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7話 贋造無能(コヨイ編①)

「はぁ・・・はぁ・・・・」


コヨイは大きく息を吸って呼吸を落ち着かせる。


ゆっくりと魔紋を構築し、杖に通す。それを打ち付け、展開する。


魔紋は歪な形で展開し、中からは腐り落ちたようなボロボロの木が生えた。


「は・・・」


コヨイは天を見上げた。


まぶしさに目を細める。


「・・・・今日は、もうここまでにしましょうか」


リーツが言う。


日は傾き、真っ赤な、熱いほどの夕日が、広場を照らしている。


「すみません・・・・ちょっと、うまくいきませんでした」


コヨイが申し訳なさそうに言う。



午後からの修業は、平行線のまま進むことはなかった。



大きさは午前中に出来たものの半分以下、形は不細工で、数秒で崩れ折れる。


何度やっても改善されることなく、時間だけが過ぎていった。


「気にしないでください。まだ明日もありますから。ね?」


「はい・・・・」


「では今日はここまで。ゆっくり休んでください」


「お疲れ様。おやすみコヨイ」


「おやすみなさい」


二人は昨日と変わらず、手を振って広場を出た。




一人、広場の中心でコヨイは暗い顔をして佇む。


瞳は揺れて、日の光に輝く。


コヨイは広場の入り口を見た。


人の姿はなかった。


コヨイは杖を握り締めた。


そして、静かに手をすらせる。


軽く地面をついた。


綺麗な魔紋が広がる。


地中からぼこりと小さな苗木が生えて、瞬く間にどんどんと大きく成長していく。


幹は太く丈夫に


枝はバランスよく分かれて増え


葉は瑞々しい緑色の葉がついていく。


その大きさはコヨイの身長を超え、2メートル程伸びて止まる。


リーツが見せたものより小さいが、誰が見ても綺麗だと評する木へと変わった。


その木を前にコヨイは佇む。


夕日は木によって遮られ、俯いた顔は影に隠れる。


風が吹き、ざぁざぁと葉が鳴る。



「・・・・・・」






コヨイ




「はい。あの、仕事の引き継ぎなんですけど、私、今受けてる仕事がないので、大丈夫かと・・・」


「そんなことは知ってんだよ」


「え?じゃあ何故・・・」


「コヨイ、これ。どんな手を使ってもあいつらに飲ませろ」


「は・・・・粉・・・?」


「栄養剤だ、栄養剤。お前みたいなポンコツを指導するんだ。気疲れで倒れたりしたら大変だからな。なぁ?」


「・・・・」


「お前が攻撃術を覚える為に必要なことなんだよ。いいか。俺達はこんな狭い町で納まるような三流ギルドじゃねぇ。もっと外に出ないといけねぇんだよ。もっと俺達を必要とする場所があるはずだ。もっともっと俺達の才能が生かされる仕事があるはずだ。お前だってそう思うだろ?」


「・・・・・・」


「だが、このままじゃお前は連れていけねぇな。俺達のギルドは保護施設じゃねぇんだよ。いつまで経っても成長しない物を抱えてたって人件費の無駄。このままだとお前はこの魔物がはびこる森に一人置いて行かれることになるのさ。そうなりたくねぇだろ?」


