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第十三話「安らぎの喫茶店で」

 人間の子供が何を好むのかほとんど分からないが、とりあえずということでそこらにあった手頃で獣人も入れる喫茶店に入った。

 入ろうとした時、ネスロは遠慮する様に手を引いていたがそれに気付かないフリをして半ば無理やり引き込んだ。


 落ち着いた店内。あまりにも静かすぎる。カップが置かれる音が煩く感じられるくらいに店内は静寂だった。


「あの、ここは?」


「⋯⋯ほら、選べよ」


 思いつきで入ってしまったことが、冷静に考えると気恥ずかしい。入店はできるものの獣人なんて店内にいるはずもなく、まして男の姿もない。メニューを粗雑に渡すが、視線が定まらない。

 本当は早く決めて欲しいのに、ネスロはなかなかメニューを選びたがらない。


「⋯⋯頼めませんよ。だって、僕が稼いだお金なんてほとんどないんですから」


 このままでは時間がかかる。差し出したメニューをこれまた奪い取るようにして読んでみる。我ながら無骨だと思った。


「いいからほら、頼めよ。えーっと⋯⋯これなんか美味しそうだぞ」


 お菓子の名前なんてほとんど知らない。適当に美味しそうな名前の物を指さして見せる。

 すると、ネスロがクスクスと笑った。


「⋯⋯どこがおかしい?」


「だってそれ、とっても苦いやつですよ? もしかして、そういうのが好きなんですか?」


 適当に指を指して恥をかいた。メニューをよく読むと、「薬草の煎じ茶」と書いてある。こんな思いをするならもっとしっかり確認すれば良かった。

 少し笑みをこぼしながらネスロが手を差し出している。


「⋯⋯少しメニューを見せてくれませんか?」


「あ、ああ。ど、どれを選んでもいいぞ!」


 目を輝かせながらメニューを眺めている。それが喜びによるものなのか、涙によるものなのか。しかし、普段と違う様子が新鮮だ。


「それじゃあ、このパンケーキを二人で分けませんか?」


 指さしていたものは、大きい割に値段もそんなに高くない物だった。おそらく負担を考えているのだろう。コストパフォーマンスの良いものを見極めているようだった。

 それでは格好がつかない。こんな小さな子供に遠慮をさせて何が剣士だ! と、自分を鼓舞する。


「⋯⋯もっと食べたい物ないのか? ほら、これとか。えーと」


 今度は、しっかり文字を読んで選ぶ。マスカレート。これは美味しいことを知っている。


「⋯⋯マスカレートパイ、ですか」


 ジッと懐かしそうに文字を見つめている。パンケーキよりも良いお値段だが、ここは腹を括ろう。また魔物を狩ってくればいい。


「⋯⋯マスカレートパイ、美味しそうだぞ?」


 下を向いて黙っている。もしかして、何か気に触ることを言ってしまったのだろうか。


「もしかして、嫌いか?」


「⋯⋯大好物です。ただ、今の僕たちには少し高すぎますし、もう少し生活が安定したらご褒美として一緒に食べましょう?」


「⋯⋯あ、ああ。それじゃあ、パンケーキ、頼んでくれ」


 その言葉ににっこりと微笑み、ネスロは店員を呼んだ。結局俺は頼りにはされていない気がした。


「はい。すみません、注文してもいいですか?」


 遠くから、店員の声が聞こえてきた。ネスロは笑顔でパンケーキをナイフとフォークを二組ずつと共に注文すると、待ち遠しそうに腕を組んでいる。店員の不思議そうな目が印象的に残った。

 しばらくその姿を見つめていると、いきなりこちらを見て口を開く。


「⋯⋯あの、わざわざありがとうございます。どうも、最近ホームシックみたいで」


「⋯⋯そうか」


「実は、僕自身どうして獣人が差別の対象になっているのかが分からなかったんです。村の学校では昔からの慣習だとしか習わなかったし、気になって本で調べてみても『人間を主食としていたから』なんて書いてあって。⋯⋯もしも主食としていたなら今人間を食べていない獣人は多分絶滅しているはずですよね。それなのにどうしてそんな記録が残っているんだろうって。そう考えたときに、やっぱり人間にとって都合がいいからなのかなって思ったんです」


 伏し目がちに話すその姿は大人びていて、とても十歳の子供には見えない。


「人間が人間を支配しようとすれば、それは争いや反乱の原因になる。しかし『獣人である』という理由があれば、その争いや反乱も起きにくくなるのかもしれないって。たしかに理不尽ではあるけれど、『そういう種族』と片付けられてしまうのではないかと。それに気づいていた僕の両親は『それはおかしい』と反論していたのかもしれません」


