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32解.3


 (くりや)に入ると明渓は棚の前に立つ。

 

 では、先の話の続きからと、いつ孫庸が入れ替わりに気づいたのかについて話すことにした。


「私が昨晩、厨を訪れたのは二度。一度は日付が変わる頃の深夜、次は明け方寅の刻ほどです」


 これには春蕾がうなづく。側にいたので大体そのぐらいだったのを覚えているようだ。


「深夜、私は二階の階段の上で孫庸に会っています。ぶつかりかけた後、あなたは私が落とした紙を拾ってくれましたのね。その時随分びっくりした様子でしたが、何にそこまで驚いたのですか?」

「そ、それは……」


 言い淀む孫庸の襟首を春蕾が掴む。でも、それでも話そうとしないので、明渓が続けることにした。


「あなたが驚いたのは、紙に書かれていた字が笙林さんの字だったからでしょう。そして、その時初めて入れ替わりに気づいた。

 部屋に戻ったあなたは、麓で話題になっている顔の焼けた女の遺体や、紗麻さんの死、笙林と燈実の関係を考察した結果、真実に気づいてしまった」


 真底惚れた女が、他の男に現を抜かし、二人も人を殺した。そして、自分はその女の復讐のために人を一人殺した。


 どのような気持ちだったか、明渓には分からないし、分かりたくもない。しかし、怒りの矛先は笙林に向けられた。惚れていた分憎しみも深くなる。


「落とした紙には、『寅の刻に湯を用意しておく』と書かれていました。その時刻に私が厨に行くことを知ったあなたは、それを利用することを考え、この棚に仕掛け(トリック)を作りました。そして燈実を殺した罪も彼女に擦りつけようとした」


 明渓は手を伸ばして三段ある棚の一番下に触れる。


「玉風さんいえ、もう笙林と呼びましょう。私より背の低い彼女は一番下の棚さえ背伸びをしなければ届きませんでした。深夜にお湯を貰いに来た時も、寅の刻に来た時も背伸びをして一番下の茶葉を渡してくれました」

「ちょっと待て。笙林は寅の刻には既に死んでいる」


 泉の近くの雪に足跡がついていなかった、ということは、雪が止む前には湖に沈んでいたということだ。雪が止んだのは寅の刻より前。


「春蕾兄の言う通りよ。だから私が寅の刻に会ったのは笙林ではない」

 

 明渓の言葉に春蕾と白蓮は顔を見合わせた。


「では、最後に棚に仕掛けられた謎を解きましょう。棚に置かれた茶器ですが、昨日と今日では順番が異なっています。いったい誰がこの茶器に触れたのでしょうか」

「そんなの、驛文や萌じゃないのか」


 苛立たし気に孫庸が言うが明渓は首をふる。


「入れ替わった茶器は梔子と竜胆。夏と秋の花が描かれています。この宿は季節の装飾にはこだわりがあるようです。あの二人が季節外れのこの茶器に触れるとは思えません」

「なっ、そ、そんなこと……」


 偶然だ、と小さく呟く声が聞こえたけれど、明渓は聞こえない振りをする。


「それと、もう一つ。一番上の棚の少し上に釘を打った痕がありました。穴の状態から最近開けられたばかりのものです」


 釘を打ったのは昨晩だろう。驛文は耳が遠い。すこしぐらい厨で釘を打っていても気づかない。 


「なぜ釘を打つ必要があったか。それは棚の位置をずらす為です。棚は三段。一番下の棚を一番上の棚のさらに上に持っていき、置かれていた物も載せ替えます」


「待て待て、いったい何の為にそんなことをする必要があるのか?」


「孫庸が笙林さんに成り代わる為です。あの時刻、まだ薄暗く、灯りは私が持っていた蝋燭だけでした。顔は薄幕で見えませんし、離れていれば体格も分かりにくいです。棚の位置を上げ、背の高さを誤魔化せば気づかれないと考えたのでしょう」


 孫庸の体格は女のように華奢だ。しかし、そのままでは、背の高さまでは誤魔化せない。


 笙林は明渓より少し背が低く、孫庸は明渓より一、ニ寸ほど高い。


 笙林と孫庸の背の高さは三寸弱。ちょうど棚一つ分ぐらいの違いだから、棚の位置を変え出来るだけその近くにいれば、目の錯覚を利用して背の高さを誤魔化せると考えた。


「そして私が出て行ったあと、あなたは棚をもとに戻した。そうやって私に寅の刻に玉風が生きているところを見せれば、誰も笙林と玉風が同一人物とは思わない。でも、暗かったこともあり茶器の順番を間違えてしまった」


 明渓は、はぁ、と大きく息を吐いた。


「春蕾兄、私に分かるのはここまでよ」


 春蕾は明渓にちかづくと、その頭をクシャクシャと乱暴に撫でた。そして昔と同じようにニカッと笑う。


「流石俺の妹分、良くやった。あとは任せておけ。ここからは俺の仕事だ」

「春蕾殿、笙林の腹を裂いて胃の中をみれば食べ物の消化からもっと確実な死亡時刻が分かる。もちろん、赤子がいるかも。必要なら言ってくれ」


 白蓮が迷いのない口調で言う。刃のように鋭い眼差しにあどけなさは感じられなかった。


次回、自白。これで全容が分かるかと。


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