6話 コヨイの修業(コヨイ編①)
翌日、早起きした子供三人が加わり、子供が思いっきり投げてくるという容赦がなくなったウォーミングアップを終えたコヨイに
「では、覚えてもらう魔法を一度見てもらいましょう。どういうものか分かってた方が習得も早いので」
リーツはそう言い、地面に指を向ける。
木の魔紋が展開される。
その中心に枝木が生え、どんどんと上に伸びる。
葉がつき、幹は太くなり、枝は分かれ増え続け、数秒の間に大木へと変貌した。
「凄い・・・こんな大きなものを作るのに数秒だなんて・・・」
「生成魔法の一種ですが、この魔法は非常に便利なんです。その理由は、この魔法一つで色んなことが出来るという点です。例えば、敵が襲ってきた時、攻撃したいと思ったら、こう!」
「わっ!」
木の幹から、生け花を固定するけんざんのような鋭い枝が生える。
「身を守りたい時は、こう!」
アレリランティの頭上に大量の葉が落ちる。
「ア、アレリランティさんが消えた!?」
「ここ」
「あ!枝の上に!?」
「葉で目くらましし、蔓を利用し隠れることも、攻撃をかわすことも出来ます!」
「むしろ攻撃されたと思った」
「そして、相手を捕らえる時は、こう!」
地中から飛び出した蔓がコヨイに向かう。
コヨイはびくりと体を震わせたが、蔓は直前で止まり、優しくコヨイの人差し指に絡まる。
そして握手をするように一度揺れた。
「あ、どうも」
「とまぁ、こんな風にどんな状況にも対応できるので、どうすべきか困る時はこれを使うといいです。弱点はやはりこれだけの規模ですから、消費魔力が多い、魔力コントロールが難しい、発動に時間が掛かる、それなりのスペースがいる、ってところです」
「確かに自分より小さな木だと、効果は薄いですもんね」
「狭い場所だと自分も動けなくなりそう」
「どんな魔法も一長一短です。よく理解して使えば足をすくわれるようなことはないでしょう。この魔法なら攻撃も防御も、補助にも使えますし、メガラさんの要望に応えられるんじゃないですか?」
「そう、ですね」
「ではやってみましょう。魔力をいつもより大きく強めに杖に通し」
「はい」
「魔紋も出来る限り大きく」
「はい」
「どうぞ」
「はい!」
コヨイが杖をつく。
木の魔紋が広がり、その中心に、小さな小さな苗木が生えた。
細い幹は軽く風が吹いただけで大きく揺れる。
「うーん・・・・」
「充分ですよ!魔法の修業は階段を上っていくようなもの。一段一段行きましょう」
「はい!でも、これは本当に木属性なんですか?木だけだと力不足?なような・・・」
「流石!よく分かりましたね。魔法は属性の魔紋を構築し、自分の魔力を使って放出するという流れですが、複合魔法も存在します。複合魔法と定められる属性の割合は5:5ですが、この魔法は木属性が8、残りが2となりますが、何属性か分かりますか?」
「うーん・・・・地属性ですか?」
「正解です!二割だけ地属性が入っているんですね。昔は地属性と木属性を同じ属性と捉えていたそうですが、この二つは似て非になるものなんです」
「複合魔法ですか。初めて聞きます!それなら魔紋の構築はどうすれば・・・」
「簡単に言うと木属性の魔紋の上に地属性の魔紋を構築するといった感じです。たださっきも言いましたが木属性の方が強く大きいんですね。地属性を同じレベルにすると、全く別の複合魔法になります。この魔法はあくまで木属性なので構築レベルのバランスと、二つの属性に振り回されない魔力コントロールが重要となります」
「なるほど。なら、魔紋構築はこんな、感じで・・・・」
「最初はその方が暴発の心配はないですね。ただ戦いに使う為だと考えると工程が多すぎてやはり発動に時間が掛かるので、慣れたらこう・・・・二つの魔紋を混ぜ崩すように・・・・」
