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第七十二話「教会の書庫」


「ところで、君たちのご家族ってどこにいるわけ? しばらく僕たちと行動を共にしてもらうから話をしておこうと思うんだけど」


 事情を話しお互い合意のもと協力を得ていること、そして二人のことを注意するよう家族には伝えなければいけないだろう。


「⋯⋯孤児なのは本当です」


「⋯⋯そうなんだ」


 誰も言葉を発することのない時間がすこしもどかしい。先ほどのこともあって二人の言うことが信じられない自分にもすこし嫌気が差した。

 それから、誰もが一言も言葉を発することなく教会を目指す。うんざりする程強かった日差しは先ほどよりも僕たちを厳しく照らし、一歩一歩歩みを進めるのを難しいものにしていった。




 街の人たちは、謝罪を受けると面をくらったような態度を見せた。そして、「反省しているようなら」と、彼らの謝罪を受け入れてくれた。

 二人の顔に、少しだけ安堵の表情が見受けられる。


「⋯⋯なあ、どうしていちいち謝らせたんだ? 確かに謝るのはいいことだがそこまで俺たちがみる必要はないと思うんだが⋯⋯」


 耳打ちで他の人に聞こえないようケルが僕にささやく。しかし、僕にはそれなりの理由があったのだった。


「確かに、彼らが自発的に謝ればいいことなので私たちがついていく必要はないのですが⋯⋯。謝ることって難しいんですよね。自分の非を認めて、それを相手に示す。⋯⋯僕も最初は謝ることが難しくて」


 謝れば気持ちも楽になることは知っているのに、言葉が出ない。そんな思いを僕は何回しただろうか。彼らにはそんなことで後悔して欲しくはない。


「⋯⋯お前、変わったな。旅を始めた時よりずいぶん真っ直ぐになった気がする」


「⋯⋯僕も、一人だけではずっと昔のままでした。ありがとうございます」


 唐突の感謝の言葉に驚いたのか、恥ずかしいのか、彼は視線をそらして一言「あぁ⋯⋯」と呟いただけだった。




「⋯⋯さすが。城下町の教会なだけあって大きいわね」


 大きな建物はもちろん、かなりの広さの薬草園も併設してあるようで全て回るのは時間がかかりそうだ。大きく伸ばした枝をゆらゆらと揺らすローズマリーの茂みに触れてみると、特有の香りが鼻腔につく。


「期待を持てるけど⋯⋯。時間かかりそうだなぁ」


 触れた手がほんの少しベタつくほどに芳香成分を含むローズマリーの枝。デヴァリニッジも今頃は春だろうか?


「⋯⋯ま、新しい人手もいることだし。こいつらをこき使って探索するか」


 狐の兄妹の表情は、苦い物を食べたような、嫌そうな顔をしていた。それでも手伝ってもらうことには変わりないけど。



 薄暗く、外気よりもひんやりとしたそこは過ごすのには最適であったが、なんせ埃っぽい。古書特有の匂いがページをめくるたびに舞い上がる。


「⋯⋯ない。⋯⋯この本もダメなの!?」


 ネリルの声が、書庫に響く。その反応はもっともで、関連しそうな本のある棚を半日かけて五つ分探してみても月の呪縛を解く方法は載っていなかった。本を開きすぎてこの街のことや地理が頭に入ってしまうほどだ。


「関係のありそうな本はあらかた読んだはずなんですけど⋯⋯」


——僕たちが想像していたよりも、月の呪縛を解くのはずっと大変であるようだ。


 静かな書庫に、お腹が鳴る音が響く。⋯⋯多分僕だ。


「⋯⋯というか、腹、減ったな」


 そういえば、今日はお昼を食べていない。看病したり、資料を探したりで忙しすぎたのだ。それ故にお腹が鳴ってしまうのも無理はない。


「今日はこの辺にしておきますか⋯⋯。僕も本の読み過ぎで頭が痛くなってきました」


 分厚い本の最後のページをパタリと閉じると、細かいホコリが宙にハラリと舞った。


「神父さんに聞いても何も知らないようでしたし、ここに手がかりがなかったらどうしましょうか⋯⋯」


「その時はその時さ。教会じゃない別なところも探すことにしよう」


 空はもうすっかり暗くなり、人通りも昼より少なくなっていた。騒がしかった街の様子のみしかみていなかったため、少し新鮮に感じる。


「昼に比べたらずいぶん人通りが少ないわね。この雰囲気も悪くないかも」


 建物の外壁がほぼ白であるためか、外灯の明かりを反射して暗闇からぼんやりと浮き出るのが幻想的だ。


「あ、じゃあ俺たちはこっちだから」


 手を繋ぎながら分かれ道へ進んでいく二人。確かにお金を盗ろうとするのは悪いことだけど、なんだかんだで妹のことは大切にしているようだ。



 足に疲れを覚えてきた頃、ようやく目的地に帰り着く。これだけ広いなら、きっとどこかに月の呪縛に関係する情報はあるだろう。そう考えることにした。

 ドアを開けるや否や、活発な様子でこちらへ声をかける主人。どうやらなにかいいことがあったらしい。


「よし! 君たち、私は新しい商売を思いついたぞ! 試作品だ、食べてみてくれ」


 お皿に並べられた色とりどりのドライフルーツ。砂糖をまぶしたように少しキラキラとしていて綺麗だ。


「まあ、美味しそう!」


「ほう⋯⋯これは」


 三人がそれぞれ宝石のようなそれを一つづつ摘んで口に入れると、酸味と甘味がちょうどよく調和してとても美味しい。


「⋯⋯わあ! おやつにぴったりです!」


「ハハッ、そりゃあ良かった。君のおかげだよ」


「絞りカスも美味しく食べることができるように思いつくなんてネスロはすごいわ! この気候ならすぐに乾燥できるから沢山作ることもできるしぴったりよ」


 こりゃ商人として一本取られた! と大きく笑う主人。見ず知らずの僕たちをこんなに暖かく迎えてくれることにありがたく思った。

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