国家復興!赤字で良いから兵士は雇え
「帝国の内情は散々たるものだな。侵略国家としての帝国は張子の虎だったわけだ。老朽化した公共物は放置されたままだし、農地や鉱山も労働人口の減少からか、荒れ果てている」
私とエリスは帝国領内を視察し、徴兵と増税の果てに衰退してしまった街並みを目の当たりにした。
「まずはどこからとりかかりますか? マルキア同様、中央銀行の設立を提案なさいますか?」
「それも必要だが、もう少しあとの段階だ。あれは国家の信用がなければそもそも機能しない。信用のない国家の借用証書など紙屑もいいところだからね。疲弊しきった国を復興するには、まずは食糧と衛生、それに安全の確保からはじめよう」
私は帝国議会に招かれ、早速国の方針を説明することになる。とはいえ今のサーヴェルをはじめとした国家指導者たちは、元々権力者ではなく、志を同じく立ち上がった兵士上がりの者たちだ。政治の経験はなく、はっきり言ってどうしたらいいのか分からない状態に見える。また、帝国内の領地を治める貴族たちとの連携もまったくとれていない様子だった。
「この国の労働人口の多くが軍属となっている状況です。まずはこの者達を、民間に返還するべきだろうか?」
サーヴェルが、兵役の解除を提案した。私はその問いに対して答えていく。
「いや、いっそこのまま彼らを国が雇い続けましょう。その方が賃金を保障できます」
「しかしそうしますと、帝国の財政がもちますでしょうか」
「この際国庫はほとんど残らないと思ってください。グロリア帝国はもともと昔のマルキアの2倍の国力を誇った国で、底力はあるはずです。雇用によって民間に貨幣を供給した後に、貨幣を預かる仕組みをマルキア同様に設立します。ただし国庫にばかり金貨が残っており、民間に貨幣がない状態では銀行業も意味を成しませんので、先に国が支出を増やす必要があります」
「しかし国庫が残らないとなると、いざというときに支出する財源がなくなってしまうのではないでしょうか?」
「そもそも国に財源など必要ありません。中央銀行の制度さえできてしまえば、貨幣自体は銀行から容易に調達できます。あとはその貨幣の価値を保障できるかどうかです」
「マルキアはその方法で飛躍的な成長を遂げたと聞いておるが、その貨幣の価値の保障とは具体的にどのようにすればよいのだろうか?」
「細かい説明は省きますが、まず大前提として、中央銀行から発行された借用証書を、納税の支払いとして認めることです。これで帝国金貨と帝国の銀行券の価値は等価になります。そして肝心な価値の保障ですが、内需に必要な物資を十分に生産して供給することです。特に食糧や衣服などが品薄で高騰することは、貨幣の価値を著しく下げてしまいます。まずはこれらの供給を安定させましょう」
帝国は軍の人員を食糧生産や綿花、羊毛の調達等にあてた。これまで戦闘訓練ばかりしていた軍人たちは、最初は困惑した様子だったが、生産された食糧や衣服は飛ぶように売れていった。しだいに彼らはもの作りの楽しさを覚え、帝国軍なのか、農耕団体なのか、酪農団体なのか分からない組織へ改革されていった。
数か月後、エリスが各事業の資料をまとめて報告してくれた。
「かなり民間の生活水準は回復してきたようです。そろそろ頃合いではないでしょうか」
「そうだな。では軍のうち治安維持部隊を除いた者達を民間に返そう。これからは自由に人を雇い、土地を耕し、生産にいそしめるようにする。近々事業を拡大せんとする者たちに資金を融通する機関を開設する予定であるから、それまでに企画をまとめておくよう通達してくれ」
「かしこまりました」
それからほどなくして帝国銀行が開設された。機能はマルキア国のものと同じく、貨幣の預かりと融資だ。金貨銀貨を預けたものは帝国銀行発行の借用証書を受け取り、さらに借用証書での納税も認めることを通達すれば、国民は自然と借用証書を取引手段として用いだした。さらに銀行からの融資も金貨ではなく借用証書を貸し出すことで、帝国は金貨の総量以上の貸し付けも行えるようになった。
