38話 平等世界(コヨイ編②)
ワシは大国の裕福な家の長男として生まれた。
両親と四人兄弟、使用人達を含め、大家族じゃったよ。賑やかだった。
ワシは、勉強が得意だった。
学ぶのは好きじゃ。分からないことを知れるのが、知ったことを理解出来るのが、たまらなく快感に感じた。
誰にも負けないくらい、学ぶことが出来て、大人よりも頭がよく回っていたと、自負しているよ。
だが
「それより魔法は覚えたの?
そんな何の為になるのか分からないものより魔法の勉強をしなさい」
「ケラビア、魔法は使えるようになったのか?
ふざけるな!魔法塾にいくら払っていると思っている!お前は――ー家の長男なんだぞ!
遊んでないで水の魔法くらいいい加減習得せんか!」
ワシに魔法の素質は一切なかった。
誰でも習得出来るというスペルボックスでさえ、習得出来なかった。
他のことは何でも出来た。
出来ないことより、出来ることの方が圧倒的に多かった。
だが、魔法が出来ないというだけで、両親からは怒鳴られ、弟妹からは馬鹿にされた。
他のことは、誰よりも出来たのに、じゃ。
だが、昔は今以上に魔法格差が激しく、ワシのような奴はあふれる程いた。
「見ろよ、―――の奴。学校に来ないと思ってたら、―――店の奴隷やってるよ」
「あいつ親に捨てられたんだって。魔法使えないからゴミだって言われてさ」
「かわいそー。俺、勉強嫌いだけど魔法だけは頑張ろっと」
誰だったかの、それは。
もう覚えておらんが・・・・明日は我が身だとその子を見る度怯えていたのは確かじゃ。
次第に両親はワシに魔法の素質がないことに気づいた。
お主らには想像もつかんだろう。
「ケラビア。お前はその名前をもう使うな。―――に、長男としてケラビアと名乗らせる。
お前は使用人にする。
この家は、三人兄弟だった」
そう言われた時のショックは。
歳をとって色んなことを忘れたが、父がその時どのような顔をしていたかは、今でもはっきりと思い出せるよ。
それからは家族の輪に入れてもらえず、家事や、家族の身の回りの世話をする使用人として扱われた。
唯一救いだったのは、学校には行かせてもらえたことだった。
学校で学んでいる間はワシは自由だったし、好きなことで辛いことを忘れられると、前以上に頑張って勉強したよ。
テストで百点以外を取った記憶はない。
ちゃんと大人の言うことを聞き、真面目に、いい子に、健気に、頑張っておったよ。
99点良い所があれば、魔法の素質がないという1点の悪い所くらい許されると思っていた。
だが世界は、時が経つにつれてますます魔法優先主義へと行ってしまった。
魔法以外の全てを下げ、魔法を称えた。
どれだけ知識を付けても、どれだけ社会奉仕しても、ワシが一度も褒められることはなかった。
何故なら、魔法が使えないから。
魔法が使えない人間なんて欠陥品だと。
ワシの血に滲む努力が、何の苦労もせずに出した炎や水に踏みつけられていった。
家ではもうワシが息子であったことなど忘れたように、五人で楽しく笑い合っている姿を突き付けられる。
馬鹿にしてきた弟、妹達は、嫌味や暴言を吐かなくなった変わりに、ワシが見えていないように無視した。
いや、そんな意識すらもなかったかもしれない。
屈辱だった。
楽しかった学校は、地獄になった。
学校で教える教科はほとんどが魔法関連のものになった。
魔法の種類、魔紋の構築方法、実演。
全て、ついていけなかった。
ついていくどころか、学ぶことすら出来ずに、時間を無駄にしていった。
皆が楽しく魔法を使って笑い合うのを見ながら、壁に押しつぶされるかと思ったくらい、肩身が狭かった。
出来る者が出来ない者を見て馬鹿にして、貶し、存在を否定をされ、炎を火傷するくらい近づけられ、宙に浮く水に顔をつけられ、苦しむ姿を笑われ、誰も咎めず、奴らは許されていった。
何故か分かるか?
