5話 法陣師(コヨイ編①)
「では修業する前に、コヨイさんのことを教えてもらってもいいですか?」
広場は町の西側の外壁に沿うようにある。
森の名残である木々、町へ続く水路、遊具はなくベンチが一つあるだけの芝生。
他に人は居らず、三人はそれぞれ向き合う。
「私のこと?使える魔法とかですか?」
「術より、使える属性が知りたいですね。あと戦闘スタイルも」
「私は法陣師です。戦闘の時は杖に魔力を通して、地に叩いてから魔紋を展開します」
コヨイは柄を右手ですらし、杖先を地面に軽く置く。
杖先を中心に小さな木の魔紋が現れ、足元にあった花の蕾がぱっと開いた。
「法陣師ですか、珍しいですね」
「聞いたことないけど、普通の魔術師とは違う?」
「法陣師は単体術より範囲術に適したやり方です。
一度魔紋を作って、杖の魔石に留め、指定した範囲に展開して、その場に術を発動する、という流れになります。
魔法効果設定は、時間制限内のみ、魔紋の範囲内のみ、一度使用すると効力を失う使い切りに分かれていて、術ごとに異なります。
工程が増えるので術発動までに時間が掛かる上、その指定範囲は最高峰の法陣師でも20メートルが限界と言われてて、弱点も多いんですけど、いつ発動させるか自分で決められること、一度で範囲内にいる複数人全員に対して魔法を使える、っていうのが長所ですかね」
「一人でも百人でもそれは変わらないので、確かに補助術や足止めなどの拘束術との相性がいい職になります。
ただ、結構難しいそうですよ。
昔、遊びで法陣師の真似をした知り合いが、術発動までに時間が掛かる、気を遣う、見るところ多い、魔力消費より精神力消費が激しいと言ってすぐ止めてましたね」
「ははは・・・私は母が法陣師だったので、魔術師より法陣師としての訓練をしていました」
「なるほどなるほど。では、次に扱える属性を教えてくれますか?」
「水、火、風、地。それから木ですかね。他の属性は試したことがないです。母が基本の四属性をちゃんと扱えれば十分だと言ったので」
「まぁ、たくさん扱えますね。少し、意外です」
「リーツさんは、全ての属性を扱えるんですか?」
「私も使う術の属性は大体決まってますよー」
「そうなんですか」
「ギルドの人達の話によると、攻撃術を使えないそうですが、ちゃんと魔術師の人に教わりましたか?」
「はい。ギルドの魔術師さんに」
「でも習得できなかった?」
「はい・・・母からは補助術しか教わってなくて、その・・・ちょっと感覚が違って難しいというか・・・」
「そうですか。では最後に、コヨイさんが術を使う上で、一番自信がある属性は何ですか?」
「それは・・・・木、でしょうか」
「分かりました。それでは、コヨイさんには私が知っている木属性の攻撃魔法を、一つ覚えてもらいましょう」
「お、お手柔らかにお願いします」
「術の習得はとにかく練習あるのみ!法陣師ならばなおのこと状況判断と魔力コントロールが必要だと知り合いは言っていました。冷静な折れない心!それが最も必要です!」
「は、はい!」
「まずはウォーミングアップをしましょう。アレリランティ様、ご準備をお願いします」
「うん」
アレリランティが木の陰から持ってきたのは
「え?ボール?」
「ここへ来る途中に出会った子供達にお願いして借りてきました。どっさり、籠いっぱいに!
