犠牲の上で
「その話は…、もう良いでしょう?」
「来たか、ENFORCER」
話の最中だが仕方あるまい。疲れ切った体を起こし、イグジストを背負う。一雨来そうな湿気が、逃げる気力を更に後押しする。
「雨は好きか?」
「…あまり」
「好きじゃない」
「じゃ、降ってくる前に着かないとな」
ユーノーは、この世界を見て何て思うんだろうな。
そんな言葉が浮かんで消えた。
―総合外科統括ターミナル
「さて、今日はもう上がらせてもらうかな…」
警備システムの確認を終え、夜勤の人に声をかけてから帰ろう。最近軍関連が建て込んで、あまり休めてなかったし。
そう思った矢先――
「た、大変です!」
「…こら、夜中に騒ぐもんじゃ――」
「いえ、患者さまが…」
「急変か?」
言ってから失言に気がついた。そんな状態だったらその場で呼ぶだろう。じゃあ何だ?侵入者だって誰一人も…。
「病室から居なくなってしまったんです!」
「散歩でもしてるんじゃないのか?」
あまり褒められた時間じゃないが、退院間近ならあり得るだろう。少し夜風に当たりに行くのも悪くはないからな。
「無理ですよ…、だって…」
「だって?」
化物を見たかの様な震えが、掠れた声を更に小さくした。
「昨日赤:1で運ばれた人ですよ」
「あ〜寒、寒い。そして寒い」
寒さで脳の回路がイカれて、同じ事しか考えられなくなってきてる。ホント寒い。そして体中痛い。刺さってた針とか全部抜いたけど、大丈夫なんだろうか。左腕も全く動かないし、ホント最悪。あと寒い。
「ん、何だこの野次馬」
「アレだよアレ。上見ろ兄ちゃん」
促される様に見上げた先、監獄塔か?それにしては明るい様な…。ライトアップじゃなさそうだ。…結局何だ?アレ。
「着信?…あの青髪か」
天才美少女ノヴァ様からの報告
ICE seen
oil airs
gim near
sea call
yet,I need times.
「…面倒な解き方しやがって」
盛大な爆発音と共に、流れ落ちる爆煙。
だがそんな事を気にしてはいられない。
野次馬を押し退け、監獄塔へ一直線に向かう。捻くれた暗号が出せるくらいには大丈夫らしい。だがな、ただでさえ財布の危機だってんだ。時計なんて買ってやるわけねぇだろ。
「おい君!こっから先は立入禁――」
「リヴェルの武藤です!通らせてもらいます!」
警備隊の横を抜け、ホールに辿り着く。大扉から行ける最終地点は屋上。だがこれだけ荒らされているとなると、別の道が必要になるだろう。
「見取図…、屋上…、あった!」
サブホールから多目的会議室を抜け、外付きの非常階段から登るルート。これ以外のルートも一応頭に入れておく。そうしないとまた戻る事になって、更に時間がかかる。
「私もね、ノヴァさんは殺したくないんだよ」
「…これだから」
「何?」
「そんな奴だから、セレナを助けられなかったんだろ」
臙脂色の目が、微かに紅く明滅する。カマをかけて正解だった。その代償に、面倒な仕事を押し付けられた気持ちが心を満たす。
― 2nd
「…ぇ?」
「ほ〜ら、やっぱりな…!」
その一瞬を突き、剣先に平行へ進むよう蹴り飛ばす。傷口から湧き水の様に流れていくが、そんな事に構っている暇はない。
JOKERを殺す前にR.E.Dを殺る事になるなんてな。時間稼ぎが出来るのかどうか。
― Oil Airs
「何なの…この声…?」
「執行者より予言者向きじゃないのかなぁ、あの娘」
爆破で剥き出しになった鉄パイプを拾い上げる。一撃しか使えない役立たずだが、少なくとも今必要なのは間違いなくコレ。
だって――
「エスカ…?どうした!エ――」
「…武藤っち」
押し付けられる鉄パイプ。何が言いたいのか分からないし、何をして欲しいのかも分からない。
「エスカちゃんは私が何とかする」
「じゃあ俺も――」
「アンタには、別の役割があるでしょ?」
頭を過る文章。
―Come early
「アレは…、本当なのか?!」
「そうだとしたら、全て合点がいくと思わない?」
2年前の悪夢
脳が凍てつく様な熱風
神の火を超えた、殲滅禁呪兵器
「滅却を…、殺してきて」




