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移民の住む場所は国家が指定。人権よりも治安維持

 マルキアの決算では、今年これまでに国が支出してきた総額が計上されていた。その総額はなんと、私が着任する以前の国家予算の約2倍に達するまでの額に膨れあがっていた。これまで国の支出拡大路線に積極的だった執政官達も、この税収を大きく上回る支出額にうろたえている様子だった。


「この負債額はすべて中央銀行からの借用のため返済の必要はないとのことだったが、このまま来年も同じ量の支出をすれば、国の負債額はいくらになるのだ?」


「収入を同程度と仮定するなら、負債額はさらに大きくなりますね」


「ではもう一年続ければ?」


「当然増加するでしょうね」


「そうやって借金が延々と積みあがってよいものなのか?」


「そのように懸念されるのは、無理もありません。ですが国の借金は、言い換えれば貨幣発行の履歴ともいえます。どれだけ貨幣を発行したかという履歴が増え続けることに、何か問題はありましょうか」


「うむ……たしかに負債が増えたところで、それは銀行の帳簿の額面が増えているだけの話にすぎん。実際国民の生活や、国の予算の執行に何ら不具合は出ていないからな」


「しかし毎年この規模の予算を組めるかといわれれば、それは違います。エリス、いま市中で売られているパンの値段は1個いくらでしたか?」


「銅貨1枚です」


「昨年はどうでしたか?」


「昨年も銅貨1枚であったと存じます」


「では問題ないでしょう。我々が懸念すべきは、パンの値段が銅貨2枚とか3枚になってしまうことです。そうなれば額面上の予算を増やしたところで、できることが半分とか3分の1になってしまい、意味がありません」


私はインフレーションについて、マルキアの感覚で分かるように議会に説明した。


「素朴な疑問なのですが、我々は貨幣発行で大いに市中のお金の量を増やしましたが、なぜパンの値段は上がらなかったのでしょうか?」


執政官の一人が質問する。


「それは国民が毎日3回食べる量のパンをつくるパン製作所があり、パンを製造する職人がおり、そのパンを作るのに十分な小麦畑があるからです。消費量に対して十分パンを供給できる生産力があるから値段は上がっていないというわけですね」


「十分な供給量があれば、値段が上がるはずがないと」


「その通りです。単純に考えれば、余っている物の値段が上がることは、かなり難しいでしょう。ですから、生活に必需な食糧や衣類などは、余らさないといけないくらいです。仮に小麦が不作だったり、パンを作る職人が減ったりすれば、価格が上昇することも考えられます。我々はそうならないように農産地を積極的に開拓し、店を出したいという者にも金融支援をしてきました」


「ではものの値段が上がるときというのは、貨幣の流通量が増えたときというよりは、供給能力が衰えたときと考えるべきか」


「おっしゃる通りです。我々は国の債務を拡大させてきましたが、あくまで生産力を上げる投資を支援してきました。仮にそうではない理由、たとえば特定個人の懐にいれるために支出を組むなどすれば、それは不健全な支出といえましょう。生産力の拡大に値しない支出拡大は避けるべきです」


「なるほど理解した。諸侯らは額面の赤字の多さではなく、その支出内容が国の生産力や防衛力、人口増加などに寄与しうるかについて監査するように。収賄目的をはじめとした不正な支出拡大は原則として認めぬ。よろしいな」


「かしこまりました」


 マルキアの公共事業は順調そのもので、街道は整備され、橋は老朽化したものが一新されていった。治水工事や他国からの侵略を防ぐ防衛拠点の建設も堅調であった。結果昨年の帝国の侵攻以来マルキアは対外からの侵略を受けていない。さらに洪水や川の氾濫などの水害も減り、農作物の出来高も安定してきた。

 マルキア国が豊かで平和な事実は周辺国にも知れ渡り始めた。そのような状況で最近おこりはじめた流れが、周辺国からの人口の流入である。特に近年民衆の生活水準が低下し、重税に苦しむ帝国から移民を希望する者が多くなってきたのだ。これについて素直に受け入れるべきかどうかについて議題に上がっていた。


