4話 ギルド・イアヌグストの依頼(コヨイ編①)
「お料理は、レダンの町近くの川に生息するお魚と、お野菜と山菜を一緒に包んで、バターとお醤油と、隠し味にレアンの葉の油を掛けて、じっくり煮み焼きした、このレダン焼きがおすすめです!」
「美味しい~~」
宿のレストランでコヨイのおすすめ料理を食べ、幸せそうに微笑み、口元を押さえるリーツ。
その反応に嬉しそうなコヨイは
「この植物油が素材の味を引き立たせてくれるんです。他の料理にも使われているんですけど、脂っこさを感じさせず、すっと入ってきて後味がいいんです。アレリランティさんは・・・好きじゃないですか?」
無表情でリーツと同じ料理を食べるアレリランティに不安げに問うと
「とても美味しい」
と即答する。
コヨイはほっとして自分のスープを飲む。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様。コヨイ、教えてくれてありがとう」
「気に入ってもらえたなら良かったです。是非ゆっくりしていって下さいね」
「コヨイさんは、この町のギルド・イアヌグストのメンバーですか?」
「はい、そうです。メガラさん達にお世話になっています」
「若いのに凄いですね。おいくつなんですか?」
「16歳です。ギルドには1年半前に入れてもらいました」
「大人に囲まれて、大変?」
「え?それは・・・いえ、私の力不足で迷惑かけてしまうことが多くて。さっきみたいに私の力を信じてくれたのに危険な目に合わせてしまったり・・・お二人には本当に感謝しています。ありがとうございました」
コヨイは深々と頭を下げた。
「コヨイさんは補助術が得意なんですね」
「得意って程ではないですけど・・・」
「まぁまぁ。補助術は皆さんのように連携して戦う人達には重要ですから、鍛えて損はないですよ。周りの評価がどうかは分かりませんが」
「リーツさんも補助術を使うんですか?」
「覚えてますけど、基本使いませんね。初手攻撃した方が早いと思ってしまうので」
「そう、ですか」
コヨイはスープに目をやり、飲み干した。
「ごちそうさまでした」
手を合わせ、席を立つ。
外は暖かい風が吹き、草花が揺れている。
「良ければ町を案内しましょうか?と言っても、あとは鍛冶屋と子供達の遊び場になっている広場しかないんですけど」
「そうですね。お願いしてもいいですか?」
「はい!では、まず鍛冶屋に・・・」
「コヨイ」
「あ、メガラさん」
メガラはリーツとアレリランティを一瞥した。
その目には嫌悪と不信が見え隠れする。
「こいつらといたのか」
「は、はい。一緒に食事をしてて・・・・」
「ユーザで偶然お会いしたので町の案内をお願いしたんですよ。いい町ですねぇ、ここは」
「あぁ、そう。コヨイ、話あるからギルドに来い」
「分かりました。あの、すみませんが」
「気にしないでいい。頑張って」
「案内ありがとうございました」
リーツは一礼して、アレリランティと共に背を向ける。
「おい。あんたら暇か?」
が、メガラが呼び止める。
「まぁ、やることはないですね。仕事もあなた達が働き者であまりないようですし」
「ならギルドに来ないか」
「イアヌグスト?」
「ああ。仕事がねぇなら、紹介してやるよ」
「・・・・・・」
リーツとアレリランティは目だけ互いに合わせる。
「働きたい訳ではありませんが、あなた方にも手に負えないことがあると?」
「・・・・そうだな」
「魔物退治?」
「いいや。興味あるならついて来い」
そう言って一人で歩き出す。
コヨイは不安そうにその背を見ている。
「心当たりある?コヨイ」
「いいえ・・・メガラさん達が手に負えない依頼があった記憶はないんですが・・・・」
「まぁ、折角ですし行ってみましょうか、アレリランティ様」
「うん」
「案内お願いします、コヨイさん」
「は、はい。こっちです」
コヨイが向かったのは町の中心から離れ、外壁の近くに立つ大きな屋敷。