 しばらくの沈黙の後、再び口を開く。どこか憂いを帯びた姿をしていた。


「⋯⋯どうして、そのことを忘れてしまっていたんだろうって。大好きだった両親の考えを、どうして僕は忘れていたんだろうと考えてしまって。僕も心のどこかではまだ自己中心なところがあるのかもしれませんね。それが彼らにはバレていて、嫌われていたのかも」


 コトン。とパンケーキが乗せられる。


「⋯⋯あ、美味しそう。それじゃあ、いただきます」


 二人で手を合わせて、ナイフでパンケーキを切り分けた。




 ついにテーブルの上に載せられたパンケーキは思ったよりも少なく、二人ではすぐに平らげてしまった。


 お金を払い、店を出ると先ほどよりもさらに寒さが増している。


「はぁ、美味しかった!」


 先ほどよりも元気そうで、安心した。どうもネスロは自分の中に溜め込んでしまう癖があるらしい。


「⋯⋯まあさ、最初はゆっくりでいいと思うぞ。きっと少しずつ歩み寄れば、打ち解けるさ」


 厚い氷がゆっくり溶けるように、なんて気の利いたことを言おうとも思ったが、なんだか後悔しそうでやめておいた。


「⋯⋯そうですかね。もしも仲良くなれたら、嬉しいなぁ」


 喫茶店を出ると、少し寒さが強まっていた。早く宿で暖まりたい。





 パンケーキを食べた後、僕は意を決して宿屋の扉を開いた。今日は別の部屋で寝ることにしよう。


「おやおや魔法使い様! 本日もご利用していただきありがとうございます」


 愛想よく声がかけられる。他のところはケルが泊まれなかったのでしばらくはここにお世話になりそうだ。


「さて、本日はいかがなさいますか? お部屋の方は空いておりますが⋯⋯」


 ケルも、ゆっくりでいいと言ってくれた。たしかに、昨日はいきなり近づきすぎたのかもしれない。

 そうだ、焦ることは無いんだ。ゆっくり歩み寄り合えば、きっと理解し合える。


「うーん⋯⋯。せっかくですし、今日はお部屋に泊まってみます。値段は昨日と同じで大丈夫ですか?」


「はい、喜んで招待させていただきます! ほら、お前はお客様の奴隷を部屋に案内しなさい! さあさあ、どうぞこちらへ」


 どうやら人間と獣人で役割を分けているらしい。昨日とは違って主人に案内される。



 木製のドアを開けると、特有のノイズが鳴る。

 素朴なものの綺麗に整った部屋。フカフカのベッドのそばにはシェルフが置かれており一輪の花が飾られている。

 一人で泊まるには十分すぎるくらいだ。


「わあ、広いですね。綺麗に整えられてますしゆっくりできそうです」


「お気に召したようで何よりです。お食事はこちらに運びますので今しばらくお待ち下さい。それでは、ごゆっくり」


 主人が部屋を出たのを確信した後、部屋にあるベッドに思わず飛び込む。久しぶりの感触だ。布団もフカフカでとても落ち着く。


「うわ〜。この感触、懐かしいなぁ」


 ここしばらくベッドの上で眠るということをしていなかった。おそらく最後に家で過ごした日以来だろう。

 少しの間ベッドの上で寝転んでいたところ、ノックの音が聞こえてきた。


「お食事をお待ちしました。ドアをお開け下さい!」


 とても早い。これで獣人に対する差別がなければ大満足なのだけど。ドアの向こうには、どんな美味しいご飯があるのだろうか。


 ドアを開けると主人と同じくらいの年齢の女性が立っている。朗らかな笑顔に、少しだけ影を落としていた心が暖まった。


「あ、ありがとうございます! 美味しそうな香りがします」


「なんてったって私が腕を振るって作ったんだからね! 味はお墨付きだよ!」


 なかなかに明るい面白そうな人だ。本当に獣人に対する差別さえなければとてもいい宿なのだけど。それだけが残念である。


「食べ終わったらドアの前に置いておきな! 私が取りに行くよ!」


 そう言うと忙しそうに戻っていった。これくらいフランクな方がこちらとしては気が楽だ。


 クローシュの乗ったお皿をテーブルの上に置き、ワクワクしながら椅子に座る。

 いざ開けてみると、温かな湯気とともにとても食欲をそそる香草の香りと焦げの香りがちょうどよく親和する。街にはやはり美味しいものが多いようだ。


「いただきます」


 バランスの良い味付けが下の中でリズミカルに踊る。こんな美味しいものなのに安すぎる。さっきパンケーキを食べたのに食がどんどん進み、あっという間にお皿は綺麗な白色になっていた。

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