宣戦布告!政治家は座して待つのみ
グロリア帝国ではまさにマルキアが危惧していた通り、他国侵略のための軍拡を続けていた。ただし帝国は未だに金本位制の貨幣制度のままであるため、予算の制約が常につきまとっていた。すなわち軍事費を拡大するのであればどこかを削らなければならず、必然的に民間のための予算は削られ続けていた。また生産人口の多くが徴兵されて軍属となっていたため、民間では慢性的な働き手の不足がおこっていた。
帝国は悪化する社会情勢のなか、それでも戦争に勝利すれば植民地を得て富を得ることができることを強調し、民衆の不満を抑え込んでいた。しかしその方針のまま突き進んだことで、国民の不満度を抑えるにはもはや戦争をするしかないという段階まできてしまい、開戦は避けられなかった。帝国はマルキアに国境付近の領土割譲を迫るも、マルキアはこれを拒否。帝国はマルキアに宣戦布告をおこない、両国は戦争状態に突入した。
「ついに戦争が始まってしまいましたね」
エリスも生まれて戦争を経験したことがないらしく、先の見えない不安に駆られている。
「やらなければならないことが山積みだな。戦争になれば、実は資金は最も重要なものではなくなる。いかに豊かなマルキアでも、金があるだけでは戦争には勝てん」
「軍の強さが重要なのは分かりますが、それ以外に必要なものは何ですか?」
「実は戦争の気配がしだしてから、必要なお触れは既に出してある。大切なのは人的資源の量と、いかに軍事物資を生産できるかだ。したがって余るかどうかは考えなくて良いので、とにかく食糧や武器防具を最大限に生産するよう国民に伝えてある」
これまでの政策でマルキアの生産力の底力は比較的上がっており、もはや帝国にひけをとらない量の鉄鋼や食料を生産できるようになっていた。民間の生産力で国防軍全員に十分な物資がいきわたり、万全の状態で帝国軍を迎え撃つこととなった。
「国王様、帝国軍先鋒が国境に確認されたとのことです」
「想定通りじゃな。前線の兵には、要塞で籠城するよう伝えよ。迎撃戦闘は前線指揮官の判断の元、許可する」
「いよいよ来たな。できる限りの手はうってあります。あとは敵方が賢明であるのを祈りましょう」
私が漏らした言葉にエリスが反応する。
「敵方が賢明であって欲しいのですか?」
「その通りさ。私は敵国であれ、できれば血が流れるのを見たくない。要塞を目の当たりにして『こりゃ駄目だ』と判断してそのまま帰ってもらいたいのさ。それが両国にとって、多分一番良い」
「桐生様の仰る通りになれば良いですね」
「政治屋としてできるかぎりにことはしたさ。前線の兵を信じよう」
桐生らはマルキア首都にて果報を待つのみであった。
帝国軍を率いる将軍サーヴェルは、国境を越えて意気揚々とマルキアに侵攻してきたものの、要塞を目の前にした時点で進軍を停止する。
「将軍! 前方にマルキアの軍事拠点が見えます。」
帝国軍の前に立ちふさがったものは、幾重にも張り巡らされた塹壕、堅牢な城壁、侵入しようとする者に牙を向く弩弓や投石機を備えた、まさに無欠の要塞であった。
「マルキアめ、国境を守る気はないと見せておいて、内部にこのような要塞を築いておったのか。こちらの諜報部の失態だな」
「サーヴェル殿、我々は野戦でマルキア軍を撃破するつもりで来たのです。攻城の備えはありません。いかがいたしましょう?」
このような堅牢な要塞に無策で突撃しては、ただ兵を死なせるだけである。かといって迂回しようとすれば、大軍をもって追撃されることがサーヴェルには予測できていた。帝国軍は要塞より先に進むことはできずにいた。
「やむをえまい。かくなるうえは長期戦でいくぞ。要塞を包囲し、兵糧攻めにしてくれる」
帝国軍は要塞都市を囲い込み、封鎖して兵糧攻めにする戦法に出た。しかしその点においても帝国の見積もりは甘かった。マルキア要塞は大量の食糧や物資を内部に貯蔵しており、さらに畑や水源も城内にもっている。年単位の籠城が可能なため、まず兵糧攻めでの陥落は困難であった。
帝国軍がマルキア要塞を包囲し続け、全く戦闘がおこなわれないまま半年が過ぎた。敵地に留まり続けたことによって、ついに帝国軍の物資が底をつき始めた。軍への補給路が絶たれたわけではないが、肝心の国庫の物資に余力がなくなってきたのである。
「将軍、本国がこれ以上の物資は送れず、早期に決着をつけよとのことです」
「奴らの備蓄は底なしか。いささか見積もりを誤ったわ」
「本国からの指令もありますし、一戦交えますか?」
「とんでもない。補給が切れかけの兵で要塞に突撃するなど、愚策中の愚策よ。遺憾ながら全軍撤退だ。帝国本部には私から説明する」
これ以上軍をマルキア国内に留めることは困難であり、サーヴェル達は帝国内へ撤退を開始した。帝国国内の軍需物資は底をつきかけており、帝国これ以上の攻勢に出ることはできなかった。
「国王様、帝国軍、全面撤退とのことです」
「よくやった! 要塞内で士気を保ち続けて籠城した兵達をねぎらうように。十分な報酬も与えよ」
こうして一滴の血も流すことなく戦争は終結した。マルキアは籠城し続けた兵達をねぎらい、多大な報酬を与えた。他方帝国はこの戦争で得られたものは何もなく、ただただ物資を浪費しただけである。しかも戦争で得られるはずであった富もどんぶり勘定で予算に組み込んでいたため、帝国は大きく予算を組みなおさなければならなかった。
帝国軍の規模についても、縮小して資金や人員を民間に返還するべきであったのだが、帝国はそれとは逆の方針をとった。すなわちなんとしてもマルキア要塞を陥落させるために、あろうことかさらなる軍事予算の膨張におよんだのだ。このための資金はやはり追加の徴税でおこなわれた。ただでさえ細っていた帝国の民間をさらに痛めつける打撃となり、国民不満度はさらに増していった。兵員の増員もおこなわれたものの、限られた予算内であることから、兵一人あたりの賃金はさらに減額させられた。これにより民間だけではなく、軍内部の不満も大いにたまる結果となった。
戦争はお互い無血で集結。しかし両国それぞれの先にあるのは繁栄か、没落か……
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