この国にもあった消費税。即刻廃止せよ!
マルキアの税制は、私の母国との共通点がいくつかあるようだ。
「まず土地や家にかかる資産税、商売の利益や仕事の収入にかかる収入税、それから買い物をしたときにかかる消費税が、マルキアの税制でございます」
「なるほど……税金の仕組みというのはこのくらいシンプルな方が望ましいな。何種類あるのだというくらい税金が多い私の母国の役人達に、見せてやりたいくらいだ」
「ただ桐生様がマルキアに来るまで、マルキアの資金難のせいで年々増税が続いており、民衆からの不満が募っている所なのです。なんとかできないでしょうか」
マルキアは中央銀行の設立により、税収に頼らない財政政策の仕組みを築けたといっていい。しかしさらにマルキアの国力を高めるためには、この税制の改善も必須だろう。私はマルキア議会で、税制の改善について説いていくことになる。
「まずそもそも税金の役割について、説明する必要があります。おそらく皆様は、税金は財源を確保するために徴収するものだと解釈していると思います。もちろん前年の税収を次年の支出に用いてはいるので全て間違っているわけではないのですが、私はあえてこの価値観を根本から否定します」
「『借金を返さなくて良い』の次は、『税は財源の確保ではない』か。桐生殿のおっしゃることは、毎回我々の発想からは飛躍しておる。しかしそなたが来てから国が豊かになったことも事実だ。よかろう。続けてくれ」
これまでの功績から、王は私の話を聞いてくれるようだ。
「ありがとうございます。まず国の支出において、税収による財源は必須ではありません。不足分を中央銀行からの資金調達で補える以上、資金が足りないから増税で補う必要はまったくないのです」
「これまでは予算が足りない場合は、どこか無駄なところを削るか、あるいは増税してきたのだが、それは間違っていたということかな?」
「金貨銀貨しか用いていなかった時代では、そうせざるを得なかったかと存じます。王達が私の方針に賛同していただき、中央銀行が開設できたからこそ、発想を転換できるようになったのです」
「そうであるか。しかしそれでも、安定した財源としての税収は依然必要ではないのかな? 財源がなくては兵士に給料も払えぬ」
「そもそも国の支出と税の収入はどちらが先にあるかといえば、当然国の支出が先にあるのです。今王様がおっしゃった、国の兵士に例えてみましょう。兵士は賃金の一部を国に納税していますが、その賃金は国の支出が先になければ発生し得ないのです。どんどん繰り返して過去に遡っていくと、国は最初の賃金は何もないところから兵士に払っていることになります」
「たしかに今わが国の兵には、借用証書によって賃金を支払っておる。あの証書は以前桐生殿が見せてくれたように、帳簿に貸し出し記録を書くだけで発行されていたな」
「その通りです。したがって『財源がないから賃金を払えない』といった状況はそもそも起こり得ません」
「それではそもそも税金は何のために必要なのか?まさか国を治める者として、このようなことを聞くことになるとは思わなかった」
税金は財源の確保のために徴収するという固定概念をやぶるには、さらに説明する必要があるだろう。私は言葉を続けた。
「税金は財源の確保ではなく、物価の上昇を抑える目的で調節すべきなのです。資金が商品の量を超えて流通してしまうと、商品の値段が上昇してしまう。これは国を運営するにおいて好ましくない状況です」
「以前、橋をつくる話を例に出してくれていたな」
「あの話と考え方は同じです。ものの値段が上がりすぎる状況では貨幣の価値が下がってしまい、予算を組むにしてもこれまで以上の額面で計上しなければならなくなる。そうするとさらに流通する資金の量が増えて、ものの値段が上がるという悪循環に繋がる。こうならないために、市場から余分な資金を回収する仕組みとして、税金は必要なのです」
「過剰な物価の上昇を抑えるためにあると」
「もうひとつの役割として、税金には富の再分配機能があります。商売で巨万の富を得るものがいる片方で、その日暮らすのもやっとな貧民がいる状況は好ましくありません。そこで商売で大儲けをした商人からは税金を徴収し、貧困者へ補填するようにすれば、貧富の差をある程度是正できるでしょう」
「格差は治安の悪化や犯罪にもつながるゆえ、国としても是正に取り組みたいところよ。なるほど、これからの税金は、そのような目的で集めねばならんな」
「さて税金の役割が物価上昇の抑制と、貧富の差の是正とご理解いただけたところで、この国の税制を見直してみましょう。資産税と収入税は必然的に所得の多いものから多く徴収することになっているから、特に問題はないでしょう。問題なのは買い物をしたときに発生する消費税です」
「消費税は、富豪の方がたくさん買い物をするから、消費税も多くの額を収めているということになっていないか?」
「一見納得のできる制度になっているように見えますが、本質は違います。消費税の問題点は、本来は徴税する必要のない貧困層の者からも、容赦なく徴収してしまうという性質があります。人間生きていくためには一定量の水と食料、それに着るもの、住むところなどは必須です。所得のほぼすべてを衣食住にまわさなければならない貧困層と、所得の1割以下で衣食住をまかなえる富豪では、負担となる割合が大きく違うのです。すなわち消費税は単に額面の大小ではなく、どれくらいその人の負担になっているかをみなければなりません」
「いわれてみれば確かに、貧困者からもほぼ一定の税として徴収しておるな」
「そしてなにより、消費税は商売が盛んなときも、冷え込んでいるときも、たとえ戦争中であっても一律に効いてしまうので性質が悪いのです。本来は商売が盛んかで自動的に調節する機能があるのが、良い税制なのです。その機能がない消費税は、言うなれば欠陥税制とみなしても良いです。私は以上の理由から、消費税を廃止することを提案いたします」
私の発言は予想のさらに上だったらしく、執政官たちがざわめく。
「消費税を廃止してしまうと、当然それによって税収が減ることになるが、その点はどうするのか?」
「たしかに一見すると税収は減りそうに見えますが、買い物に税金がかからなくなって商業が盛んになれば、国民の所得が増えて収入税の増加は見込めます。巨万の富を築いた者が豪華絢爛な屋敷をたてたり、広大な土地を庭園にしてくれたりすれば、そこからの資産税も増えます。そしてそもそも、税収を財源としてあてにしているわけではないので、仮に他の税収が伸び悩んだとしても問題はありません。むしろ税収が少ないという状況は、商売が冷え込んでいるということであり、市場から資金を回収すべき状況ではないでしょう」
私は消費税廃止の反対派に対して説明し、最終的には納得してもらえた。
マルキアは消費税を廃止したことによって、国民の商売はより一層盛んになった。特に支持を集めたのは、やはり衣食住においてぎりぎりの生活をしていた貧困層からである。彼らにとってはこれまで消費税で徴収されていた税率の分が、ほとんどそのまま自由に使えるようになったため、生活の質が向上したとのことであった。そして国民全体の買い物の量が増えたことで富豪もより一層商売が儲かるようになった。消費税を廃止することで、すべての国民にとって好循環をもたらしたのである。
税制改革によって、マルキアの民はより一層豊かになったそうです。次回、国防にもメスが入ります。