「難しそうですね・・・でも、確かにその方が・・・・・・」
「なぁ兄ちゃん、姉ちゃん達なに話してんの?」
「むずかしいこと言ってるー」
「魔法の勉強をしている」
「兄ちゃんはしないの?」
「俺は魔法使えないから、今することがない」
「おれ魔法使えるよ!何もない空間からー・・・・むむむー・・・・バットがでましたー!」
「スペルボックス使えるんだ。凄い」
「しってるのかよー」
「じゃあ暇なら、兄ちゃんぼくらと遊ぼうよ!」
「ここで遊ぶならいいよ」
「さぁもう一度!」
「はぁい!」
「あ、次は小さな成木ですね!いいですよ、さぁもう一度!」
「はい!」
「あまり考えすぎると沼りますよ。感覚で適当にと、時間を掛けてじっくり作るを交互に繰り返す練習をするとうまくいきやすいですよー」
「それはリーツさん流ですか?」
「困ったことに師匠は、やってればいつかできる。コツ?やれば分かる!という超感覚派だったので私なりにどうすれば上達するか色々やった結果、真剣にやるとやらないと繰り返すという結論に至りました」
「はぁ・・・でも、習得してない魔法を感覚だけでやろうとすると暴発してしまいそうで、ちょっと怖いですね・・・・」
「その為に私がいます。失敗してもフォローしますのでどんどん試していって下さい」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて・・・・はい!」
「うん、ちょっと形は変ですけど、大きくなってきましたね。さぁ次」
コヨイは何度も杖を打ち付ける。
沢山の木が生え、枯れ落ちる。
アレリランティが子供達の相手をしつつ、コヨイを見る。
コヨイの表情は真剣そのもの。
茶色い瞳は魔紋の一点を見つめる。
段々リーツへの返事も少なくなり、遂には無くなった。
リーツに言われずとも、ただひたすら魔力込め、魔紋を構築し、魔法を放っていく。
コヨイの作る木は一つ一つ変化していく。
大きさ、形、枝の数、葉の数。
同じものは生まれることなく、進化していく。
リーツも話しかけることを止めてコヨイの様子と魔法の状態だけ見ている。
その状態が一時間も続いた。
子供達も空気を察したのか、ちらちらとコヨイを見つつ、手を止め、喋ることもなく静かにしている。
コヨイは大きく息を吸った。
力を抜き、優しく丁寧に魔紋を構築する。
杖の魔石が強く光る。
両手で杖を持ち、空に掲げる。
魔力の門を開く。
地面に打ち付けた杖先から大きく魔紋が広がった。
その瞬間、コヨイは気づいた。
「―っ!!」
「!」
魔力が乱れ、魔紋が崩れる。
リーツがコヨイに指を向ける。
アレリランティが子供達の前に出て剣を抜く。
生まれようとしていた木が、地中で爆発して、折れた枝や幹が地を突き破り、コヨイに迫った。
すくんで動けないコヨイの間に炎の鳥が割って入り、一瞬で焼き消す。
コヨイの後ろに飛んでいった残骸はアレリランティが剣で斬り落とす。
コヨイの手から杖が落ちて、静寂が広がった。
コヨイの眼前には、芝生がめくれ上がり、石が粉々になって散乱し、クレーターのように、ぽっかりと開いた穴があった。
「ご・・・・ごめん、なさい」
コヨイは顔面蒼白で、一歩下がる。
「ごめんなさい・・・・」
怯えと恐怖が目に宿る。
「ごめんなさい・・・・・ごめんなさい」
両手で口元を覆って
「ごめんなさい・・・・」
震える声で謝罪を繰り返した。
「・・・大丈夫ですよ。誰もケガしませんでしたし、広場ならすぐに直りますよ」
リーツが指を向けると、地中から土がぼこっと出てきて、その上に芝が生える。
コヨイは苦悶の表情でそれを見ていたが
「あ・・・・・」
子供に振り返る。
子供達はアレリランティの背や足に掴まり、隠れながらコヨイを見ていた。
「ごめんなさい、怖かったですよね・・・・大丈夫でしたか?」
駆け足で子供達の元に近づくと膝をついて、見上げる。