出来るからじゃよ。
時代が求めることが、出来たから。
出来ないのが悪いから。
ワシを庇う奴はいなかったよ。
ワシは、神様に平等な世界が欲しいと祈ったよ。
皆に素質がありますように、出来ない人がこの世に生まれないように、皆が等しく大人で、いい人でありますように、同じだけのことが出来るように、祈り続けたよ。
だが、いつまで経っても叶えてくれない。
その間も苦しみは続いた。
だからワシは家を出たよ。
寒い冬の夜に、裸足で逃げ出した。
ワシは世界が悪いのではなく、国が悪いんだろうと、違う場所に行けば自分を認める者はいると、外に出た。
まぁ、そんなことはなかったが。
当時は・・・・・いや、緩和されただけで今もじゃが、どこも魔法に侵食され、人間が持つ本当の力を忘れてしまった。
ワシはずっと勉強を続けた。
この時代は暗黒だ。変えないといけない。
魔法を廃し、新たな、誰にでも使える力を見つけなければいけない。
ワシはそう考え、誰に馬鹿にされても、侮辱されても、貶されても、痛めつけれられても堪え、勉強をした。
前の部屋でお主らが傷つけた彼らはその時に出会った、ワシと同じ痛みを知った人じゃ。
初めての仲間じゃ。
彼らと考え、必死に学んだ結果、ワシらは精霊に辿り着く。
精霊術を見たのじゃ。
ある国で、パフォーマンスとして精霊術師が精霊術を紹介していた。
魔法よりも凄い力、惹き付けられる力、この世界の自然と共に生きる力。
ワシは感動したよ。
かような力が存在するのだと。
あれが、誰にでも出来れば、魔法なんて劣ったもの、皆すぐに捨てると思った。
ワシは何人に何度も頭を下げて頼み込んだ。
ワシを精霊術師にしてほしいと。
何人もが、ワシに諦めろと言った。
素質が無いと言った。
なら精霊術の仕組みを教えてほしい、精霊のことを教えてほしいと何度も頭を下げた。
精霊術師になれない奴に教えて何になる、と拒否された。
その時、決断したよ。
自力でその力を扱えるようにしようと。
精霊術師なんて、努力もクソもない、才能と素質だけで与えられた力を使うお坊ちゃま、お嬢ちゃん達に負けるものかと思ったよ。
必死に、必死に精霊のことを調べ上げた。
何年も、十数年も、数十年も研究してなお、その全ては解明出来ていない。
その力は、相変わらず精霊術師が見栄を張る為の道具に過ぎなかった。
だが、ワシらの努力は少しずつ形になり、少なからず研究を認め、協力する者が増えた。
この町は精霊のことを調べる国が作った。
国に研究結果を出せば、すぐに住民票を発行した。
ワシは嬉しかったよ。
初めて学んだことが評価された瞬間だった。
精霊具はずっとワシが考えてきたものだった。
魔力を必要としない。
体力を消耗しない。
人を選ばない。
人が選ぶ。
そんな道具を、ずっと夢に見、形だけは出来ていた。
だが肝心の実験は、何年経っても出来なかった。
精霊はワシの元に現れず、精霊術師はワシに協力しない。
研究は、試験があってのもの。
妄想だけで、人や国は金、愛をくれない。
焦った。非常に焦った。
何年も研究の成果を出せずに、国にこれ以上面倒見切れないと言われていた。
焦って、焦って、焦って、焦って、全ての金と人を使って精霊を捕まえようと決意したその時に現れてくれたんだ。
ゾシル坊やが。
ついに神に祈りが届いたとワシは思ったよ。
これはご褒美だと。
ようやく積年の努力が実を結ぶ。
ようやく格差に苦しむことのない平等世界の幕を開けられる。
それを開けるのは、魔法の才に恵まれチヤホヤされてきた人間ではなく、素質を与えられた運がいいだけの人間でもない。
魔法が使えなくても、どれだけ認められなくても、平等を諦めなかったワシなのだと。
この二週間、ワシはたくさんの人に褒められ、たくさんの人に認められ、たくさんの人を幸せに出来る喜びを、仲間と共に分かち合ったよ。
家族のことも、酷い仕打ちをした奴らのことも忘れた。
だが、これから名乗るなと言われた、ケラビアという名前が広がったら、彼らはワシを求めるだろうなぁ。
ま、ワシはもう忘れたのだから
お前は誰だ?
誰の役にも立たない素質のない人間のことなど知らない
「そう、言ってやるだろうがの。ほっほっほっほっほ!」
楽しそうに笑うケラビアをコヨイは歯を食いしばって見つめる。
リーツは、ケラビアを一度も見ることなく、アレリランティの傷を塞ぎきった。
「これで、傷にはならないはず・・・・・大丈夫ですか?アレリランティ様。めまいや苦しい所はないですか?」
「うん」
「こらこらこら。リーツ嬢ちゃんや。大人の話はちゃんと聞いておけ?