これを今から私達がコヨイさんに投げつけますので、どんな魔法でもいいので、当たらないように防いで下さい。
攻撃術は使えなくても、水を出したり、蔓を生やしたりは出来ますよね?ボールが当たった時点で終了です」
「わぁ・・・スパルタ・・・・」
「実は、人に魔法を教えたことがないので、昔私が師匠から受けた修業法でとりあえずやってみます。辛かったら言って下さいね」
「えっと・・・頑張ります」
「では、いきますよ!」
「は、はい!」
リーツが下投げでコヨイ目掛けてボールを投げる。
遅い球は手でも取れるレベルだが、コヨイは杖を一度ぎゅっと握り締める。
右手を軽く柄にすらし、魔力を留め、範囲に入ってきたと思ったタイミングで地面をつく。
風の魔紋がコヨイ中心に広がり、風が上に向かって吹く。
真っ直ぐ飛んでいたボールは浮き上がり少し離れた芝生に落ちる。
「徐々にボールを増やしていくので、後ろにも気を付けて下さいねー」
アレリランティも軽く投げる。
水壁がボールを打ち落とし
「うん、その調子」
風が押し退け
「ファイトでーす」
地面から生えた蔓が弾き返し
「あともう少し」
土壁を盾にする。
その場で耐えたり、動き回ってボールの軌道を読み、範囲を決めたり。
コヨイは汗を流しながら、次々に魔法を放つ。
「これでラスト一球です!」
リーツが投げたボールを蔓が弾き落とした。
「終了ー」
「は、はいー・・・・」
コヨイはへなへなと膝をついて座り込んだ。
肩で息をするように大きく深呼吸する。
「お疲れ様でしたコヨイさん!一つも当たりませんでしたね、素晴らしいです!」
「はぁ、はぁ・・・・すごく、手加減してくれましたよね・・・?」
「言ったことをちゃんと出来ればいいんですよ」
「あ、ありがとうございます・・・はぁ・・・・・」
「君達。これ、ありがとう」
球拾いを終えたアレリランティが広場の入り口に来ていた子供にボールを返す。
「兄ちゃん達何してるの?」
「何か楽しそう!」
「おれ達もしたい!」
「ウォーミングアップなので、明日の朝、君達が早起き出来たら一緒にやりましょうね」
「「「やるー!」」」
「う、運動苦手なんです・・・本当に、お手柔らかにお願いします・・・・」
「ではこれで魔力を回復してもらって、少し休んだら次のウォーミングアップにいきましょう」
「もう体はあったまってますけど・・・え?これ、ソーマボトルですか?あの、私、自由に使えるお金が無くて、ギルドに言わないと」
「もちろん差し上げますよ」
「でもソーマボトルは高いですし、悪い」
「コヨイさん。私の師匠が言っていました。
修練に金掛けない上に結果を出せない奴が落ちこぼれとなる。
金は言い訳を防ぎ、結果の為の活力となる。
金を使って、己の甘えと退路を絶てー!と」
「リーツさんのお師匠さん、厳しい人ですね。色々と」
「師匠は私の故郷でも変わり者でしたから。でも実力は誰もが認めていましたし、私は尊敬しています。なので、コヨイさんもどうか気になさらず」
「それなら、有難く頂きます」
「どうぞ。では休憩中に次の説明をしますね」
「はい」
「次は、かくれんぼをしましょう」
「はい?」
「私とアレリランティ様がこの広場内に隠れますので、使える術、何でも駆使して見つけてください。時間は・・・・10分以内にしましょう」
「えっと、それもウォーミングアップですか?」
「よく師匠とこれをしていましたのでコヨイさんともしたいなぁと。ウォーミングアップというよりかは、今どれだけのことが出来るかを自覚する為の遊・・・・修業です!」
「遊び・・・」
「では1分ほど目を瞑って、休憩と回復をして下さい。その間に隠れますので」
「分かりました」
「では、スタート」
コヨイは言われた通りに目を瞑る。
数を数えながら、ソーマボトルを飲む。
ふと背中から冷気を感じる。
急に寒くなって腕をさする。
振り向きたい気持ちを抑えつつ
(59・・・60)
1分数え、目を開け、振り返った。
「・・・・・・」
ぼやけ、形を崩した自分の姿を映す氷の壁がコヨイの眼前に広がっていた。
左右、どこを見ても、氷の壁は奥の景色を通さない。
唯一、上は開いていて、快晴の空が見える。
コヨイは不安げに首を傾げ、杖をつく。
風の魔紋が展開された場所でジャンプする。
運動が苦手と言っていたコヨイは軽々と、地上から数メートルある壁の上へ立つ。
「わぁ・・・」
上から広場全体を見る。