「本当に、ごめんなさい」
アレリランティがすっと横に移動する。
子供三人は互いに顔を見合わせたが、コヨイの酷く辛そうな悲しい表情を見て
「大丈夫だよ!なんか・・・・すごかったよ!」
「ばーんってなった!でもびっくりしたけど、怖くなかったよ!」
「姉ちゃん見た?兄ちゃんがばしゅって斬ったんだよ!かっこよかったよー」
明るくそう言い、しゃがんでコヨイと目線を合わせる。
「本当・・・?良かった・・・・」
「姉ちゃん休憩したら?おれも勉強頑張りすぎると頭ばーん!ってなるもん」
「お腹空いたんだよ絶対!腹が減っては・・・・何だっけ?」
「戦はできぬだよ!・・・戦って修業のこと?」
「そうですね。丁度お昼前ですし、レストランで食事しませんか?いい気晴らしになりますよ」
「・・・・はい」
「君達もお家帰ったら?」
「そうするー。じゃあね、兄ちゃん、姉ちゃん達」
「今日のお昼なにかなー」
「サラダは食べあきたなー」
子供達は走って広場を出ていった。
「では宿に行きましょう。ね?コヨイさん」
「は、はい・・・」
「お魚料理以外に、おすすめの料理は何かありますか?」
「ええっと・・・・お肉、とか」
「肉もあるんだ」
「畜産家もあるんです。農業家と食料を交換し合ったり、協力して育ててます」
「なるほど!いいですねぇ、お肉。楽しみです!さぁさぁ、行きましょう」
「はい・・・・」
コヨイは穴があった場所を振り返った。
そして曇った表情で深くため息をついた。
「うん、とっても美味しいですねー」
宿のレストランで、豚の甘辛焼きを頬張るリーツは幸せそうに言う。
アレリランティはいつもの表情で同じ料理を食べる。
コヨイは豊富な野菜の焼き飯を食べる。
「お二人は本当に仲がいいんですね。頼むお料理まで一緒なんて」
「コヨイさんはどんなお料理が好きなんです?」
「私?私はどんな料理でも好きですけど・・・オムレツ、が一番好きですね。ふわふわの、甘い味付けの」
「いいですね~」
「ふふ・・・でもそう言うとよく小さな子供みたいだと言われて、少し恥ずかしいんですけどね」
「いいじゃないですか。好きなものに年齢は関係ありませんよ」
「はい・・・」
コヨイはまだ気が晴れないのか、少し引きつった笑みを返す。
「午後、もう一度やってみましょうね」
「え?」
「魔法の練習。大丈夫。明日くらいには出来ますよ」
「そ、そうでしょうか。あんな失敗をしておいて・・・・」
「習得すればいいんですよ。修業なんて途中どれだけ失敗しても結果さえ出せればいいんですから」
「結果、ですか」
「結果ですよ」
「・・・・やっぱり、得られなければ、修業の意味は、何もないんでしょうか」
「何回もの修業の中で、いずれ出来ればいいと思います。ただ修業だけして、結局何も得られずに諦めてしまったその時は、全てが無意味だったと思うことになるでしょう」
「実際は、違うんでしょうか」
「もちろん。やったとやらないじゃ結果が同じでも全然違います。この魔法は私には出来ない。それを知って、また別の道を拓くことが出来れば、何も無駄ではありませんよ」
「何も、拓けなかったら?」
「それは、そこで終わりです。その先に道はあっても、何も得るものはないですよ」
「厳しいですね・・・・」
リーツはちらりとコヨイを見てフォークを置く。
「ご馳走様」
「ご馳走様でした」
「・・・・ごちそうさまでした」
コヨイも最後の一口を食べ、手を合わせた。
「今お茶お持ちしますねー」
「お願いします―」
ウエイトレスの女性が、小さなティーカップに紅茶を入れる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「可愛いカップですね~」
「お茶も美味しい」
「はい。私も、好きなんですよ」