「マルキアはもともと思想信条が個人の自由の国であるし、価値観の多様性には寛容だ。それにマルキアでは近年農作業や採掘業、建設業に従事する労働者の人数が頭打ちになりつつあり、他国からの労働力は是非とも求めていた所であった。しかるに移民の受け入れは積極的であろうと思うが、桐生殿はどのようにお考えか?」


 国王が私に移民受け入れについての意見を求めている。私も勤勉に職務に従事する移民であればあえて拒む必要はないと考えていたが、同時に重要なポイントの念を押した。


「外国から移民してくる労働者に反対はいたしませんが、移民してきた労働者を、マルキア人と同様の賃金に雇うことが肝要であると存じます。私が懸念したのは、外国から流入してきた労働者を低賃金で雇えることになったら、おそらく商人たちは安い賃金で雇える外国人を多く雇うことになる。そうするともともと働いていたマルキア人が職を追われることになってしまうため、この事態は避けたいということです」


 外国人のマルキア人の賃金を統一する仕組みは、外国人の最低賃金を保障すると同時に、マルキア人の職業を確保するためにおいても重要と判断され、採択された。


「また外国人を流入させるとなると、治安維持の問題も出てきます。異なる価値観の人種がともに暮らすのは意外と難しいのです。これまでマルキア内では民族の価値観として暗黙の了解だった文化も、規則として文章化する必要があると思います。さらに治安維持は憲兵達によって担われており、彼らも増員しなければなりません」


「そのように手配させよう。まだ心配なことはあるかな?」


「それからもうひとつ、住民が移民してきたとして、住むところは国が指定するようにします。その理由は、異民族に自由に居住先を決めさせれば、彼らはまず間違いなく密集して住むことを希望するでしょう。異文化のなかで同じ出身の者が集まって暮らそうとするのは当然の発想です。しかし我々はあえてこれを禁止します」


「それは一見すると人権侵害とも思われるが……」


「マルキアの治安を維持するために必要な措置なのです。なぜなら異民族が集まってそこが集落になってしまうと、そこはマルキアの法が通用しない治外法権地区になってしまいます」


「マルキアの中にマルキアでない地区ができてしまうのだな」


「はい。盗みが起きようが人が死のうが憲兵が立ち入ることすらできない地区になる可能性もあります。さらに移民達が団結して歪んだ権利主張を始めたり、反乱をおこしたりすることも想定されます。そのような事態を避けるために、移民達は居住区をばらばらに住まわせて団結させる機会をなくすのです。それが嫌なら、無理にマルキアに移住していただく必要はありません」


「ずいぶんと慎重で手厳しい判断であるな。桐生殿の祖国での経験談でもあるのかな?」


「少し個人的な感情も入っています。私見ですが、そもそも祖国を捨てて他国の恩恵を受けに行くという発想は、私はあまり好きではありません。その上でマルキアに来るというのであれば、居住区の指定くらいは受け入れていただきたいです。さらに当然のことですが、正式な手続きを経ない入国は認められません」


「難民の入国は治安の悪化を招くからな。移住希望者は必ず居住地と職が定まった上で入国していただくようにしよう」


 こうして移民対策についてはマルキアと同一の賃金で雇用することと、居住区は国の定めた所にするという条件のうえ認められることになった。とはいえしかるべき手続きを踏めば豊かなマルキア人になれるとなると、周辺諸国からの入国希望が殺到した。それだけ周辺国の住民は生活に困窮し、重税に苦しんでいたということなのだろう。マルキアに住めば住居と職が得られ、さらに労働者であってもそれなりの水準の生活が保障されるとなれば、それは貧困階級の者が求める理想の国なのであった。


桐生殿も祖国の思い入れがあるようです。次回、再び帝国の影が……

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