「・・・・・・・・」


「お前にとってはこれが最後のチャンスだ。俺の言われた通りにして、ちゃんと魔法を覚えてきたら、お前は俺達のギルドに相応しい存在になれる。ほら、持て」


「・・・・・・・・・・」


「いいな。三日目までに飲ませろよ。返事は?」


「・・・・・・・・・はい」


「よし。じゃ、行ってこい」


「・・・・・」






コヨイは顔を上げて、木を見上げた。


「・・・・お母さん、お父さん」


そして杖の魔石に頬を寄せた。









翌日、子供達は居らず、軽めのウォーミングアップを済ませたコヨイは、昨日と同じように魔法を使う。


だが、結果は小さい上、木として成り切れない不完全なものとなった。


「・・・・」


コヨイはそれを繰り返す。


何も言わず、何度も不完全なものを作る。


「コヨイさんはいつも戦闘する時、補助術だけ使ってるんですよね?」


そして特に助言をする訳でもなく、世間話をし出すリーツ。


「あぁ、はい」


「どんな補助術を使えるんですか?防御術は使えないんですか?」


「防御術も使いますよ。障壁系の魔法です。補助術は・・・脚力強化、腕力強化、フィジカル強化、属性付加、ですかね」


「なるほど。初めて出会った時、彼らがとんでもないスピードで魔物に向かうことが出来たのは、コヨイさんの補助術があったからなんですね」


「そんな、私の魔法なんて・・・ただの、念のため。皆さんの役目をほんの少し楽にする為のものです」


「魔物討伐ギルドなんかはコヨイさんの力が欲しいと思いますけどね。普段苦痛になっていないことでも、楽になるというのは、時に命をも救い上げますよ」


「そう、なんでしょうか。私には、分からないです」


「町を出たことないの?」


「ないです。商人さんや冒険者さんのお話を聞いたことがあるくらいで、外のことは、全く・・・」


「もったいないですね」


「もったいない・・・」


「凄くもったいない。もっと、たくさん学んで欲しいですけどね。個人的には」


「魔法をですか?」


「いえ。世界のことを。コヨイさんの世界は、随分と小さいみたいなので」


「・・・・」


コヨイはその言葉に浮かない顔をする。


リーツはそれを見て


「コヨイさん。一度、試験をしましょうか」


唐突に切り出す。


「試験?」


「魔法の合否試験です。ここは試験会場。私が審査官。この試験を落ちればあなたは、崖から突き落とされて一人で生きていかなければならない。そういう試験です」


「・・・・」


「さぁ、本気でやってみてください。今ままでの力、全て引き出して、見せて下さい」


リーツはいつもより薄い笑みを浮かべて、コヨイを見る。


コヨイは血の気が引く。


リーツから視線を逸らし、前を見る。


杖を握る手に汗がつく。


「・・・・・・」


コヨイは、決断した。


魔紋を構築し、杖をついた。


魔紋が広がり、そして


小さな苗木が現れた。


「・・・・すみません」


コヨイは振り返った。


「なるほど。よく分かりました」


リーツは薄い笑顔を保っている。


「私には、向いてないんですよ。攻撃術も、外の世界も」


「本当に、自分でそう思ってるんですか?」


「はい」


「・・・・・ねぇ、コヨイさん」


「はい?」


リーツがコヨイに近づき、肩を掴む。


コヨイが不安げに見上げる。


リーツは微笑んだ。


そして






「どうしてそんなに嘘をつくんですか?」





固い声で問う。


コヨイは目を合わせたまま、息を飲んだ。


「この短い付き合いの中でも、あなたが誠実で、とても優しく、それはそれはいい人であることはよく分かりました。しかし、どうしてそう魔法のことになると嘘をつくんでしょう?」


リーツの緑色の瞳が、顔の強張るコヨイを映す。


「攻撃術が覚えられないなんて、何の冗談かと思いましたよ。

法陣師だろうが魔術師だろうが、魔法を扱うという意味では違いなんてありません。


適性のない属性の攻撃術が覚えられないというならまだ分かります。

しかし四属性と木属性を扱えて、補助術、防御術をしっかり使えているのに、攻撃術だけ適性がないなんてありえません。


右利きの人が箸もペンも道具も全て右で持つのに、剣だけ右手で持てない、振れもしない、なんていう人はいないでしょう?」


コヨイの茶色の瞳に、笑顔を無くした真剣な表情のリーツが映る。


「あなたのギルドにはエセ魔術師しかいないんですか?三流魔術師でもコヨイさんが魔法に対して適性があると分かりますよ。

それに努力家ですし、集中力はあるし、ちゃんと結果も出せる。結局一日も掛からず、習得しましたもんね。あの魔法を」


コヨイの目が見開かれる。


「見てましたよ。私達が帰った後に発動した完璧な魔法を。ちゃんと、出来るじゃないですか。

なのにどうして、努力も素質も、全部捨てるようなことするんですか。


言ったことを確実にこなし、着実に積み上げ、望む結果を出す。それが出来る人が、わざと失敗して嘘までついて自分はダメな奴だと卑下しているのは見るに堪えない」


リーツの手が肩から、頬に移動する。


決して外さない視線。


「どういうことか、説明してくれますか、コヨイさん」


強い眼光に、コヨイは強張っていた表情を緩め、目を細めた。


「リーツさん・・・私は、本当にダメな奴なんですよ」


「まだそんなこと言って――」


「本当ですよ。だって」


コヨイは頬に当てられたリーツの手に、自分の手を重ねる。


「ここまで言われても、まだ、攻撃術使いたくないって、思うんですよ。こんなにも評価してくれてるのに、それに応えたいって気持ちより、もっとうまく嘘つかなきゃって思う。

例え崖の下に落とされても、一人危険な場所に置き去りにされても、覚えた攻撃術で誰かを傷つけないといけなくなるくらいなら、それでもいいって、思うんですよ」


「コヨイさん・・・・」


「分かってるんです。誰の為にもならないって。でも、自分の気持ちには嘘をつけないんです。だから、本当にごめんなさい・・・・私は、誰の気持ちにも、期待にも応えられない・・・酷い奴なんです」