また、帝国国民を苦しめていた重税についてもメスを入れるべく、私は帝国議会にて弁をふるった。
「これまで帝国で採用されていた税は、いわゆる人頭税ですね。これはその者の所得や消費量に関係なく、人ひとりにつき税金の額が決定するというもので間違いありませんか?」
「間違いありません。以前の帝国指導者達も、平等な税制だとして疑問も持っていませんでした」
サーヴェルの話によると、帝国は歴史的にこの税制を採用していたとのことであった。すなわち皇帝陛下の下には貴族も兵士もみな平等であり、これに差をつけないという理念にのっとっていたようだ。
「一見するとすべての住民に対し平等な税制にみえます。しかし、税が貧富の差の是正を目的とするという視点からみると、富豪からも貧困者からも一律に徴収するというのは道理が合いません」
私はこの帝国の伝統に真っ向から異を唱え、さらに言葉を続けた。
「この税制のせいで、戦争末期の帝国市民は困窮することになり、一方で資産に余裕のある帝国貴族たちはほとんど生活水準を下げることなく生活できたのです。帝国は税制改革の際にただちにこの制度を撤廃し、所得と資産に対する徴税へ切り替えることを提案いたします」
私の提案に対し、周囲に驚きが走る。
「驚くのも無理はありません。以前のマルキアの皆様も、税の徴収は財源の確保のために行われるものだと信じておりました。そしてその貨幣感は、金貨銀貨が流通している国家の中では、決して間違っていません」
「我々の今まで信じてきた貨幣の考え方が通用しないというわけか?」
「帝国銀行が開設された今、銀行が貨幣を創造することができるようになったのです。そして国は、銀行の経営者であります。貨幣を創造できる立場にある国が、どうして財源確保を目的として徴税する必要があるのですか。支出するには貨幣を発行すれば可能です。そうすることで、民間に流通する貨幣が増えていき、国民が幸せになっていくのです」
私は以前マルキアで説明したときと同様に、貨幣創造の仕組み、徴税の目的は物価上昇の抑制と格差の是正であること、国が支出を増やせば民間の貨幣の量が増えることについて、帝国議会で粘り強く説明した。サーヴェルら帝国代表者も、最初はにわかに信じがたいような態度であったが、現にその方法で成長を遂げたマルキアが何よりの証拠であると突きつけると、徐々に納得しはじめたようだった。
帝国はこれまでの人頭税を廃止し、保有する資産と所得に対して課税する税制を新たに採択した。この改革はこれまで重税に苦しんでいた大多数の市民からは支持されたが、大いに反発する者たちもいた。それは帝国内で資産と領地をかかえた貴族たちである。
「桐生様、貴族たちが、彼らの所有する土地や財産も課税対象になるのは許されないと直訴してきています。さらに貴族たちは国家に反発するために貴族連合を結成したそうです。その下には貴族たちの領民兵や傭兵団で構成された軍隊までもが設立され、武力行使も辞さない構えとのことです」
私が帝国社会を視察した際、この動きは予測できた。やせ細った街並みに対し、不釣り合いに豪華絢爛な貴族たちの屋敷や庭が目に付いたからである。これからは所有する財産に対して相応の納税が必要になるため、この反発は必須だろう。
「この動きは捨て置けません。貴族たちに国の決定に従うよう、最終通告を出してください」
国から再三の命令を発するも、貴族連合はこれを拒否した。ついに戦争によって貴族の立場を勝ち取ろうとするため、貴族連合軍は帝国首都へ向けて進軍を開始した
現代の貨幣理論は隣国においても大活躍!次回は貴族連合軍が迫ります。
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