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第十二話「自己中心的思考」

 冷たい風が街並みの間を抜けていく。冬の足音がどこからか聞こえてきそうな寒さ。手袋をつけてもちょうどいい季節だ。


「あー、パンが美味しい⋯⋯」


 焼きたてホカホカのハニークロワッサンが冷たい肌をじんわりと温める。外で食べるご飯というのも相まって、僕の舌はこの味に乱舞していた。

 一方、ケルはオーク肉を買っていた。とても香ばしい香りがこれまた食欲を誘うが、あくまでも彼の物なので我慢する。


「オークなんて初めて食ったぜ。美味いなこれ」


 グリルで焼かれたオーク肉、お値段1000タリス。もしかして、彼は金遣いが荒いのではないだろうか。

 ⋯⋯ただ、一心不乱に食らいついているのを見ていると、本当に美味しいんだろうなぁと思った。


「むー、お金を使うのもいいですが無計画に使わないでくださいね。僕たちは今ホームレスの貧乏人なんですから」


 自分もそうは言うものの、街にはいろんな食べ物があるようだ。野菜、果物、肉⋯⋯。見たこともない食材や食べ物で満ちていた。

 いつか全てのものを食べてみたいなぁという僕も彼と変わらないのかもしれない。

 このハニークロワッサンも美味しい食べ物の一つだ。高価な蜂蜜がまさかこんな簡単に食べられるなんて!


 最後の一口を口に含んだ。じっくりと口の中で至福の時を味わう。舌で転がすたびにトロリとした蜂蜜が溢れる。名残惜しいものの飲み込むと、甘い風味が口内に残った。幸せな時間というのはあっという間に過ぎていく。


「よし、ギルド登録をしに行くか」


 彼はフードを深くかぶり直して立ち上がる。僕もローブだけではそろそろ寒くなりそうだ。

 それにしても、ギルドというのはどのような組織なのだろうか。ワクワクと同時に少し不安もよぎった。



 広場を出て、北の方へ歩いていくと、そこにはギルドと思われる建物があった。見た目は一般的な住居と大した差はないが、剣や弓、杖を持った人が出入りしているのできっとそうなのだろう。


 ドアを開くと、人、人、人。視界には大勢の人間と少数の獣人がいる。獣人達は奴隷として働いているようで、首輪をつけていた。


「⋯⋯あの首輪って、奴隷証の首輪ですか?」


「そうだな。それよりもカウンターはこっちだ。⋯⋯あんまりみない方がいい」


 そう言われるとチラリと目を向けてしまう。そこには毛皮が汚れきってしまった者や傷が沢山ある者がいた。それに目が離せなくなったのを見兼ねたのかケルは僕の目を覆い足早にその場を去った。



「ようこそお越しくださいました。本日はどんなご用件でしょうか?」


 明るい声の女性が受付をしてくれた。怖そうな人でなくて良かったと心底思う。


「あ、今日はギルドに入会しようと思ってて。僕と、彼の二人で入会したいんです」


 そう言うと、彼女は少し不思議そうな顔をしてジッと僕たちを見つめてきた。


「⋯⋯獣人、ですよね? それならギルドに入会するのはあなただけにして、あそこにある奴隷証の首輪を500タリスで購入して付ける方がお安いですよ?」


⋯⋯その言葉に胸が苦しくなる。流石のケルもそれは嫌なようで、目を伏せていた。


「⋯⋯いえ、僕たちはギルドに入会します。二人で」


「そうですか。それでは、注意と手続きをしますのでこちらへ」


 受付の女性の後についていく。カウンターの隅のドアを通り、少し長い廊下を渡る。

 カウンターや入口にはたくさんの人がいたが、奥に着くと途端に人が少なく静かになった。一つの個室に案内されるとカウンターにいた彼女と別れ、担当の方に促されるまま椅子に腰掛ける。


「本日はギルドへ入会するのですね。えっと⋯⋯、そちらの魔法使いさんだけでいいですね?」


「いえ、ケルも入会するのでお願いします」


「⋯⋯そうですか? お仕事、受けられるといいですが」


 メガネを少し上げつつ冷たい視線をケルに向けて、彼女も椅子に腰掛けた。フードを深くかぶっているものの、彼からは少しの苛立ちを感じた。


「⋯⋯ギルドというのは、街に住む人々の依頼をこなしその報酬を受け取るという商売を簡略化、およびサポートを行うことで互いの負担を減らすために作られた組織です」


 僕たちはギルドがどのような施設なのか、何のために作られたのかを徹底的に叩き込まれた。どうやら最近依頼結果の質が落ちているとのクレームが相次いでいるらしい。

 お金を貰う分にはしっかりとした仕事をしたいと思った。


「えー、依頼というのはですね。依頼者様と、それを引き受ける者の両者の信頼があって初めて成り立つものなのです。それをここのところ理解していないギルド会員が増えて困っているのです。ほら、入り口でガヤガヤと騒いでるパーティがいましたよね? あれ、問題になっているパーティなんですよ。仕事の質が特に悪い。それを謝りに行くのは私たちギルド職員なんですから理不尽に怒鳴られに行かないといけないんですよ。本当に私たちも困っているんです。絶対にあんな人にはならないようにお願いしますね」


 長い。何度も同じことを言われ続け、念入りに話を進めるので頭がクラクラしてきた。

 おまけに仕事の愚痴も織り交ぜ、その度に話が少し戻るのでそれがさらに時間を伸ばしていた。

 その調子なのでケルはイライラを抑えられないのか目つきが悪い。幸いなことに、担当の人は目を瞑りながら嬉々とした様子で長々と話しているからバレてはいないはずだからホッとした。