コヨイはティーカップの中を覗き込む。
情けない顔の自分が映り、頭を振って気を引き締めた。
「リーツさん」
「はい?」
「午後からも、ご指導よろしくお願いします」
「はい。お任せください」
「アレリランティさんも、お願いします」
「俺は何も出来ないけど」
「居て欲しいんです」
「分かった」
コヨイは紅茶を一口飲んだ。
「あ、コヨイちゃん」
「店長さん」
その時、店の奥から出てきた男性がコヨイに声を掛ける。
「メガラさんにちょっと頼みがあるんだけど、お願いしてくれないかな」
「ギルドへの依頼でしょうか?」
「いや依頼って程じゃないんだが、最近どうも畑が荒らされていてな。最初は野菜泥棒かと思ったんだが、獣が食い荒らした感じで、野菜がめちゃくちゃなんだ。店に出すのはもちろん、自分達で食べることも出来ないほどでなぁ・・・・他の畑も被害に遭ってるらしくて・・・」
「そんな話、初めて聞きました」
「一か月前くらいかな・・・・前はまだ頻度が低くて、天気が荒れていた時期もあったからあまり気にしてなかったんだが、ここ一週間くらいは毎日、ちょっとずつ荒らされているんだ。流石に心配になってきてね。そこでメガラさん達に見回りをお願いしたいと思って。被害が完全になくなるまで、全ての畑を一日中見回ってもらいたいんだ」
「い、一日中ですか?」
「動物ならいいが、もし魔物だと私達じゃどうにもならないからね。ケガでもしたら大変だし。だからなるべく多くの人を寄越すように君から言ってくれないか?」
「えっと・・・見回りの依頼、ということでいいですか?」
「え?金取るの?」
「えっと・・・・・」
「君達が毎日食べる食料は村で作った物だろう?全て俺達から貰ったものだろう?自分達のご飯を守る時にでも、金を取るって?それは住民意識が低いんじゃないのかい?」
「すみません。でも、どんな頼み事でも、ギルドメンバーが関わる時は依頼として受けるようにと、言われてますので・・・」
「はぁ・・・変わったね。昔は進んで無償で引き受けてくれたのに。その功績を称えて、俺達は食料を見返りなく渡しているし、尊敬も出来たのに、最近はちょっと冷たいんじゃないの?住民あってのギルド。あまり調子に乗らない方がいいよ?」
「すみません・・・」
「仕方ないな。依頼として出すからちゃんとしてくれよ?」
「分かりました」
店長は店の奥に帰っていく。
「昔は無償で、ですか。随分太っ腹ですね」
「私がギルドに入った時、既にこの町・・・その頃は村だったんですけど、村で違法行為を繰り返していたギルドを打ち倒し、住民権を獲得して正式に村のギルドとして活動していました。
メンバーはメガラさんと幹部の四人・・・・・もっとギルドを大きくして村の為になりたいと、どんな依頼でも引き受けていました。
それを皆さんとても喜んで下さり、ギルドを支援する形で食料やお金、物資をくれました。
ギルドの噂を聞いた商人さんの方々が訪れ、村の拡大を手伝ってくれたこともあります。
その頃は、他のギルドさんや冒険者さん、商人さんの依頼も受けて、仕事の規模も大きくなり、ギルドメンバーも増えていきました。
そして一年前、国が提案して、ここは町になりました」
「なるほど」
「伝えるの?店長さんの話」
「依頼として出すとのことなので、ちゃんと引き受けてくれると思います。だからあまり私が出過ぎた真似をすると、また怒らせてしまうので・・・・」
「良かった。なら、修業に集中できますね」
「はい・・・・」
「じゃあ広場に戻ろう」
「はい」
リーツとアレリランティは先に立ち、会計の方へ向かう。
コヨイも立ち、そして
二人が飲んだティーカップを、苦悩の表情で見た。
最後の店長との会話。
皆さんならボランティアで引き受けますか?仕事で引き受けますか?
作者はとにかく言い訳をして引き受けないと思います。