を直し、簪を幾つも着けていく。


 いや、よく見ると簪を持つ指が震えているので、笑いを必死に我慢しているのかもしれない。


 侍女達の努力と使命感のもと半刻ほどで着替えは終わり、宴が行われる建物へと移動する為、席を立った。



 着替えをしていた部屋の扉を開けると、そこには春鈴がいた。

 明渓が香麗妃から護衛を頼まれた事を魅音に伝えると、意外な事にすごい剣幕で反対してきた。

 護衛がいるのだから、そんな危ないことをしないで欲しい、自分を大事にして欲しいと涙ながらに訴えてきた姿は、心打たれるものがあった。普段口やかましいと愚痴っていた自分を、妃賓として大切にしてくれていたのだと思うと、今までの行動を少しは反省しなくてはと思ったものだ。少しだけ。


 ただ、今更断ることはできないので、そう説明すると、今度は私も一緒に行くと言い出した。心配なのは分かるけれど、足を引きずっている者を連れて行くわけにはいかない。

 そこで、妥協案として挙がったのが春鈴を連れていくことだった。林杏には魅音の看病と留守を頼むことにし、東宮の許可のもと春鈴も一緒に宴から参加することになっていた。

お読み頂きありがとうございます

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