 それにしても、話をするのが好きなのだろうか。それなら彼女にとってこの仕事は天職だ。


「——ということですので、良識ある丁寧な仕事をお願いします。⋯⋯特に獣人、あなたは特に気を付けて仕事をしなさい」


 唐突なこちらへの問答に思わず合間が開いてしまう。


「あっ⋯⋯。はい」


 その空白を埋めるようになんとか取り繕った返事をしたものの、ケルは無言のままだ。


「聞いていたのですか? 獣人!」


 正直僕は後半の話をほとんど聞いていなかった。しかし、ケルは返事こそしなかったものの話は聞いていたようで不機嫌そうにしていた。


「うっせーな聞いてたわ!」


 机をドンッと強く叩く。それにまた彼は叱られるのだった。

 そっと差し出された紙に名前と生年月日を書くと、徐々に紙が浮き上がり窓口の奥に入っていった。魔法というのは使えれば便利だなぁとただただ思う。


 その後しばらくしてから小さな紙が二枚飛んで来た。僕とケル用らしい。


「これは依頼を受ける時に必要な証明書です。依頼者様とあなたの信頼をつなぐ大切なものになるので依頼を受ける際には依頼者様に提示してくださいね。それと⋯⋯無くさないようにご注意下さい」


 カードには名前と生年月日の他、種族、星座など書いた覚えのないものが浮かび上がっている。おそらく筆跡魔法の一種だろう。


「書いたことと真実の相違点は見受けられませんでしたので正式に入会となります。明日からのご活躍を楽しみにしております。ネスロさん」


 ペコリと頭を下げられるのでこちらも軽く会釈をする。騒がしい入り口をなんとか抜けて、ギルド施設を後にした。空は暗くなっているものの、街には外灯が灯されているので足元も安心だ。

 少し雲がかった空に小麦粉のような星々が瞬いている。


 さてと⋯⋯。明日からは忙しくなりそうだ。






 少々しゃくにきたがギルドへの入会も済んだ帰り道。寒空の下、外灯に照らされた道を歩く。隣を見ると、寒そうに手を擦りながらネスロが前を向いて歩いている。


 俺が人とすれ違う度に向けられる視線も、化け物のように子供を背中に隠す母親の侮蔑の目も、俺一人では耐えられなかっただろう。

 そんなことを一人で思っていると、不意に足音が途切れる。


「あ、そうそう」


 ネスロがいきなり立ち止まる。トーンがいつもよりも暗い。街の人の俺に向けられている視線を気にしているのだろうか。


「おう、なんだ?」


 それなら、心配しないでほしい。視線についてはもう慣れているし、ネスロがいてくれるからまだマシだ。


「なんだ? 俺のこと心配してんのか? 大丈夫だって。こんなのは慣れっこだし、お前がいてくれるから耐えられる。それとも、他に悩みがあるのか?」


 堅く口を閉ざしている。その様子はどこか言うのを躊躇っているようで、思わず茶化してしまう。


「おっと⋯⋯? もしかして、好きな人ができたのか? 宿屋の獣人の女か? それで俺に恋愛を教えて欲しいと。なかなかお早いねぇ!」


 しかし、彼の口から出た言葉はそんなたわいもない話ではなかった。


「⋯⋯人間が、獣人のことを嫌うように。彼らも僕たちのことを嫌うのでしょうか」


 その言葉を聞いて、チクリとした痛みを胸に感じた。冷たい空気が肺の中を圧迫したような閉塞感。⋯⋯もしかしたら、昨日の彼らの話を聞いてしまったのかもしれない。

 部屋に入る時間がシャワーを浴びて帰ってくるには遅すぎたのにも納得が行った。


「⋯⋯いや。そんなことは無いと思うぞ」


 一番言葉をつまらせてはいけない場面であるはずなのに、つい口籠ってしまう。先程のテンションの差も、これでは暗に「その通りである」と言っているようなのではないか。


「嘘、ですよね。だって、あんな酷いことをされているのに嫌われない訳。無いじゃないですか。あなたや宿にいる猫の獣人さんみたいな、優しい人がいるのも分かってますが。ほとんどの人は、人間なんて嫌いですよね」


⋯⋯正直に言うべきか。ネスロの言う通り、獣人達から見ても人間を嫌う者がほとんどである。外面下手にでているものの、それはあくまで自分の生活を守るためであって、裏では平気で愚痴を言い合う。


「いえ⋯⋯。僕の場合別に嫌われているのは慣れてますし、僕たちの獣人に対するあの扱いを見ていれば嫌われるのも理解できます」


 言葉を詰まらせる。その様子が、とても心苦しい。


「僕達人間が⋯⋯。いや、僕が。⋯⋯彼らと仲良くなりたいなんて。今更、都合が良すぎるのでしょうか」


 二人の間を流れる時間だけが止まったように感じる。周りの人々は、足を止めることない。


「⋯⋯すみません。今日は彼らと別の部屋の方がいいですよね。それを確認したかっただけです。⋯⋯宿に行きましょうか」


 笑顔を見せているものの、明らかに無理をしている。獣人特有の勘が、それをしっかりと感じ取っていた。


 思わず手をとる。驚いたような顔を見せたものの、前みたいに振り払われたりはしなかった。

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