玄関先でギルドメンバーの男、四人が話し合っている。
メガラに気づくと、笑顔で向く。
「よぉ、メガラ。帰ってきたか」
「・・・・何だよ。がん首揃えて」
「いや、町の人に良い酒貰ってよ?」
「一緒にどうだ、と思ってな?」
「ふん・・・」
「あ?あぁ、あいつら連れて来たんだな。なんだかんだ言ってもお前も良い案だと思ったんだろ?」
「・・・・・・」
メガラは四人を押し退け、屋敷に入る。
「メガラさんはギルドリーダーなんですよね?彼らとは随分気さくに、会話されてますね」
「メガラさんとあの四人の方は初期メンバーで、元々どこかの国でギルドを立てたそうで、旅をしながらギルド活動していたところにこの町、一年前は村だったんですけど、村の劣悪な状況を見かねて、助けたそうです」
「コヨイはその頃ギルドにいなかったんだ」
「私は、この町の近くにあった村の出で・・・」
「おい!何無駄話してんだ!」
「すみません、今行きます」
強い口調で男が呼ぶ。
コヨイの後に続き、二人は屋敷に入る。
「こっちだ」
仏頂面の男の案内に従い、ついて行く。
アレリランティが目を左右に動かす。
屋敷に変わったとことはなく、普通の家より少し大きいレベル。
中は綺麗で高級感のある絨毯が敷かれている。
階段を上がる。
その脇に空の酒瓶が見えた。
メガラが部屋の扉を開ける。
自室なのか、質素な机と棚が一つずつあり、部屋の隅に書類が溜まっている。
「それで、お話しとは・・・?」
メガラは机の上に置いてあったタバコの箱を取り、一本取り出す。
指を鳴らすと手のひらに魔紋が出て、タバコの先端に火が付く。
「メガラはお前の失態に酷くお怒りでな。毎度のこととは言え、成長を感じられない魔法。ワンパターンの補助術。いい加減、迷惑なんだよ」
「す、すみません・・・・」
コヨイがメガラを見る。
メガラは背を向け、窓を開けている。
「だが、俺達はそんなお前にも成長の機会をくれてやろうと思ってな。コヨイ、しばらく町出ろ」
「え・・・」
「町出て一か月くらい一人で生きてみろよ。そうしたらひ弱なお前も少しは逞しくなるかもな」
「いつも誰かに頼りっきりのお前にも、俺達の苦労が分かるはずだぜ」
「・・・・・」
コヨイは暗い表情で目を伏せた。
「だが、お前みたいな足手まといもギルドメンバーであることは変わりねぇ。そこで、暇な冒険者のあんたらに仕事をくれてやろうと思ってなぁ」
「頼んでませんが、気を遣ってくれたのなら、どうも、ありがとうございます」
「へっ、引き受けるか?」
「お金に困ってないので、内容によりますね」
「仕事を選ぶなんて贅沢じゃねぇか」
「私達からあなた達に頼んだ訳ではないので~。とりあえず答えを聞く前に全部話してくれませんか?判断はそれからします」
「ちっ・・・・」
四人は苛立ちを含む目で睨む。
コヨイは心配そうな目を向ける。
リーツは気にした様子もなくにこにこしている。
「お前らに頼む仕事は、コヨイの代わりに俺達のギルドに入って仕事しろってことだ」
しびれを切らしたのか、窓の外に煙を吐くメガラが答える。
「コヨイさんの代わり、ですか」
「コヨイも戦闘要員だ。一人減るのは単純に他の負担になる」
「だったら無茶な方法で成長させようとするのを止めたらどうです?今時、そんなやり方で力を発揮する人は稀ですよ」
「・・・・やってみねぇと分かんねぇだろ」
「どうでしょうね。でも、そういう話ならお断りします。私達はパーティーを組んでますので、一時的であってもギルドへの加入はしないと決めています」
「あ?まだ何人かいるのか?」
「いいえ、二人ですけど」
「はははは!お前ら初心者か?パーティーを組めるのは四人からだぜ!」
「もちろん知っていますが、私達はそのつもりで旅をしています」
「てめぇ・・・俺らが下手に出てると思って適当なこと言いやがって!」
男が剣の柄に手を掛けたその時、リーツが男の目に指を突き付ける。