この平等世界には、君の協力は不可欠。
新しい時代の礎となるのだ。もっとしっかりしてもらわねば困るぞ?」
「妄想はそこまでにして下さい。あなたの言う、平等世界など、訪れませんよ」
「それはリーツ嬢ちゃんが理解をしておらんからだ。
嬢ちゃんは才能あり、素質ありで、この時代にさぞかし甘やかされてきただろう。
己はそれでもいいじゃろうが、嬢ちゃんの知らぬところで格差に苦しむ人が」
「そんな話をしているのではありません」
リーツはアレリランティの手をしっかり握る。
「あなたこそ、何も分かっていない。出来ることが同じになったところで、あなたのように欲望に対して手段を選ばない人間がいる限り、平等など、妄想以外の何物でもありません。
あなたは自分がされてきた、誰かを見下す行為がしたいだけ。
誰かよりも強い力を持ってねじ伏せてみたいだけ。
今までのあなたには、それが出来る材料がなかった。
魔法が使えない自分を、誰よりも貶していたのはあなたじゃないんですか。
精霊具があれば、格差は無くなるかもしれない。
けど、あなたのように知りもしないくせに、見ただけの境遇や素質の有り無しで他人の本質を決めつける人間がいる限り、差別は生まれる。
差別があるから区別され、そしてまた上下に分かれる。
ケラビアさん」
リーツは顔だけ向いた。
「世界の為、誰かの為に、犠牲になったこともないくせに、イジメられても逆らえず、他人の素質を羨み、自分は何も失わずに力だけ利用しようと、頑張った自分に酔ってないで、大人になって下さいよ。
まさか、世界で一番辛い思いをしたのが自分だから
何をしても同情してもらえるから
何をしても大丈夫だとか、そんな狂った勘違いをしては、いないでしょうね」
リーツは目を見開いて、ケラビアの目を見た。
若葉のように瑞々しく光る緑の瞳から、激しい殺気が放たれる。
綺麗に輝く瞳に吸い込まれそうになりながら、冷や汗が流れる。
「ケラビアさん・・・」
コヨイが静かに呼び掛ける。
「お・・・おぉ、コヨイ嬢ちゃん。嬢ちゃんは・・・・・分かるだろう?
リーツ嬢ちゃんは今まで虐げられた事が無いから、分からんようだ。
ワシはただ・・・・・・皆で幸せになりたいだけじゃ。
世界のどこかで、誰かに苦しみを与えられ、痛みを受けて、死にそうなほど辛い目に遭っている皆を、救ってやりたいんじゃ。
それが出来るのは、その痛みを知るワシしか出来んのじゃ。
皆が平等であれば、差別だって生まれぬよ。
皆が同じことが出来れば、区別などされぬよ。
精霊具には、その未来を作り出せるんじゃ。
だから・・・・」
「ゾシルさんは?」
「ん・・・?」
コヨイが、茶色の瞳を細め、ケラビアを哀れむ表情で見つめる。
「ゾシルさんは・・・・その”皆”の中に入れてもらえないんですか?
どうして、誰かに苦しみを与えられ、痛みを受けて、死にそうなほど辛い目に遭っている彼を・・・犠牲にしようとしているんですか」
「・・・・・・・・」
「リーツさんのことも、どうして決めつけるんですか?
知らないことを学んで、理解することが好きだと、言ったじゃないですか。
どうして、リーツさんのことは・・・・魔法が得意な人のことを理解するのは嫌なんですか。
ケラビアさん。
幸せにしたい人の為に、誰かを犠牲にするのは、差別じゃないんですか?」
ケラビアの手が震えた。
「・・・・皆が同じだけの愛情や優しさを持ち、痛みや苦しみを分かち合う心があれば、確かに一人で泣いて悲しむ人はいなくなるかもしれない。
でも、皆は、皆と同じ人生は生きられない。
同じ時間にはいられない。
力だけ一緒にしたって、皆、違う人生を歩んでいる。
見たきたものが違う。
皆、違う人なんです。
皆、あなたにはなれない。
皆が、自分とは違う道を歩み、違うものを見て、違う感じ方をしていることを学んで、人それぞれの個性を理解しなければ、平等なんて・・・存在しません。
あなたの中にも、平等は言葉だけで、存在していないはずですよ。
あなたは・・・・皆を平等に愛していない・・・」
ケラビアは精霊具を触る。
「ゾシルさんは、あなたを傷つけましたか?
あなたが魔法を使えないことを馬鹿にしましたか?
自分が得た力や持った素質を、見せびらかしていましたか?」
ケラビアが歯ぎしりをする。
「私は・・・・あなたの過去が辛い。
あなたがもっと自由に勉強が出来て、もっと色んな人と触れ合うことが出来て、もっと色々な経験が出来たなら・・・・あなたは人々に称賛され愛される人になったと思うから・・・・。
あなたが、魔法を妬んで、何の関係もない彼を傷つけることは、なかったはずだから」
ケラビアがコヨイを睨んだ。
コヨイは、真っ直ぐ見返した。
「あなたは、あなたを傷つけた人には、何の復讐も仕返しもしなかったのに、あなたに何もしていない人を、あなたは利用して傷つけた。
私はあなたをとても怖がりで臆病者だと思います。
あなたが抱えた思いを、直接家族やイジメた人に言ってほしかった。
私達にぶつけないでほしかった。
あなたの中に、自分が恐怖する人物と、何も知らない他人で、格差がある限り、平等はあなたには作れない。
私は、そう思います。あなたが、何と言おうとも。
たとえ間違っていても。
私は、あなたを同情だけで許せません。
どうか・・・・罪を認め、償って下さい。
お願いします・・・・」
平等とは、この世で最も難しいことの気がします。