そこには巨大迷路のように入り組んだ氷の通路が何本も見える。
いくつか通路を目でなぞると、それぞれ小部屋と思われる正方形の天井がある場所に辿り着く。
中の様子は見えない。
コヨイはその場でもう一度杖をつく。
氷の天井に三つ、水の魔紋が広がる。
魔紋は形を変え、水の波紋へと変わる。
三つの波紋は同じ形、大きさをしている。
コヨイは波紋を消し、別の天井で同じことをする。
すると一つ、うねるような形で他より大きい波紋の広がりを見せるものがある。
コヨイは慎重に通路の上を歩き、その場所へ行く。
そして氷を杖でつく。
火の魔紋が天井の氷の上に広がる。
魔紋から炎の滴が一つ落ちる。
滴は氷に吸い込まれて、じわりと内側から溶かしていく。
ぽっかりと空いた穴から水が中へ、ぽたぽたと落ちていく。
その穴を覗き、コヨイはにっこり笑った。
「見つけました」
「お見事」
「予想よりとっても早かったです。凄いですよ、コヨイさん」
いつもの無表情と、にこにこ笑顔のアレリランティとリーツがコヨイを見上げた。
「ありがとうございます」
コヨイが小部屋の中に降りる。
リーツが指を下に指すと、氷が一斉に溶け落ちて、元の広場に戻る。
「では、次へいきましょう」
その後も
「こっちですよー、コヨイさん」
「あと一分。頑張れ」
「で、ですので、運動はっ、苦手で・・・・強化術使っても鬼ごっこはきついですー!」
「神経衰弱をしましょう。同じものを多く見つけられた方の勝ちですよー」
「あの、絵柄が既に見えてますし、そもそも全部一緒なんですけど・・・・」
「カードに属性付加魔法を掛けました。地水火風の四属性ですので、魔力で見分けて下さいね。ちなみにカードはボールを借りた子供達にまた借りました」
「・・・・・う~~~ん」
「じゃんけんで勝負をしましょう。先に属性付加魔法を手に掛けますので魔力を見て以下略」
「あ、じゃんけんは得意なので魔力を見なくても多分勝てます!」
「初めて自信満々の姿を見た。じゃあ試しに・・・・・じゃんけん」
「ぽん」
「負けた。もう一回。じゃんけん」
「ぽん」
「ぽん」
「ぽん」
「全部負けた」
「ほら!」
「確かに凄いですけど、魔法の修業なので術を使わないと意味が・・・・・じゃんけん」
「ぽん」
「・・・・・・」
「やばい勝てない」
「別の才能を見た気がしますね。これでは判断できないので、この修業はパスで」
「さぁ、コヨイさん。ババはどれでしょうーか」
「姉ちゃんこれだよ!」
「違うよこれだね!」
「二人はウソついてるよ!おれの言うこと聞いた方がいいよ!」
「僕の方が正しいよ!」
「おれだっての!」
「さぁさぁ、明日の朝まで我慢出来ずに遊び・・・・いえ、修業の手伝いをしに来た子供達の誰を信じるんですかー?」
「卑怯です・・・・うーん、しかし・・・これです!」
「ぶっぶー」
「外れです。正解は、アレリランティ様が持っていましたー」
「!?」
「ほら、おれが二人はウソついてるって言ったのにー」
修業は続き、子供達は家に帰り、気づけば空は赤焼け空になっていた。
「今日はここまでにしましょうか。今日でコヨイさんの実力はよく分かりましたので、明日から本格的に術習得の為の修業をしていきましょうね」
魔力をほとんど使い切り、疲れ果ててふらふらのコヨイは深く息を吐いた。
「途中から、ほとんど遊んでた気がするんですけど・・・・」
「気のせいですよ。今日はゆっくり休んでください。私達も宿に戻りますね」
「お疲れ様」
「はい・・・・ありがとうございました」
「おやすみなさい、コヨイさん」
「おやすみ」
「おやすみなさい。リーツさん、アレリランティさん」
二人はコヨイに手を振り、広場を出て町の中心へ向かう。
姿が見えなくなるまで手を振っていたコヨイは
「きつかった・・・・」
そのまま手の甲で汗を拭う。
「お母さんの修業も厳しい時あったけど、甘かったのかなぁ・・・・」
コヨイは杖の魔石を見る。
「でも、良かった。こんな感じなら、きっと、大丈夫」
そして魔石に額に当てる。
「大丈夫。大丈夫だよ。約束は、必ず・・・・」
コヨイは目を閉じた。
その言葉には安堵だけがあった。
遊び、もとい修業シーンを書くのが楽しかったです。
少しでも面白いと思って頂けたら幸いです。
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