30解.1
「とりあえず順番通り紗麻さんの件から説明します。隣の長屋に移動しましょう」
明渓は白蓮から紗麻の書いた料理本を受け取ると、歩き始める。
部屋に入ると、紗麻の遺体がある寝台のすぐ下に布に包まれた笙林が横たわっていた。その横で孫庸が力なく座り込んでいる。明渓達が入ってきたのを見ても立ちあがろうといない。
「……孫庸さん、紗麻さんを殺した犯人が分かりました」
「殺した? 事故死ではなかったのですか」
感情が読めない目を向けてくる孫庸。明渓は小さく頷き、手に持っていた料理本を孫庸に見せる。
「紗麻さんは野草に詳しかったようで、それらを使った料理を書き溜めていたようです」
「……はぁ」
孫庸は要領を得ない顔で頷く。
「あの、どうしてこれが事故死でない証拠になるのでしょうか」
「野草に詳しい人が、ふきのとうと福寿草を間違って口にするでしょうか」
明渓の言葉に孫庸ははっと息を飲む。卓の上には萎びたふきのとうと福寿草の揚げ物が乗っている。明渓は、それを片手に持ち、もう片方の手を袂に入れる。
「白蓮様、先程薪暖炉でこれを見つけました」
手拭いに包んだものを慎重に取り出す。
白蓮はそれを受け取り中を見てやはり、と目を瞑った。
そこには焼け残った夾竹桃の枝があった。
「これがあったのだな」
「はい。おそらく死因は夾竹桃です。紗麻が福寿草とふきのとうを間違うことはない、とすればこの皿は別の人間がわざわざ用意したことになります。この皿を用意した人間が夾竹桃で紗麻を殺し、それを福寿草を食べて死んだように偽装したと考えるのが自然ではないでしょうか」
「しかし、煙で苦しめば気づくのではないか?」
「紗麻は眠り薬を盛られたと思われます。そして、煙りが充満し、息苦しさで薄ら意識を取り戻し、もがいた。それを孫庸さんが見つけたのは偶然でしょう」
明渓は悔しそうに夾竹桃を見る。初めてこの部屋に入った時に見つけていれば、毒の知識があれば、と今更ながら思う。
そうすれば、あと二つの事件は防げたのだ。
しかし、もしも、何てあり得ない未来を考えても詮無い。明渓は己で己を鼓舞すると、話を続けた。
「次に、ここがどうやって密室になっていたかですが」
「それも分かっているのか?」
「はい。全て分かっています」
明渓は窓に近づく。窓は、縦横に数本の細長い棒が打ちつけられ、格子状になっている。
目線ぐらいの高さにある、板が十字に交差した部分に糸を結びつけた。そしてその糸を持ったまま寝台へと向かう。
「おかしいとは思いませんか? この時期に懐に扇子を持っているなんて」
「確かに。だが、それが何か関係するのか?」
「鍵は扇子と一緒に懐に入っていました。まず、扇子を少し出た状態で懐に入れます。それから扇子に糸を一周巻きつけて再び格子に結びつけます。この時、先程より二つほど下の十字部分に付けます」
明渓は糸を結びつけると、春蕾から鍵を借りて外に出た。鍵の上部には小さな穴があいている。括り付けていた上の糸を解きその穴に糸を通す。そして鍵を持つ手を放す。鍵はするすると糸を通り扇子の部分でピタリと止まった。
「伽藍で、山門から仏殿へ縄を滑り降りた明渓のようだな」
白蓮がぼそりと呟いた。
「私もそれを思い出してこの仕掛けに気付きました。糸は扇子に一周巻いていますから、扇子に当たって胸元で鍵はとまります。そして、この状態で糸を手放し、下に括り付けた部分の糸をゆっくり手繰り寄せると……」
糸はするりと扇子を離れそのまま窓へと手繰り寄せられていった。
「この時、薪暖炉は燃えていました。おそらく糸が少し火に触れたのでしょう。犯人は慌てて手繰り寄せましたが、ここに少し焦げ目ができてしまいました」
白蓮と春蕾が窓に近寄り、明渓が指差す部分を見る。そこには黒く細い線がすっと入っていた。
「なるほど。これで密室は完成か。眠り薬を服用して寝ていたのであれば可能だな。だが、どうして紗麻は殺されなければいけなかったのだ?」
白蓮は紗麻の遺体がある寝台を振り返りながら聞いた。
「笙林さんがどこにいるかに、気づいてしまったからです」
「明渓は、笙林が隠れていた場所も分かっているのか?」
「笙林は隠れていません。私達は何度もその姿を見ています。もっとも顔は薄膜で隠され見えませんでしたけれど」
「……薄膜。では玉風が笙林だというのか!? しかしどうしてそう言い切れるんだ?」
明渓は料理本のある頁を、皆に見えるように広げる。
「玉風さんは数日前にこの落花生入りの焼き菓子を食べたそうです。以前は絶対に口にしなかったのに。普段から菓子を作っていた紗麻さんはそこで疑問を感じたのです。いえ、もっと以前から違和感は感じていたかも知れませんね。とにかく、これを食べたことが決定打となり目の前にいるのが玉風さんでないと気づいたのです」
紗麻と玉風は何年も一緒に働いている。他に違和感を感じていても不思議ではない。
偽物であるなら、目の前にいるのは誰だろうと考える。そうなると一番に思い浮かぶのは行方不明になっている笙林だ。
「玉風は落花生を食べれなかったのか。先程、明渓は過剰反応について俺に聞いてきたよな。と、いうことは」
「そうです。彼女こそが、梨珍さんが話ていた『顔を焼かれ赤い花を咲かせた女』です。落花生による過剰反応では呼吸困難を起こすこともあるのですよね。それから、身体中に蕁麻疹がでることもあると。赤い花とは蕁麻疹を現しているのではないでしょうか」
笙林と燈実が恋仲にあったことは事実だろう。
そして二人は玉風の過剰反応を利用した殺害方法を思いついた。おそらく、落花生を細かくしたものを料理に混ぜ食べさせたのだ。
玉風の遺体を麓まで運んだのは燈実だろう。大柄な男なら背負って馬に乗れば可能だ。
「入れ変わりをすると言っても、皆、玉風さんの顔も笙林の顔も知っています。そこで小火を起こし顔を火傷したことにして薄膜で隠すことを思いついたのです。しかし、予想外に火の回りが早く宿は半焼してしまった」
「つまり、紗麻は二人の入れ替わりを、孫庸に伝えようとして殺された、と言う訳か」
腕組みをした春蕾が、頭を整理するように呟く。
(朱亞さんが雇って貰えなかった理由も、二人の入れ替わりが原因でしょう。朱亞さんは玉風さんの顔を知っているので、もしものことを考え雇えなかった。萌さんは春には辞めるし、残るは耳の遠い繹文さんだけ。気づかれそうになったら辞めさせよう、とでも考えていたのかも知れない)
まさか、驛文まで殺そうと考えてはいなかったはず。明渓としてはそう思いたい。
「では、紗麻を殺し、密室を作ったのは笙林と燈実か」
明渓は力強く頷く。しかしその顔には犯人を見つけたことより後悔が強く浮かんでいる。
「三つの事件のうち動機がはっきりと分かるのはこれだけです。あとの二つは犯人は分かりますが、動機は私の推測に過ぎません。元来、本心なんて本人しか分からないものですからね」
「でも、犯人は分かっているのだな」
「はい。この仕掛けができるのは一人しかいませんから。今から残りの謎も解きます。一緒に来てくれますよね、……孫庸」
音のない部屋に明渓の声が静かに響いた。
解は3まであります。
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