23.夏夜の宴 事件
僑月目線です。
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池の近くまで来ると、妃嬪達が青い顔で右往左往している。刑部の武官や宦官が妃嬪達に自分の宮に戻るよう説明したり、または送って行ったりしている。近くにいた宦官を引き留め、何があったか聞いた所、東宮の船に矢が射られたらしい。隣で聞いていた明渓の顔色が変わるのが、行燈の明かりの下でもよく分かった。
「それで、東宮達は?」
「お二人ともご無事だ。船は今、北の詰所に停まってる」
とりあえず安心するが、弓が射られたとは一大事だ。
「明渓様、貴女は宮に戻ってください。こちらの宦官に送らせましょう」
何か言いたげな明渓を無理に宦官に預ける。預けられた方も、何故こんな子供に指図されなければならないのかと不服そうだが、気にしてはいられなかった。
幾人かと肩がぶつかり、何度か怒鳴られながら北の詰所まできた。ここには韋弦がいるはずだが、詰所と船を大勢の武官が取り囲んでいて韋弦の姿は見えない。小柄な身体を恨めしく思いながら、背伸びして探していると詰所の左端にそれらしき人影が見えた。
「韋弦様」
声を上げ、大柄な武官達を掻き分けながら叫ぶと、向こうから慌てた様子で近づいてきて、手を掴まれ比較的人が少ない木の下に連れて行かれる。
「どちらに行かれていたのですか?留守番をしていない、姿が見えないと聞いてどれだけ心配したかお分かりですか」
低く、小さな声で言ってくる。声を荒立てたりはしていないが、長年の経験からかなり怒っているのが分かる。
「すまない、勝手な事をした。それより、何があった?」
それより、とは何だと言う顔をしながら早口で説明をしてくれた。
船は反時計回りにゆっくりと池を周遊していた。それが東の詰所から北の詰所に向かっている時に、船内から女達の悲鳴と警護の武官の怒鳴り声が聞こえてきた。慌てて外に出てみると、船が詰所の横の停留所へと向かって来るところだった。
詰所にいたのは、韋弦、宇航と武官が3名で、船から出てきた警護の者から話を聞き、武官一人を残して四人で船内に向かった。
船の中は騒然としており、護衛の者に囲まれた中に東宮と香麗妃がいた。東宮に肩を抱かれるようにして椅子に座っていた妃の顔が真っ青で震えていた。二人は船の真ん中より少し先端寄りの場所に椅子を置いて灯籠を眺めていたらしく、弓矢は座っている香麗妃の右腕から三寸程横を掠め、後の船の壁に刺さったようだ。
「弓矢に毒は?」
「ありません。弓矢は通常のものより半分程の長さに折れていました」
「折れていた?壁に刺さっていたのだろう?だとしたらいつ折れたんだ」
弓矢は放たれ、そのあと香麗妃の横を通り壁に刺さる。折れるタイミングはどこにもないはずだ。
「分かりません。折れた矢は護衛の者が回収をして行きました」
「香麗妃の様子は?」
「私が確認しました。脈は早く動転されていらっしゃいましたが、大事はありません。今は、医官と共に馬車で朱閣宮に向かっております」
韋弦の目線が僑月の左後で停まった。振り返ると、顔見知りの武官がいた。以前、医局に博文を捕まえに来た時にいた武官で、僑月の姿を確認すると、ほっとした様子で足速に近づいてきた。
「良かった、ご無事でしたか」
「うむ、心配かけたな。それで、どこから矢が射られたか分かったか?」
「はっきりとはまだ分かりません。ただ木の上で奇妙な灯りを見た、と言う証言をする者が何人かいました」
「場所は?」
武官はまっすぐ北を指す。東から北に向かう時、船の先は北向きになる。灯りが見えた場所から真っ直ぐ矢を放てば、船首にいた東宮達を狙う事は可能だ。
(一度船内を見てみたい)
そう思った時、後ろから声をかけられ、振り返ると、意外な人物達――明渓、青周、そして魅音を抱えている青周の部下がいた。
「どうしたんだ?宮に帰ったんじゃないのか?」
「いや……うん、そうなんだけど、何だ…か…気になって。侍女ともはぐれてたし…」
簡潔に言えば好奇心を抑えられずここまで来たらしい。先程の宦官は何処かでまいてきたのだろうか、ため息をつきたくなるが、まだ問わなくてはいけない事がある。
「で、この状況は?」
「あっ、それは、ここに来る途中の階段の上で魅音に会ったんだけど、そこで魅音が階段から落ちてしまって。で、足を痛めて困っていた所に同じく船を見に来た青周様に会って……」
で、青周の部下が魅音を抱えて詰所に来たらしい。
「あの、その方の治療をいたしますので、詰所の中に運んでいただけますか?」
いつの間にか、そばに来た宇航が青周の部下に話しかけている。丁度よいからそちらは、彼に任せる事にしよう。
「青周様がわざわざこちらにいらっしゃったという事は、これから船の中を見に行かれるおつもりですよね」
「そうだ、と言ったら?」
「私も行きます」
そうだろうな、という顔であっさりと頷いてくれた。しかし、
「私も行かせてください」
「はぁ?」
「はぁ?」
明渓の申し出に、思わず声を揃えてしまい、二人して気まずく顔を見合わせる。
「いや、明渓はだめだ」
「青周様のおっしゃる通りだ。魅音の治療が終わり次第今度は武官に送らせよう」
流石に武官相手に逃げる事はないだろと思う。確信はもてないが。
「青周様」
明渓は僑月をいない者として、青周を見る。
「青周様は、以前私に知っておいた方が良いとおっしゃいましたよね?」
「……あぁ」
以前とはいつの話だろうか、自分がいない場所で二人はどんな会話を交わしているのだろうか、気になり出すとキリが無い。
さらに、もう一度明渓は真っ直ぐに、あの青周を見据えて断言した。
「私も行きます」
「……分かった」
たじろぐ青周を見るのは、初めての事だと思った。
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