「このパーティー、定員二名につき入れません」
ぼやけた指の向こうの緑色の瞳と目が合う。
「どのギルドにも、パーティーにも決まりはあります。この時代で、そんな細かいことをいちいち気にせず柔軟に、生きていきましょうよ?」
リーツが口の端を吊り上げ、笑う。
男はぐっと息を飲む。
怒りも冷めて冷や汗に変わる。
「嫌ならこれはどうだ?」
メガラの言葉にリーツは目線を移す。
「ギルドに入らなくていいし、仕事もしなくていいから、コヨイに修業つけてくれ」
「修業・・・・?」
「腕に自信があるんだろ?未熟者に術を教えるくらい、訳ないよな?」
「・・・・・・」
リーツはメガラに目を向けたまま、腕を下ろした。
男は引きつった顔のまま、三歩下がる。
「コヨイは補助術は使えるが、攻撃術を一つも覚えられない奴でな。ギルドに一年半もいてずっと同じ魔法しか使えない。どれだけ戦闘に出しても、誰が教えても、一向に変わらない」
「え?本気で言ってます?」
「どういう意味だ?」
「いえ、別に」
「・・・そんなコヨイでも、攻撃術を使えるようにしてくれ。金が必要なら、くれてやる。これでも断るか?」
「おい、メガラ!」
リーツは目を伏せ、考え込む。
しかしふとアレリランティに目を向け
「・・・・・アレリランティ様」
「何」
「アレリランティ様は、どう思います?引き受けるべきですか?」
と問う。
「俺?リーツが教えるんだから、リーツが決めれば・・・」
「アレリランティ様に決めてほしいです。お願いします」
アレリランティはリーツを見る。
リーツは静かに微笑んでいる。
次にコヨイを見る。
コヨイはアレリランティと目が合うとすぐに、困惑した表情のまま目を逸らした。
「コヨイがそうしたいと言うなら、引き受ければいい」
「・・・・どうなんだよ、コヨイ」
メガラが固い声で問うと
「・・・・よろしくお願いします」
リーツとアレリランティを見て頭を下げた。
「分かりました。コヨイさんの修業ということで、引き受けます。ただし、今日を含めた三日間だけでお願いします。
四日目の朝に、私達は町を出ます。
そして、私に出来ることはしますし、全力を尽くしますが、魔法を習得するにはそれなりの素質が必要です。
もし、コヨイさんが何も覚えられなくても、責任は取りませんよ。延長もなしです。その条件でもいいですか?」
「ああ」
メガラは灰皿にタバコを押し付けて火を消した。
「それからお金は結構です。私に出来ることを教えるだけなので」
「そうかよ。コヨイ」
「は、はい」
「攻撃術、一つは覚えてこい。今までのように言い訳はなしだ」
「頑張ります・・・・」
「明日からギルドには来なくていい。修業だけしてろ」
「はい」
「では失礼します。コヨイさん。色々聞きたいことがあるので、一緒に行きましょう?修業もどこですればいいか分かりませんし」
「はい。修業はここからちょうど向かいの奥にある広場で・・・」
「コヨイ。てめぇの仕事を俺達が引き継がねぇといけねぇんだから、ちょっと残れ。放り投げんな」
「すみません。分かりました」
「先に広場に行ってる。終わったら来てほしい」
「はい」
「それでは失礼します」
リーツとアレリランティは先に部屋を出る。
コヨイはメガラに一礼して、一人の男と出ていく。
「どういうつもりだよ、メガラ」
「計画と違うじゃねぇか」
「マジで最近何考えてんだよ。お前、ここんとこ様子がおかしいぞ」
残った三人は訝しげに問い詰める。
メガラはまたタバコを咥え
「結果は、同じだ。コヨイを捨ててあの女を入れても、コヨイの修業と称して足止めしても・・・同じところに辿り着く」
「何言って・・・・」
「お前らこそ。あまり勝手やってると、どうしようもなくなるぞ」
「俺らはギルドの、お前の為を思ってやってんだよ。いつだってな」
「はっ、俺のせいか。よく、分かったよ」
メガラは指を鳴らした。
火力が強すぎてタバコは三分の二、灰になった。