コヨイの表情が悲痛に歪む。


リーツは眉をひそめ、困惑した顔でコヨイを見つめる。


「えっと・・・その、コヨイさんを責めてる訳ではなくてですね・・・・」


「いえ、いいんです・・・だって、リーツさんとアレリランティさんが私の為に使ってくれた時間を、無意味にしようとしてるんですから・・・・だから、恨まれても」


「ないですないです、恨んでるとかないですから」


「じゃあ、怒ってます・・・?」


「怒ってもないです、本当に。私はただ・・・・あぁ、なんと言えば・・・・・そう!もったいなくて、ですね・・・!色々!」


「すみません・・・・分かりません」


「えぇぇっと・・・・何て言うか・・・・」


「ごめんなさい、リーツさん・・・・」


「ア、アレリランティ様ー!アレリランティ様ー!」


リーツはコヨイを離し、勢いよく振り返る。


珍しく慌てた様子で助けを求めている。


アレリランティはいつもの無表情で近づき


「リーツは落ち着こう」


「はい!ふぅーーーー・・・・」


「コヨイは俺の話を聞いてくれる?」


「はい・・・・」


沈んだ表情で俯くコヨイの背中を一度優しく叩く。


「言い方がきつかったかもしれないけど、コヨイの嘘に対して本当に怒ってるとか、迷惑だとか思ってる訳じゃなくて、ただただ不可解なんだ。

コヨイは誰かが傷ついたり、危険な目に遭うのが嫌だよね?自分の力で守れるなら自分の命かけても守りたいと思うよね?」


「はい・・・・」


「でも攻撃術だけは頑なに否定して、嘘までついて隠そうとする。ギルドの人や町の人は、コヨイの嘘を信じてダメ呼ばわりしてるけど、別にコヨイだってそう言われたい訳じゃないよね?いつもきつく叱られて、辛くない?」


「・・・辛い」


「コヨイが望むなら、誰にも言わない。でも、理由だけは教えて欲しい。いい?」


「・・・・はい。聞いて、欲しいです」


コヨイは顔を上げ、大きく頷いた。


アレリランティが、コヨイとリーツの手を引きベンチに座らせ、自分も座る。


コヨイはしばらく考え込むように黙っていたが


「まず、本当にすみませんでした。こちらのわがままでお願いしたのに、無駄にするようなことをして」


ともう一度深く頭を下げて謝る。


「ま、まぁ、習得自体は出来ましたから・・・」


「本当に失礼なことを言いますけど・・・・あのウォーミングアップと遊びと、ただ繰り返しやるだけの修練であんなに早く習得できるとは思わず・・・・初日はこれなら覚えられないだろうと安心してました」


「コヨイさんがそう思っていても、真面目にやってた結果ですよ。そういえば、二つほど先に聞きたいことがあるんですけど」


「はい、何ですか」


「昨日の暴発もわざとですか?」


「あれは・・・・いえ、わざと・・・・なんですけど、故意ではないというか・・・・あの時、私も凄く集中出来てて、魔法のことだけ考えていました。

そうしたら、今までで一番、何もかもうまくいきました。魔紋の構築も、魔力コントロールも、放出も。

それに気づいて・・・出来てしまう、って思ったら怖くなって・・・・魔力を乱したら、まさかあんな風に暴発するなんて・・・・」


「それだけ完成度が高かったということですね。あの魔法は規模が大きいですから失敗した時の反動も凄いんですよね」


「本当にすみませんでした。反省しています・・・」


「いい感じだったのに急に魔力を乱したから何事かと思いましたが、ようやくすっきりしました。あともう一つ」


「何でしょう」


「あれは入れたんですか?」


「あれ?」


「ギルドの人に渡されてましたよね?私達に飲ませろって栄養剤とか言ってた薬」


「それも気づいていたんですか?」


「いえ、聞いてましたよ。ギルドを出た後に魔法で屋敷の中全員分の会話を盗み聞きしてましたー。真面目に仕事してる人と、サボって酒飲んでる人がいましたねー」


「リーツさんには敵いませんね」


「体に変化はないけど、入れた?」


「いえ。一昨日、ここに来る前に捨てました。なので中身が何だったのかは分からないですけど」


「あら。嘘といい、これといい、意外と度胸ありますね」


「ふふ・・・・性格悪いですよね」


「いえいえ足りないですよ。悪意が」


「・・・私自身、めちゃくちゃなことをしているって分かっているんです。いつまでも隠し通せないし、いつか瓦解するって。

でも・・・・メガラさんや皆さんが私に求めるのが守る力や助ける力じゃなくて、何かを消す力というなら、そのいつかまで、嘘をつき続けようって、決めたんです」


「どうしてそこまで・・・・」


「約束なんです。母との・・・・誰かを傷つけて生き長らえるより、誰かを守って生き残って欲しいって約束を守りたいんです」


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