財源論は諸悪の病巣
帝国内の不安分子は貴族たちだけではなかった。帝国首脳陣の多くは、中央銀行からの資金調達を懸念している様子だった。これまでは帝国の支出は、税収をもってまかなうことを前提としてきたため、その価値観を捨てきれずにいるのだ。私は議会で丁寧に説明し、彼らの貨幣観を正していく必要があった。
「国の財政を借金でまかなうことを続ければ、いずれ借金を返せなくなって国が破綻するのではないか?」
このような意見を持つ者が非常に多く、現主席のサーヴェルも例外ではなかった。
「よろしいですか? まず国の自国通貨だての借金は、返すものではないということをご理解ください。さらに言うなら、仮に返済を行うことになっても、帝国は貨幣を発行できるのですから、自国通貨の債務では破綻しようがありません」
なお、帝国は以前マルキアから金貨の借用を受けている。これに利息や返済期限が設定させていたなら、債務不履行になる可能性は存在する。だから私はマルキアのこの貸付は無期限無利子にしておいたのだ。
私は自国通貨の借金で返済不可能になる可能性などありえないと説明し、さらにそもそも国の中央銀行への借金を返済する必要がないこともあわせて強調した。しかし借金という言葉を使うから返済する必要があると考えてしまうのだろう。
「民間の債務と国の債務は異なるものなのです。国の中央銀行への債務は、言い換えれば、貨幣発行履歴といってもいい。国が支出する際に中央銀行から金貨100枚分の銀行券を借りて、それで公共事業をおこなったり、兵士に給料を払ったりします。そのとき中央銀行の帳面に、帝国様貸し出し金貨100枚と記録される。ただこれだけの話なのです」
「その額面が1000枚だとか10000枚だとか、果ては存在する帝国金貨の総量を超えてしまっても、問題ないというのか?」
「それ自体は何ら問題ではありません。なぜなら流通において、金貨よりも銀行券の方が利便性が高く、だれも銀行券を金貨に代えてくれという者がいないからです。その貸付額の帳面は、帝国が存続する限り未来永劫計上し続ければ良いだけです」
議会の質問は止まらず、私は答弁を続けた。
「それでも国の借金を残すことは、将来世代へのつけを残すことになるのではないか?」
「返済する必要のない借金を残すことが、将来世代へのつけになるのかはそもそも疑問です。将来世代へのつけは貨幣の問題ではなく、むしろ貨幣があっても物を生産できない状況にしてしまうことが、将来世代を困らすことになるでしょう。具体的には、敗戦後の帝国の状況を思い返していただきたい。荒れた農地、朽ち果てた坑道、老朽化した橋や道。これらを放置することこそが、将来世代へのつけなのだ。そうならないように資金を投入して整備することに、何ら問題があるのでしょうか」
帝国首脳陣との舌戦は続く。
「このまま貨幣の発行を続ければ、帝国金貨の価値が下がってしまうのではないか?」
「帝国が帝国金貨でも帝国銀行券でも同じレートで納税を認めている以上、その価値がぶれることはあり得ません。貨幣の価値が下がるというのは、これまでパン1個が銅貨1枚で買えていたのに銅貨2枚必要になることです」
「……つまりどういうことか?」
「これはパンが値上がりしたとも解釈できるし、貨幣の価値が下がったとも解釈できます。どちらがより厳密な解釈か説明するならば、それはパン以外のものの値段をみるといい。小麦が不足しただけであればパンの値段だけが上がるだろうし、貨幣の価値が下がったとすれば、すべての商品のものの値段が上がっているはずです。もちろんどちらの状況も避けるべきですがね」
ここまで議論で、貨幣の価値が下がらない限りは、帝国は支出拡大できることがなんとか飲み込めたようだ。
それを理解した上で軍担当者は、軍の規模自体は今のままで良いので装備や防衛施設を一新したいと陳情してきた。予算上の制約がないのであれば、この機会にと考えたのだろう。この発想は実は悪くない。マルキア国からきている私が言うのも変な話だが、対外からの防衛手段というのは国を国たらしめる上で必須だからだ。
一番悪いのは、非常に豊かで作物も資源も豊富だが、防衛手段は持たないという国だ。このような国ははっきりいって、無慈悲な侵略者があらわれたときにどうすることもできない。侵略者からみれば労せずして豊かな土地を支配することができる。裸の美女が寝ているような状況だ。そうならないためにも、軍の整備はおこなうべき案件だろう。
軍の強化は兵や装備を充実させるのはもちろん、防衛設備の設置も重要である。より少ない兵力で効率的な防衛をおこなうためにも、国境周囲に防衛線を張り巡らせる計画をたてた。幸い帝国は石材や鉄の資源産出が多く、労働人口も多く動員できるため、現実的な計画であった。
「まってくれ。現在帝国周囲に敵対国はいのだろう?強固な城壁を作るなど資源と人員の無駄ではないかね?」
このような指摘をする者がいた。マルキアに帝国を攻撃する意図はないなら、防衛予算は無駄な支出になるという主張だ。
「その理論を発展させるなら、洪水はおこらないかもしれないから堤防は無駄、火事はおこらないかもしれないから消防団はただ飯食らいとか、そのような理論ですね。敵が攻めてこないから城壁は要らないというのも、ただの希望的観測です」
「桐生殿はまさか……帝国を豊かにしておいて、後にマルキアから侵略するつもりでおられるのか!?」
「そのようなことは言っておりません。マルキアと帝国は現在友好的ですが……、将来どのようになるかは分かりません。我々が引退したあと、あるいはいなくなった後に、未来の国家主席が領土欲にかられて侵略戦争を仕掛けないとも限りません。それを少しでも防ぐために、両国を侵略ではなく防衛戦略を中心とした軍事戦略に転換させることが私の狙いなのです」
お互いの国の防備を強固なものにしておき、攻め込んだ方が大損害を被るようにしておく。結果として将来の戦争を抑止できるかもしれない。国の安全を後世にも残せるのだから、国の防衛力を高める工事こそ、今行うべきことだと考えていた。
帝国議会も徐々にまとまりつつあります。次回は再び、マルキア国へ。




